2ntブログ


1、「純子さん」

巽さん、あなたは不思議な人ですね。
騒がしくて、いいかげんで、ふざけてばかりで行き当たりばったり…
でも、本当は違うんですよね。
巽さんがどれだけ私たちフランシュシュを、私を気にかけてくれているか。
私にはわかります…。つい先日も
「なんじゃい急に、礼がしたいならワシと結婚して一生俺の面倒見んかい!」
なんて、あまりに唐突なプロポーズをしてきましたね。
ロマンチックさの欠片もなく夢の中の巽さんは本当に強引でした。
文句の一つも言うべきだったかもしれませんが、
私もつい「はい」と返事をしてしまったからには仕方ありませんよね?


2、「愛妻」

ゾンビィも眠る丑三つ時、今夜も私はこっそりと巽さんの部屋へ訪れる。
アイドルになるため磨いた技術で針金で鍵をアレしてコレしてするりと中へ潜り込みやーらしか巽さんのお部屋をご開帳。
ではこれより愛妻ゾンビィによる滅菌作戦もとい掃除を開始します。
昨今では共働き夫婦が当たり前であり男にも家事を求める恥知らずな平成アイドルが増えているそうですが何を隠そう私は昭和の女。
ぐっと袖まくりをして掃除にかかる。まずはどこから取り掛かりましょうか。
机の引き出し?壁掛け時計の裏?押入れの中?
いいえやはりビニ本の隠し場所なら定番のベッドの下でしょうか。
ルンルン気分でしゃがみ込みベッド下をのぞき込んだ私は、
そこに潜んでいた水野愛と目が合った。


3、「看病」

幸太郎さんが風邪をひいちゃった!?
あわわわわ…どやんすどやんすって、さくら慌てて看病することに決めたんだけど
果物やアイス手土産に幸太郎さんのお部屋にお邪魔してみたら
出迎えてきた幸太郎さんは大きなマスクにどてらに冷えピタ装備の絶不調!
そんな姿で何時もの調子でじゃいじゃい言ってもガラガラ声じゃダメダメじゃん!?
という訳で今日のさくらはコスチュームチェンジでゾンビナースだ白衣のゾンビ!
ゾンビとナースって意外とベストマッチ?どげん?どげん思うと幸太郎さん?ねぇ!ねぇねぇ!!
普段は見せない幸太郎さんの弱った姿にさくらドッキドキ!なんつって!
でもでもぉ、たまにはこんな日があっていいのかも
なーんて不謹慎なこと思っちゃうゾンビライフで命日がエブリディなんだけど
兎にも角にも幸太郎さんの為にも真面目に看病がんばるぞいって
さくら前に見た映画を思い出して参考にしてみるのでした!えへへ、ちなみにタイトルは「ミザリー」
冗談はよせって?
いや?逃がさんとよ


4、「掃除」

はい皆様こんにちはお久しぶり初めまして
伝説の昭和アイドル改めフランシュシュ4号改め巽幸太郎の愛妻ゾンビィ紺野純子です
生前培った歌と踊りでお茶の間のファンたちに夢と希望と巽さんへの愛を届けるべく日々奮闘している私ですが
一度死んで蘇った為に時代の変化についていけず戸惑い失敗することも少なくありません
巽さんのお風呂に頭を置き忘れたり巽さんの部屋に目玉と耳を置き忘れたり巽さんの布団の中に胴体を置き忘れたり…
この前も巽さんの服を洗濯してあげようとしたままウッカリ私の私物入れに容れてしまいました
今日は今までの失態を挽回すべく再び巽さんの部屋にお邪魔しまーす…あっまた鍵変えてる。昭和パワーで即開錠
さて、今日はどこから手をつけましょうか?
ウキウキしながら辺りを見渡し薄暗い部屋のカーテンを勢いよく開け放った私はまず
窓ガラスに張り付いていた水野愛を突き飛ばした


5、「おつまみ」

日も暮れたというのに蒸し暑い夜。私たちゾンビィ一同はだらだらと酒を飲み交わしていた。
消灯時間は過ぎてるとか未成年が飲酒はという意見はサキの「ゾンビやけん問題なし!」という鶴の一声で黙殺され、
今や私たちは自分たちのプロデューサー、巽幸太郎への愚痴を垂れ流すただの酔っ払いと化していた。
がしがしとヤリイカのスルメを齧りながら赤らんだ顔で思いつく限りの罵倒を垂れ流す。悪口を肴に酒を飲む。
アイドルがすることじゃないわね、とどこか頭の片隅で自嘲しつつも止まらない。
そうして持ち寄った酒瓶を一通り空けていると、いつの間にか皿の上からつまみがな無くなってしまっていた。
なくなったものは仕方ない、と溜息を吐いているとゆうぎりが新しいつまみを用意すると言い出した。
よろよろと、かなり酒が回っているのかやや千鳥足のゆうぎりが押入れを開ける。
ドサリと簀巻きにされた幸太郎が落ちてきた。
彼は猿轡を噛まされた口をモゴモゴと動かしながらサングラス越しに私に瞳を向けてくる。
成る程。成る程…
私たちは静かに服を脱ぎだした。


6、「人」

私たちゾンビィは赤ちゃんを作れるんでしょうか?
無理ですよね死んでるんですから。でも想像くらい許されますよね?
例えば私と巽さんの間に子供が出来たとしたらどうでしょう
きっと可愛く凛々しい子に育つはず…あぁ子を産めないこの身体が恨めしい…
という訳で別の方法を考えましょう。まずは定番、卵から
卵を産むには卵子を相手へダイレクト着床させるケースと有精卵を宿主に産み付ける手法が考えられますが
後者の場合ほぼ確実に母体は卵を孵す孵化器以上の意味を持ちません
巽さんに背負わせるにはとても悲しく尊い役割です…
よって消去法として冷蔵庫に作り置きしておいたiPS細胞と私のキノコをジョグレス進化させ巽さんの遺伝子情報を取り込んだところ大成功
周囲の生物目掛け手当たり次第に菌糸を伸ばすゾンビィ細胞が出来上がりました
ふふっいいですか水野さん。人という字は巽さんのお尻の割れ目に似ているんですよ
大発見です


7、「感謝」

んもー!幸太郎さんはいっっっつもそうやって私に酷いことばっか言いよる!
愛ちゃんや純子ちゃんや他の皆みたいに褒めてくれてもよかと!?
むー…まあ確かに私だけ伝説ついとらんけど、付いとらんけど私頑張っとるっちゃもん!
こうやって、頑張っとるとこちゃーんと見とるって言葉にして言ってくれんの?
幸太郎さんやってそうやろ?いっつも頑張っとるもんね!誰かが褒めてあげんとね!
ごほん……幸太郎さん。幸太郎さんは偉かね…佐賀のために、私らのためにお仕事取ってきてくれてありがとう
ゾンビィの私らが人前に出られるようにメイクやってくれて本当にありがとう
営業も作曲も衣装の準備もぜんぶ、ぜーんぶ一人でやって偉かぁ。いつもありがとう幸太郎さん
私らみんな幸太郎さんのこと感謝しとる。私はちゃーんと見とるんよ?
ねっ?自分のこと見て欲しいならまず相手のこと見んとあかんよね?
自分を見つめ直すってそういうことやもん
私は見とるよ。幸太郎さんがゆうぎりさんをチラ見した回数6回あくびした回数12回にやついた回数8回純子ちゃんの横顔を見つめた回数3回私の気持ちを無視した回数19回
ちゃんと、見てるんだから


8、「俺の正体も見破れなかったくせによく言うよ」

ソウゴ君はがばい偉かね……。ソウゴ君、ずっと王様になるって言っとったっちゃもん
私もアイドルになったけど、それは幸太郎さんが言わんかったら絶対ならんかったと思うし
今やって、愛ちゃんや純子ちゃんみたいに仲間がおらんやったらここまでやってこれんかった
でも、ソウゴ君は違う。なれるかわからん、どう目指せばええかわからん夢をまっすぐ追いかけとる
それ見て、私はずっとすごかぁって思ったんよ
ソウゴ君の姿を見て、私も勇気がわいてくる!がばいかっこいいって、ワクワクしてくる!
皆に夢や希望を見せるのがアイドルだって言うんやっちゃったらソウゴ君もきっとアイドルなんよ!
私もね、ソウゴ君を見て思い出したんよ
だから私も、ソウゴ君みたいに…私が生きとった頃みたいに…(カチカチカチ…)
私の夢を……王様を、目指してみようと思うの(ジオォォォウ…)
変身…!
(ライダーターイム…カメェェェンライダァァァ…オォォォマジオォォォウ…)


9、「SEGA」

「さく幸なんてだっせーよな」「純幸の方が面白いよな!」
フランシュシュの活動も軌道に乗ってきたと思ってたら
そんな街の声を偶然聞いちゃってさくら大ショック!
嘘だよね!?そげんことなかとよね?
って皆に聞いても顔を下にそらされてさくらもう涙うるうるのウル!
あぁもうどやんすどやんすーなんて言ってる場合じゃない!
このまま終わってられんとってリアカー引いてドサ周りの『草の根営業計画』開始!
「さく幸いかがですかー!」「ヴァー」
たえちゃんもリアカー押すの手伝ってくれるし段々とファンも増えてきてるしさく幸が王道だって言われるまで後もう少し!!
今日も皆のがばい元気な声が飛び込んで来る
「サキ幸1つ下さい」
「へい、一丁!!」私は笑顔で拳銃の引き金を引いた


10、「鬼ごっこ」

前回のゾンビランドサガは!サクラサクとは言うけれどさくらのそれは彼岸花咲き乱れるお彼岸フェスティバル
そんな青春どころか人生終わったゾンビな私にも春が来ちゃった!?
ハラハラドキドキで自覚したラブのお相手は絶賛活躍中限定1名貴重な竿役幸太郎さん
はわわわ~、そんな混乱するさくらを助けてくれたのは頼れる先輩愛ちゃん純子ちゃん!
アイドルの恋愛なんて局中法度のヤバヤバだけど「私たちに任せて」「一肌脱ぎます」と頼れる姿にさくら大感激だよぅ~!
これから始まるぎゅぎゅっと楽しさいっぱいの未来に思いを乗せてイェイイェイいぇーい!
なーんて思ってたのにアレ?アレ?どやんすー!?
私から逃げるように遠ざかっちゃう愛ちゃん純子ちゃん。小さくなってく背中にさくらがっかり
自分を頼って欲しいって、いつでも一肌脱ぐと言ってくれたっちゃのに嘘だったのぉ~!?
……幸太郎さんの前では簡単に脱ごうとしてたのにね
はっ!!なんて考えてる場合じゃない!?二人とも~メイクも無しに外に出ちゃ駄目だってばー!!!
私はピーラーを握ったままクラウチングスタートの体勢を取り、加速した


11、「あと一歩を踏み出す勇気」

巽さん、いつもありがとうございます。
その一言が言いたくて、純子さんは仕事を終えた巽さんの後ろをぴょこぴょこついていきます
いつ声をかけましょう?大きな背中を眺めて純子さんは一定の距離を保ちながらついていきます
あの廊下の角のところで…でも、変に思われないよう自然な感じにしなくっちゃ
かける言葉を考えながらついていきます。あ、巽さんが水野さんと話してます
どうしましょう…今話しかけたら迷惑ですよね。うーんと悩んでいる間に巽さんはいつの間にか進んでいきます
事前に練習していた状況と違うことに純子さんは戸惑って声をかけられません
もう巽さんは部屋の前で鍵を取り出しました。これを逃せば今日は話しかけるなんてきっと無理
頭では理解してるのに、口はもごもごと動くばかり
だって、ここまでついて来た気持ち悪い女だと思われたらどうしよう……
今日も純子さんは勇気が出せないまま巽さんの部屋の鍵を針金で開錠して中へとついていきます
…せめて、お休みなさいが言えるようになれたらいいな
巽さんのベッドの下で純子さんはキノコを生やしながらしょんぼり項垂れるのでした


12、「隠れ家的バー」

一日の終わりに、くつろぎのひと時を
わっちの経営する和風バー『壬生浪士』はそんな思いから始めた店どす
世間の喧騒から隔絶され、まったりと時を過ごす為の空間
メニューは新鮮な果実を使った“かくてる”が人気でつい立ち寄りたくなると好評をいただきなんした
お客人も実に様々、一期一会の出会いを楽しめるのも醍醐味でありんす
今夜ふらりとやってきなんしたのは、なんとわっちの同志さくらはん
なんやフランシュシュ解散後も忙しく活動しとるみたいやなぁ
かくてるを差し出しまったりと静寂に浸っているとさくらはんは酔いが回ったのか
頬を赤らめ笑みを浮かべ、わっちへ紙幣を差し出すと「あの人へ」と一言
カウンターの端で静かに飲んでいた主様へと目線を向きんした
これに悪戯心が沸いたわっちもにこりと笑みを返して承知。棚から手頃なボトルを掴み出し幸太郎はんの脳天へ振りかぶる――
さて皆様方、夜のひと時をバーで過ごしてみささんすか?
もしかしたら運命的な出会いが待っているやもありんせん
酔い潰れぐったりとした幸太郎はんを引きづり込み夜の街へ消えるさくらはんを見送り
わっちはまた明日の営業へと備えるのでありんした


13、「かくれんぼ」

巽さんの部屋、巽さんの寝室、巽さんのベッド……の下
いま私の上に巽さんが寝ている…
深夜遅くいつものように巽さんの部屋に忍び込んでしまった私は
時折寝返りにギシリと鳴る音やすませた耳に届く寝息にあの人を想いながらいけない『かくれんぼ』に息を潜めていました
いつか…いつかはベッドの下じゃなくふたり同じ布団で…
ぽーっと紅潮してしまった頬を押さえ、そっと首を横に向け
それを見た
視線の先、ベッドの上から垂れ下がった髪の毛が見えた
それはゆっくりと…ゆっくりと…下へと降りて来ていて
普通、下を覗き込もうと思ったら一度降りてからしゃがみ込んで見るものでは?
それはまるで、首だけを下に傾けてベッドの下を覗こうとしているようで
そしてその長い髪は、巽さんのものではあり得なくて
「純子ちゃん。みーつけた」
ドサリと落ちてきたさくらさんの生首が、私を見て
笑った


14、「花魁講座」

ゆうぎりどす。わっちが死んで100年余り、
この国もずいぶん様変わりしたようで驚かされることばかりでありんす
同じ言葉で話しても伝わらない事もあり、本当に難儀やわぁ…
よって今宵は幸太郎はんをお招きしての日本語講座と参りなんした
さあ幸太郎はん……おや、返事が無いでありんす?聞いてるでありんす?
なぜわっちが噛ませた猿轡なんて付けているんでありんすか?
これでは返事どころか助けを呼ぶことすらできささんす
そんな「轡(くつわ)」は馬具の一つ、口に噛ませて手綱を付ける金具でありんすが
実は「猿」が意味しているのは動物の猿の事ではなさんす
これはその昔、扉が開かない為の戸締りの仕掛けを「さる」と呼んだことが由来となっているのでありんす
固く閉じられたこの部屋のように…
さて、今宵のわっちの講義はここまで
帰り支度を済ませたわっちは、次の講師であるさくらはんから札束を受け取ると素早く部屋を後にするのでありんした


15、「魔王」

前回のゾンビランドサガは!
善神キサウド様の神託を受けて魔王討伐に旅立った私たちだけど
道中敵の罠にかかって私たち全員死んじゃった!?
おぉさくらよ死んでしまうとは情けなーい!(ダミ声)ってもう死んじゃってるけどね(テヘペロ)
しかも幸太郎さんが魔王に浚われちゃった!
次から次へと襲って来る困難にもうさくらじぇんじぇんわかんにゃいよー
そうこうしてる間に背信、裏切、不義、内通と愛ちゃん純子ちゃんも脱落して残ってるのは私だけ!?
はわわわ~
脱落していった皆の無念を胸に秘め、さくら参上!玉座の間へ通じる扉を開け放つ
そこにあったのは空っぽの玉座と……いたいた発見!囚われていた幸太郎さんだー!うえ~ん!さくらしゃびしかったよぉ~
心配して駆け寄ると安心した様子でこっち向く幸太郎さん
あれれ?でもなんで急に顔を青ざめさせてんの?
まさか魔王が現れた!?どやんすどやんす……!?
でもでも、あたりを見渡しても変わった様子はないってどういうこと!?何がおこってるのー!?
私は不審に思いながら目の前の座り慣れた玉座に腰かけた


16、「松ぼっくり」

クリスマスライヴに向けて準備しているとちんちくが洋館の飾りつけをしようと言い出しました。
アタシの上着のポケットから松ぼっくりが出てきたことがキッカケです。
山籠りの時に燃やすのに集めたのが残ってました。
こういう木の実や色んな小物でグラサンにリースかインテリアでも作ってやろうと言うのです。
面倒だしアタシはそういうの苦手だと断ったのですがさくらさんがグラサンが喜ぶと言うので仕方なく作ることにしました。
作れませんでした。
不器用な自分にキレそうになったけど姐さんが手伝ってくれました。
ゆうぎり姐さんはたいていのことは出来る、がばいすごか人です。
「そういえばサキはん、松『ぼっくり』の意味を知っているでありんすか?」
知りません。『ぼっ栗』か?適当に思い浮かんだ言葉で聞いてみました。
「陰嚢でありんす。ふぐり。睾丸。玉袋。「松ぼっくり」とは漢字で「松陰嚢」と書くでありんす。
 つまり、くりすますに飾られるリースには大量の陰嚢がぶら下がっているわけで
以上です。


17、「ねこゾンビさんとお月さま」

お空にあるお月さまがいつもより大きく、きれいに見える日のことでした。
ねこゾンビの純子さんは飼い主さんのドタドタ、バタバタという足音で目ざめました。
「大変じゃい!大変じゃい!」
はてにゃ?と純子さんは首をかしげます。
飼い主さんがいつもおしごとでたいへんなことは純子さんも知っていました。
ねこゾンビの純子さんはねこゾンビアイドルで、6人のふつうのゾンビアイドルたちとうたったり、おどったりしてひとやねこを元気にするおしごとをしています。
そして純子さんの飼い主さんはアイドルのプロデューサーをしているのです。
プロデューサーというのは純子さんたちアイドルがうたっているうたやおどりをかんがえたり、たくさんのひとにきいてもらう方ほうをかんがえるたいへんなおしごとなのです。
でもその日はなんだかいつもとようすがちがいました。

「大変じゃい!大変なんじゃい!」
純子さんが飼い主さんにおはようのあいさつをしても飼い主さんは気づきません。
おへやの中をいったりきたり、とつぜんれいぞうこからごはんをぜんぶ出そうとして、やっぱりやめたり。
こんどはべつのお部屋のタンスをあけしめして、ヘルメットやかいちゅうでんとうを出してちがうちがうと頭をかかえてしまいました。
テレビもつけっぱなしで、そこにはむずかしい顔をしたひとがむずかしいことをしゃべっています。
ねこゾンビ語ではないため純子さんには読めませんでしたが、そこには『月が地球に落下。衝突まであと1日』と映っていました。
「にゃ?」
しんぱいになった純子さんがもういちど飼い主さんに声をかけて、そこでようやく飼い主さんも純子さんに気づきました。
「おぉ、純子……。純子ぉ……」
「にゃっ!?」
ぎゅぅぅっと、純子さんはだきしめられました。いつもよりつよい力です。
純子さんはこまってしまいましたが、飼い主さんがめそめそ泣きそうなことに気づいてだきしめ返しました。
そうしてねこゾンビの手でやさしく飼い主さんをなでてあげました。

どのくらいそうしていたでしょうか。
「……とつぜんすまんかったのう純子。おかげで元気がでたんじゃい!お礼に今日からなんでも純子の好きなことをしてやるんじゃい!」
「にゃう?」
きゅうに元気になった飼い主さんは大きな声でいいました。やっぱりいつもとちがいます。
でも、なんでも好きなことをしてくれると飼い主さんはいいました。
大好きなおやつを食べるのも、飼い主さんとお外にあそびにいくのも、とくべつに飼い主さんのベッドでいっしょにねるのも、なんでもです。
純子さんはかんがえました。にゃんにゃんうなってかんがえました。
そして、飼い主さんに言いました。

「今日は練習をする。いつも通りの練習だ。次のライヴに向けて、いつも通りのレッスンを」
ねこゾンビアイドルの純子さんとふつうのゾンビアイドルのみんなの前で飼い主さんはいいました。
それが純子さんのおねがいだったからです。
なにかほかのことをおねだりすることも考えましたが、つぎのコンサートが成功するように、今日もいつもと同じように、純子さんはみんなとレッスンがしたかったからです。
ゾンビアイドルのみんなもさいしょはなにやら話し合っていましたが、飼い主さんと純子さんの話をきいてやる気をだしてくれました。
そうしてレッスンがはじまり、いつもと同じすばらしい1日がおわり、
……夜になりました。

まっくらなおうちのろうかを、純子さんはねこあしさしあししのびあし。音を立てないように歩いています。
飼い主さんにないしょの夜のおさんぽ、いいえパトロールでした。
ふわふわしっぽをしゃなりと揺らす優雅なパトロールのとちゅう、純子さんは空いていた窓を見つけるとひょいと飛びのり、やねの上へ。
外に出た純子さんが夜のおそらを見あげると、お月さまがいつもより大きく眩しく、きれいに見えました。
それからしばらく、じいっとお月さまをながめていた純子さんはせなかにだれか立っているのに気づきました。
『こんばんにゃ』
ねこゾンビ語で話しかけられました。振り向いた純子さんはびっくりぎょうてん。やねから転げおちそうになりました。
そこにいたのはゾンビの0号さんだったからです。
0号さんはふつうのゾンビアイドルですから、ふだんはゾンビ語でうなっています。
彼女がねこゾンビ語を話せるなんて純子さんははじめて知りました。

「お、おはようございにゃす」
ねこゾンビ語であいさつしてから、このあとはどうしようとかんがえました。
ねこ同士のマナーならここからはなを近づけてくんくんしますが、0号さんはふつうのゾンビです。
そんな風に、にゃんにゃんうなってなやむ純子さんを無視して、0号さんはしゃがみこみ純子さんの白いねこ耳をなでてから言いました。

『今夜は月が綺麗な夜ね』

なでり、なでり。夜空を見あげて0号さんはそう言いました。
純子さんもつられてお空を見上げます。

「にゃ。そうですにゃ……でも」純子さんはのどを鳴らして応えます。
「こんにゃにお月さまが近くて大きいと、まぶしくてたまらにゃいです。これじゃあお月さまじゃなくてたいようさんです」
ピタリと、純子さんの白い毛をなでる手が止まりました。
口元へ手を当て、0号さんはなにごとかかんがえているようすです。
『そうね…たしかに美しくないわ』
スっと、0号さんが立ち上がりました。
そうして両手を夜空にむかって伸ばすと、…ひょいと月を両手でつかみ上げ、手まりのように空へと放り投げました。
ねこの目を大きくみ開いておどろく純子さんの目の前で、お月さまはだんだんと小さくなっていき……いつもと同じ大きさまで小さくなって夜空の中へおさまりました。
あわわわ…尻尾を逆立ててあわてる純子さんがとなりを向くと、
「…ヴァァ゛………」
0号さんはいつもと同じようにゾンビ語でうなっていました。
それっきり、0号さんはねこゾンビ語を話すこともなく、ゾンビ語でうなりながら眠たそうにお部屋へ戻っていきました。

そして…
夜の時間は終わり、太陽が昇り、
また、いつもと同じ朝が来た。
もうすぐライヴも本番だ。
ねこゾンビの純子さんと飼い主さんたちの素晴らしい1日が、また始まる。


18、「恋ばな」

ふう…みんな、寝てしもうたね…
ねえサキちゃん起きとー? …少し話さん?
今日ね、がばいよか事があったと
幸太郎さんがライブが成功したご褒美にって、アクセサリーば買うてくれたんよ…
うん、それだけ…たったそれだけん事なんに、がばい嬉しかったと…
考えてみたら幸太郎さんが私のこと素直に褒めてくれたん初めてやなーって
ゆうぎりさんにはちょっと呆れられちゃったけど…
『それで満足しとらんと、さくらはんはもっと欲を言うべきでありんす』なんて
もっと積極的になるべきだーって、アドバイスされちゃった…えへへ
でもよかと…。些細でも…私には大切な思い出だけん…
…話は変わるけど、サキちゃんよう最近二人きりで幸太郎さんば遊びに連れ出しとーんね?
この前もこそーっと一人で幸太郎さんの部屋ば行っとったもんね?
ねえサキちゃん、起きとー? サキちゃん?
おい、起きろ


19、「許キャラ」

おーい!非佐賀県民のみんなーあっつまれー!
みんな大好きゾンビランドサーガがはじまるよー!
今日のテーマはズバリ魔王!
魔王っていうと何をイメージするかな~さくらじぇんじぇんわかんないよー
はい!ではリリィちゃん!そうだねーファンタジーだねー
ばってん実は魔王って言葉は仏教用語なんだよ!
だから大魔王ルシファーなんてのは仏教とキリスト教が合体事故を起こしちゃってるの
はわわわ~
有名どころで言うとドラクエなんかは強大な悪霊とか敵対者の王みたいな感じで英訳されちゃってるし
ゲーテの『魔王』は英語だとElf King(妖精の王)なんだよね!
うんうん、魔王さくらって書くと怖いけど妖精の王さくらだとキュートでファンシー?
なんつってー!さくらなんつってー!
という訳で私のことを魔王って言った「」くんは正直に名乗り出てね!さくら許すよ!!
勿論許さなかった


20、「持っとらん」

そんなこと言われたって嫌なものは嫌なんです!
私は「持っとらん」から…!
努力して、期待して、期待されて、失敗して裏切って…もう打ちのめされたくない
また駄目だったんだって突き付けられたくないんです!
なにも学校行事だけじゃない、受験だけじゃない! 恋愛だってそう!
中学の時、ちょっといいなって片思いした先輩はホモだったし
友達の恋を応援しようと思ったら、なんでか私が友達の意中の相手から告白されて修羅場発生の大惨事…
今だってそうですよね? サキ幸や純幸が盛り上がっていればいるほど
後からやって来た私がそんなつもりもないのに幸太郎さんをかっさらって滅茶苦茶にしてしまう
うんざりんなんですよ!「何が嫌なの」かって? 私はすべてに疲れたんです!!
これでわかったでしょう……もう、いいですよね?
これ以上は話しても意味ないです…それじゃあ、
はい、お話し終わり
タオルと着替えはここに置いときますね
私は気持ちよかったから幸太郎さんも気持ちよかったですよね?


21、「もっと持っとらん」

私は逃げた。バリケードを越えようと額をぶつけ、ストーブを足の小指で蹴飛ばし、
ドアに指を挟むどんくさいヘマをやらかしながら洋館から逃げ出した
痛覚のない身体に、自分が死体であることを突き付けられながら歩き続けた
だってそうじゃないか。頑張るだけ無駄で、やればやるほど悪い方に。挙句の果てがゾンビだ
何に希望を持てと、どやんしろって言うのか、これ以上絶望しろとでも?
「だから!俺は!お前を絶対に見捨ててやらん!!」
そんな私の苦悩を、長身のサングラス男は真正面から切り捨ててきた
清々しいほどに一方的で自己中心的なその宣言に思わず気圧される
理屈も糞もない、諦観に沈んでいた心にずかずかと踏み込んでくる感情の輝きに
私の中で消えかけていた何かが燃え上がるのを感じた
『アイドルとして輝くお前を待つ人がいるということを』
思わず目の前の男から顔を反らし、もう一度この場所から見える夜景に目を向けた
宝石を散りばめたように輝く光。あの無数の光の数だけ人がいる
不思議だ。景色事態はさっきと何も変わっとらんはずなのに…
その光景はとても美しく、赤々と燃え盛る洋館もまるで幻想的に思えるのだった


22、「サキちゃん息子日記」

俺の母親は人間じゃないのかもしれない
それは自分が生まれてきてから今までの16年間
ずっと感じてきた違和感であり疑念であった
思えば母は周りの同級生たちの親とどこか様子が違った気がする
体温は低くいつも触れるとひんやりとしていた
父親と一緒に風呂に入ったことはあったが、母に風呂に入れてもらった記憶がなかった
海水浴ではいつも泳がず浜辺にいたし、すっぴんを見られなくないと一度も化粧を落とした姿を見たことがない
見たいテレビがある時は生首だけソファに置いて残った身体で家事をしていたり
真夏に熱いからといって身体の一部分だけを取り外して冷蔵庫に入れたりしていた
そして何より…昔の写真と今でまったく見た目が変わっていない。歳をとっていないのだ…
俺は気づいてしまった。俺の母親は人間じゃない
恐らく…ロボットかアンドロイドなのだと


23、「思い出」

「なーさくら、お前記憶戻ったんやったら生前の面白エピソードのひとつでも聞かせろや!」
「ちょっと、無茶言うんじゃないわよ!……でも、気になるわね。さくらは私のファンだったのよね?」
「さすがに私のことは……世代が違いますよね……」
「恋人とかはいなかったのでありんすか?」
「「「それだ!!!」」」
「え、えぇえー!?あ、えっとその、恋人はおらんかったかな……アハハ。あっ、でも気になる格好いい男子はおったよ!」
「ほぉー誰や誰や!言ってみろって減るもんじゃねえし!」
「うん……その、ほとんど話したこともない、物静かで大人っぽい男の子で、乾くんって言ってね、」


「幸太郎さん、私ね一つ思い出したことがあったんよ」
「学生時代の思い出…今から10年前。でも、私からすればほんの数か月前…」
「同級生にね、ちょっと気になる男の子がいたと」
「ほとんど話したこともなか、大人して静かな人やったけど。今にして思えば…初恋、だったのかな」
「アイドルに恋愛なんて厳禁だけど、もう10年も経ってるけど…もしできるならその人の前でライヴをやりたいなー…なんて」
「も、勿論告白なんてせんとよ!?ただ、今のアイドルとしての私を見てほしいだけと!」
「生者と交流していいのはアイドルとしてだけ。でもアイドルとして交流するならよかったい?」
「うん、……その人は『乾くん』って言うんだけど」
「幸太郎さん?聞いとる?……幸太郎さん?」
「もー!私の話真面目に聞いとるん!?」


24、「抱き枕」

「なんじゃいこれは……」
枕営業という名のフランシュシュ抱き枕グッズ販売会を終え、
寝室に戻った幸太郎は目の前のそれに目を落とす
「誰じゃい、置いたんわ……」
ベッドに置かれたそれは間違いなく抱き枕。自分が作り今日販売した抱き枕
フランシュシュ1号こと源さくらの写真がプリントされたものだ
何を思って自分のベッドにこれを置いたのか。最近あいつの思考がまったく読めない。ちょっと怖い
自分で作っておいてなんだが、割と狂気のグッズの部類であるとしみじみ思う
でも売れてるんだから仕方ない。活動資金確保のためだと言い聞かせ現実逃避を終了する
「ま、まあものは試しだ……うん……」
一瞬放り捨ててしまおうかという考えが頭を過ったが、ばれたら怖いし呪われそうだ
既に神を冒涜する所業の数々を犯して来た男は、モノは試しとベッドに寝転がる
その瞬間、枕が内から引き裂かれ伸び出た二本の腕が幸太郎を拘束する
いったい何が…混乱する幸太郎の意識は「乾くん?」という聞き覚えのある声を最後に
闇へと落ちた


25、「姫始め」

前回のゾンビランドサガが終わったので
今回のゾンビランドサガは年明け年越し姫始めといきたいと思いまーす!
ひゅーひゅー!
今回は飛び入り参加もありありのありだから覚悟せんね幸太郎さん!
……聞いとる?私の話ちゃんと聞いとる?
んもーいっつもそうやって私の話を真面目に聞いてくれんやね!
まっ、いっか!
じゃあ着替えとタオルはここに置いとくから
目が覚めたら試合続行だからね乾くん!

ふたば/やが君怪文書/沙侑

あの名文をまた読みたい人用のまとめ

スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第二章より
作者:不明


「あなた、橙子に捨てられたんですってね」
「はなから相手にされてない先輩には言われたくないです」
「橙子は誰だったらよかったのかしら」
「さあ、お姉さんじゃないですか」
「結局、私達じゃあの娘の相手にはなれなかったってことか・・・」
「そういうことになりますね」
「あなたは橙子とキスしたの?」
「しましたよ
それ以上のことも」
「ねえ、間接キスさせて」
「バカじゃないんですか?先輩」
「ええバカよ 悪い?」

「ちょっと・・・やめて下さい・・・」
「私が冗談を言ってるとでも思ったの? あなたの躰は橙子の温もりを知っている
あの娘は私を愛さない だから躰の温もりだけでも手に入れるわ」

「先輩、慣れてますね」
「あなただって初めてじゃないんでしょ?
大丈夫よ ちゃんと気持ちよくしてあげるから
それとも、あなたがする方が好き?」
「私は先輩に興味ないです」
「だったら大人しくしてなさい」

(あ・・・ダメだ・・・
気持ちいい・・・
橙子先輩は私を気持ちよくする方法を知ってるけど・・・
佐伯先輩は女の子を気持ちよくする方法を知ってる・・・
佐伯先輩には興味無いけど・・・
もう少し、先輩の好きにさせても・・・
いいよね・・・)

(この唇に橙子は唇を重ねたの?
この舌に橙子は舌を絡めたの?
この小ぶりな胸に橙子は指を食い込ませたの?
この桜色の乳首を橙子は吸ったの?
この桃色の割れ目に橙子は舌を這わせたの?
小さなお豆を剥いて、橙子は舌先で転がしたの?
溢れる愛の雫をすすりながら、橙子は指を躰の奥にまで潜り込ませたの?
甘くてとろける言葉を囁きながら、震えるこの躰に、橙子は愛と幸せと女の悦びを味あわせたの?
悔しい・・・!
全部、私がしてもらえるはずだったのに・・・!)

「先輩っ!!私っ!!もうダメっ!!
気持ちいいっ!!」
「イクの? いいわよ イキなさい
何度でもイカせてあげる
あなたが壊れるまで、
何度だってイカせてあげるわっ!」
「先輩ーっ!!

「ごめんなさい 私のワガママに付き合わせて
私のこと、軽蔑していいわよ」
「別に、軽蔑なんて・・・私も気持ちよかったですし・・・
それに、ワガママに付き合うのは慣れてます」
「ほんと・・・いい性格してるわね、あなた
じゃあ、これからも私のワガママに付き合ってもらおうかしら」
「いいですよ
そのかわり、ちゃんと気持ちよくして下さいね」
「それは保証するわ」

(沙弥香先輩、上手だったな・・・
七海先輩みたいに欲望を押し付けてこない
女の子の悦ばせ方を知ってる
前の人に教えてもらったんだろうな
沙弥香先輩の前の人って、どんな人だったんだろう・・・?
やっぱり女の人かな・・・?
あれ・・・?これって、ひょっとして・・・
嫉妬・・・?)

「驚いた あなた達が付き合うなんて」
「付き合う、というか」
「七海橙子被害者の会、ですよね 沙弥香先輩」
「なあに、それ? 私が悪者みたいじゃない」
「これですよ、どう思います?沙也加先輩」
「ほんと、困った人ね、あなたは」 
「え?何?どういうこと?」

「七海先輩、私、もう、大丈夫ですから」
「橙子、侑は私が大切にするわ」
「そう・・・」
「七海先輩、私、七海先輩のことが、大好きでした」
「ありがとう、私も侑が大好きだったよ」
(そういうところですよ
本当に困った人
ありがとう七海先輩
・・・さようなら・・・)

2ch/男主主従エロパロ/王太子と女騎士

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スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第二章より
作者:不明


「お許しください。殿下!」
ユマは悲痛な声をあげた。
寝椅子の上に自分を押し倒し、圧し掛かってきた男の身体を力ずくでどけようとする。
「なぜ、こんな酷いことをなさるのですか!?」
男の手が、騎士団の制服の上から荒々しく胸を揉み、ボタンに手をかけていた。
その銀髪の前髪から覗く紫色の瞳には、女への劣情の他に怒りの色が混じっている。

「君が、女だからだ」
そう言い放ったクライドは、自分を押しのけようとする女騎士の両手をひとまとめにし、
制服から剥ぎ取った帯剣用のベルトで縛り上げた。
話し合って解決しようとユマが油断していたせいもあったが、単純な力比べなら男の方に
分があった。
「女ならば、他にも沢山いるではないですか!」
ユマの声は、ショックで強張っていた。

普段は温厚で聡明な主人が豹変した理由が分からず、ユマは困惑の極みにあった。
十代にして常に何人かの愛人を囲っているクライドが、女に困っているはずはない。
肩の上で短く切りそろえられた栗色の髪と、女だてらに剣を持ち、筋肉質で女性の丸みに
欠ける身体のどこに欲情したのだろうと、ユマは眉根を寄せた。

「あぁ! それ以上は、どうか、お止めください! いやぁあああ!!!」
ユマの懇願を無視し、クライドは女騎士の服の前をはだけさせ、胸を固定する下着をずりあげた。
薄い乳房と桃色の乳首が、クライドの眼前にさらされる。
もうすぐ二十一歳になるユマは、まだ男を知らなかった。


ユマは縛られた両手で懸命に胸を隠そうとしたが、クライドは非情にもそれを押しのけ、
僅かに盛り上がる乳房を強く掴んだ。
「やめてぇええ!!」
ユマは激しく身を捩って抵抗した。
三年間で築き上げた二人の信頼関係が、音を立てて崩壊していくようだった。

「君が悪いのだ……」
クライドが低い声で呟いた。
ユマの腕を頭の上までどかすと、微かに反応を示す乳首を口に含む。
「いや、こんなの」
ユマの藍色の瞳に涙が滲んだ。

クライドの愛撫で、ユマの両乳首は痛々しいほどに固くなり、白い乳房には所々に
赤い鬱血の斑紋がつけられた。
その膨らみの上下には、いくつかの古い傷跡が残っている。
なかには、クライドと一緒に戦場を駆け、負傷したものもあった。

クライドは目を細め、脇腹にある傷跡のひとつに優しく手を這わせた。
「こんなことをして何になりましょう。もう、やめてください」
クライドの手の動きが落ちついたのを見て、ユマは神妙に頼んだ。
「これは、二年前に北の蛮族を討伐したときに負った傷だな。
 あのとき僕たちは、陽動作戦で深追いし、同じ隊の味方もすべてやられて、
 二人で孤立してしまった。
 もうダメだと思ったが、僕たちは救援がくるまで持ちこたえた。
 あのときは、君がいてくれて、本当に心強かった」

遠い目をするクライドに、ユマも当時のことを思い出す。
男に押し倒されている状況を忘れて、神懸り的に強かったクライドの勇姿を思い浮かべた。
「君が背後にいるなら、いつまででも戦える気がしていた」
ユマは無言で頷いた。
実際は、救援が駆けつけたところで、二人とも立っていられないほど疲労していた訳だが、
戦っている最中は、このまま二人でずっと戦っていたいとさえユマは思っていた。

クライドが傷跡をそっと指でなぞると、ユマは脇腹に痺れを感じた。
つるりとした表面の傷跡は他の皮膚と感覚が異なるのだ。
脇腹の痺れは、唾液に濡れて感覚が過敏になっている乳首にも飛び火する。
「やめて、殿下……」
ユマは目で訴える。
戦場で、かつてないほどの一体感を共有した貴重な関係を壊したくなかった。

しかしクライドは、そんな女騎士の思いを踏みにじるように、ユマのズボンに手をかけた。
「駄目!」
ユマは目を強く瞑り、反射的に腹筋を使って上体を起こした。
クライドの重心が下に移動していたこともあり、すんなりと置き上がれたユマは、
身を守ろうとする本能のままに、クライドに勢いよく上半身をぶつけた。
「っ!」
想定外の反撃に、クライドは寝椅子の端に弾き飛ばされた。
ユマは、寝椅子から降りて、窓際まで逃げる。
部屋から出て行かなかったのは、今の自分の格好を考えた結果だった。

「僕に抱かれるのが、そんなに嫌か!!」
クライドが怒鳴った。
その口元には血が滲んでいる。ユマの頭突きが当たったのだ。
「殿下! どうか、冷静になってください! 
 私は……、私は来春嫁ぐのです。
 殿下の一晩のお戯れで純潔を失うわけには……」
「黙れ!」
クライドは強く奥歯を噛み締めた。

「誰が、騎士を辞めるのを許した?」
「陛下に許可を頂きました。来月には正式に解任手続きを……」
「相手は二まわりも上の男だぞ。それに再婚だ!」
「貴族の結婚など、みんな似たようなものです。
 家同士の利益のためにするのですから。
 それにこの縁談は、大臣閣下からのお話で……」
断わることができない。
手の自由を奪われている状況と、結婚への不安からか、月明りが差し込む窓辺に佇む
女騎士の姿は儚げだった。

クライドは、自分の妃候補の中に大臣の娘がいるのを思い出し憤然とした。
「君が断われないのなら、僕が破談にしてくれる」
クライドの申し出に、ユマは首を横に振った。
「なぜだ!?」
「もう、限界なのです」
「いくら男より体力の衰えが早いとはいえ、君は、まだ十分現役で戦える!」
いつも落ち着いているクライドが、焦りも露わに声を荒げていた。

「……体力のことではありません。辛いのです」
ユマは藍色の瞳を伏せ、唇を噛み締めた。
「何がだ!?」
「お許しください。殿下。私は騎士を辞め、嫁ぎます」
クライドの問いに、ユマは答えなかった。
「ユマ!!」
クライドが寝椅子から立ち上がり、ユマのほうへ一歩歩み寄ったときだった。
ユマは縛られた両手で短剣を取りだし、自身の首筋に刃を向けた。
「何をする!?」
「近づかないでください!
 それ以上近寄ったら……自ら命を断ちます!」
ユマの声は真剣で、鬼気迫るものがあった。
クライドは、胃の府から込み上げる強烈な吐き気を堪えた。
「君は! ――それほどまでに、僕を拒絶するのか!?」

焼けつくほどの悲しみは、憎悪にも似て紫色の瞳を焦げつかせていた。
クライドの激情が自分に向けられていることに、ユマは心を震わせる。
「違うのです! これは私のわがままです。
 私は貴方の唯一の女でいたい。
 一緒に戦場で命をかけた唯一人の女に。
 ……そうなれば、剣に捧げたこの身も救われましょう。
 だから、ここで抱かれる訳にはいかないのです。
 関係を持った沢山の女の一人に成り下がってしまうから……」
戦場での二人は、お互いに命を預け、他の誰も割り込めないほどに固い絆で結ばれていた。
その自負を胸に、ユマはこれからの人生を生きようと思っていた。

「それは、僕の気持ちを踏みにじってまで、貫き通すものなのか」
クライドは毛足の長い赤い絨毯に視線を落とし、力なく呟いた。
「殿下の気持ち?」
ユマの鼓動が一際大きく脈打つ。
「君を愛している」
ユマに熱い視線を投げ、クライドははっきりと言い放った。

「からかわないでください!」
ユマは耳まで真っ赤に染め上げて叫んだ。
「からかってなどいない!」
クライドの反論に、聞きたくないとばかりに、ユマは首を左右に振って後退る。
「私は殿下の愛人を何人も知ってます。
 皆、可愛くて、華奢で、女らしくて、私とは正反対だった」
愛人たちを見るにつけ、自分がクライドに愛される日などくるはずがないと思っていた。
だから、身体の繋がりより、戦場での心の繋がりの方が重いと、ユマは自分を納得させてきたのだ。

「愛人の容姿は、僕が君を好きだということの否定にはならないよ」
「そんなこと、信じられません!」
ユマは短剣を強く握り締める。
藍色の瞳には涙がたまり、今にも零れ落ちそうだった。

クライドは大きく溜め息をついた。
「どうして、君はいつもそう頑ななんだ……
 誰よりも騎士らしく、常に清廉潔白で、剣のみを愛して男には目もくれない。
 色んな愛人を君にわざと引き合わせたりもしたが、顔色一つ変えなかった」
「な、……酷い! わざとだったのですか?」
愛人たちの元に通い、彼女たちを愛でるクライドの姿を垣間見るにつけ、
ユマは胸が張り裂けんばかりだった。
女としてクライドに愛される彼女たちが羨ましい。
そう自覚したとき、ユマは戦場での心の繋がりが意味のないもののように感じてしまった。
強い羨望の感情は妬みを孕み、ユマはクライドの側にいることに見切りをつけた。

堪えきれず、ユマの瞳から涙が零れ落ちる。
「少しは、妬いてくれていたのか?」
ユマの様子が緩やかに変わりつつあるのを感じ、クライドは余裕を取り戻した。
「……」
「君を他の男に渡したくない」
「……だからって、こんな」
肌蹴た上着の隙間から覗く、白い乳房につけられた赤い斑紋を目にとめて、ユマは口篭もった。

これをつけたときのクライドは、欲望と怒りの感情を剥き出しにしていて、少し怖かった。
けれど、自分の身体に彼が触れた痕跡が残っているという事実に、ユマの胸は熱くなる。
「ユマ」
気がつけば、クライドはユマのすぐ側まできていた。
「殿下、私は……」
ずっと望んでいたものが目の前にある。
優しく自分を見つめる紫の瞳に目を奪われながら、ユマの唇は本心を告げるために開かれた。
「殿下の愛人が、羨ましくて、羨ましくて仕方なかった……」
震える声でそう呟いたユマの手から、短剣が滑り落ちる。
ユマが自分の顔を両手で覆うよりも早く、クライドはユマを強く抱きしめた。

こんな風に抱きしめられたことは、今までなかった。
クライドの体温と匂いが近くにあって、鼓動は早くなりつつも、包み込まれて守られて
いるような安心感をユマは感じた。
「殿下……信じさせてください」
ユマの瞳から流れ続ける涙を、クライドが拭う。
「ああ」
頷いて、クライドはユマの唇を奪った。

 ◇

ユマの身体は、男のクライドから見れば、十分に女らしかった。
薄く筋肉のついた身体は、傷跡さえも綺麗に見えて、クライドはことさら丹念に全身を愛撫した。
小ぶりな胸は感度がよく、膣内は男を強く締めつけ、艶やかな唇から漏れる声は甘かった。
破瓜の痛みに耐える顔はけなげで、クライドの精が膣内に放たれると、頬をバラ色に染めて、
幸せそうにはにかんだ表情を見せた。

今、男の腕の中で疲れて眠る寝顔は、まだ十代のようにあどけなく可愛らしい。
その栗色の髪を梳きながら、クライドは、今後どうやって彼女の立場を確固たるものにするか、
算段を巡らしていた。
「とりあえずは、縁談か」
ユマが一晩、王太子の私室から出てこなかったとなれば、縁談はすぐに立ち消えになるだろう。
大臣には釘をさしておかなければと、クライドは考えていた。
「クライドさま……」
ユマの寝言にクライドは破顔する。
考えるのは明日にしようと、ユマを優しく抱きしめる。
軽く唇を重ねると、彼女は「ん」と小さく唸って、クライドに抱きつくように身を捩った。
これほどまでに他人に気を許し、隙だらけの女騎士の姿は初めてで、嬉しくなる。
「おやすみ。僕のユマ」
朝起きて、彼女がどんな顔で自分を見るのか楽しみにしながら、クライドは双眸を閉じた。

2ch/男主主従エロパロ/若と隠密

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スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第二章より
作者:不明


朝から心ここにあらず・・・頼姫は朝からうきうきと人待ち顔である。

頼の父は大河と山陽道と瀬戸内海を結ぶ交通の要衝を押さえて小さいながらも山城をかまえ一国を治めている。
頼姫は今年、数えで十五になった。上に総領息子である兄虎正と、隣国に輿入れした姉ゆうがおり、末娘としてのびのびと育てられた。

姫が落ち着かないのは、父の命で京に使わされていた、幼馴染で乳兄弟でもあるたきが帰ってくるからだ。
主家のために隠密に働く草の一族の出で、同年代で唯一の友達であるたき。
いつも自分のために、ここでは見られないような珍しい、美しい土産を携えてきてくれる。
頼姫は一生足を踏み入れることがないであろう京の様子を面白おかしく教えてくれるに違いない。

「・・・遅い」
京からの一行は一昨日国境を越えた、と先に馬で戻った兄から聞いたのに、いくらなんでも遅い。
本丸の私室で待つのに飽きてしまい、頼姫は城口まで迎えに出ることにした。
収穫の時期にあたる秋は城内に人影も少なく、絶好のお忍び日和である。
途中、兄に見つかるとしかられるので、兄の居室のある二の丸を避けるため山城の城壁沿いにつくられた石畳の通路を行く。

「・・・ぅ」

うめき声が聞こえたのは気のせいか。

「ぁ・・・若」

気のせいではない。しかも城内で「若」と呼ばれるのは兄だけだ。
一人歩きを叱られる、と頼姫はあわてて弓場の影に身を潜める。
そっとあたりを伺うと、城内ではなく城壁の外に、人の気配がある。以外に近い。
頼姫は息を詰めて射掛け窓からのぞいてみた。
そこには。
一段下の狭い足場に、兄がいた。
そして。兄の肩脱ぎにした逞しい上半身と城壁の大岩の間に、たきがいた。

兄が、たきの細い両手首を握って城壁に固定し、うしろから押しつぶさんばかりに密着しているのだ。
顔はたきのうなじにつけられているので、その表情は分からない。
たきの顔は上を向いているので、頬を真っ赤にして、泣いているのか、目が潤んでいるのが分かる。
ときおり、くぐもったうめき声がもれてくる。さっき聞いたのは、たきの声だったのだ。

頼姫も、夫婦が子を作るためにまぐわうことは、知識として知っていた。秘め事である、と聞いている。
まして、間近で、よく知っている2人だ。早くこの場を離れなければ・・・と思うが、足が動かない。
着物の端からのぞく、たきの白い胸元や足から、目が離せなかった。

兄がたきを抱き上げ、体勢を変える。
頼姫の視線に胡坐をかいた兄の男根が見えた。それは隆々とそそり立ち、天を仰いでいる。
かるがるとたきを男根の上に座らせると、その白い胸元に顔を埋めている。
たきもおずおずと兄の背に手を回し、身体を支えている。
「・・・動け」
兄の要求を、たきは嫌々をするように力なく首を振って、拒絶している。
「たき」
兄の声は低く抑えられているが、頼姫の耳にもしっかりと届いた。頼姫を、真剣に叱る声に似ている。
「たき」
再度の要請に、たきは抗いきれず膝をつき、兄の身体をささえにして腰をくねらせ始めた。
「・・・っふ、う、ぅ」
動くたびにたきの口からうめき声がもれる。そのたきの口に、兄が唇を重ねた。
貪るような深い接吻を頼姫は初めて見た。
その間にも兄の手は休むことなくたきの白い身体をまさぐり続ける。
「ゃあっ・・・ぁあぅ・・う、ぅっ」
兄の唇がたきの乳房の頂に移動したとき、たきが不意にがくがくと震え始めた。
「気をやるか?」
兄の問いに答えるように、たきが白い手を兄の身体にまわしてしがみつく。
たきのみずみずしい乳房が、兄の手で滅茶苦茶に揉みしだかれている。
「若・・・ぁ、ぁ・・・あ、あ  」
四肢を小刻みに震わせ、眉根を寄せた恍惚のたきと、満足げな兄の顔が、頼姫の脳裏に焼きついた。

ぐったりと脱力して兄に寄りかかるたきの顔が、頼姫のほうを向いている。その顔は知らない大人の女に見えた。
兄がまたしても体勢をかえてたきを組み敷いた。
白い足を押し広げ、その間で盛りのついた馬や犬のように腰を振りたてている。
その腰に、そっと白いしなやかな手が回されるのを、頼姫はみた。
「果てるぞ」兄の低い声に確かな官能を感じ取り、頼姫は思わず身震いをした。

獣じみた一声のあと、兄の動きが緩慢になる。
たきの乱れた髪を撫で付けながら、一言二言なにかささやいたようだが、それは聞き取れなかった。
兄が離れた後、横たわるたきの兄が納まっていた場所から、とろりとした白いものがこぼれるのがはっきりと見える。

たきは身を起したものの、岩に寄りかかってぼんやりとしている。
兄は自分の身支度を済ませ、たきの着物を直してやり始めた。
「今宵、二の丸へ来い」
困ったようにたきが兄を見上げる。
「お前に否はない」その声は穏やかだが、有無を言わせない強い意志を感じさせる。たきを見てにっこりと笑う兄を、頼姫は恐ろしい、と思った。
もとよりたきは主人の命に逆らうことなどできないのだ。
立ち上がった兄が城壁を登ってくるかとおもい、頼姫は我に返って身を硬くした。
が、兄はたきに接吻を与え、先に城壁から送り出す。
さすがにたきは草の一族である。一跳びで気配が消えてしまう。
続いて兄も、たきとは違う方向へ、わずかな足がかりで軽々と跳ぶように降りていってしまった。
2人の気配が遠く消えさった瞬間、その場に取り残された頼姫の緊張の糸がふつりときれ、へなへなと座り込んでしまう。

頼姫が立ち上がることができたのは、居室にいない姫を心配して養育係の常盤が探しにきてからであった。
居室に、たきが来ているという。・・・どんな顔をして会えばいいというのだ。
結局、日差しに当てられ調子が悪いと横になってみたのだが、たきの顔を見ると先ほどのことが思い出されかぁっと頬が熱くなった。
その様子はたきや常盤に発熱と誤解され、臥所に押し込められて、たきがそばに控えてくれることとなった。
おかげで、兄とともにとる事にしている夕餉に出向くかずともよくなり、頼姫は安堵した。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるたきは、頼姫がよく知っているたきで、先ほど出来事は夢であったのだろうか、と思う。
だが、夜半にそっと気配をけし、明け方戻ってきたたきを感じ、やはり本当のことであったのだ、と再び顔を火照らせた頼姫であった。

2ch/男主主従エロパロ/坊ちゃんとメイド

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スレッド:愛するが故に無理やり…… Part9より
作者:不明


「お、お止めください!」  
「どうして僕の想いが分からないんだ!」  
「若様、わたくしは卑しい身分の女にございます」  
「……僕がお前を買ったんだぞ!お前は僕のものなんだ!」  
──ああ、どうして……どうしてそのように仰るのですか。  
 わたくしはこの屋敷のメイドの中でも最も低層な存在でございます。この国ではメイドにも  
二種類ございまして、給金を頂いて働く雇いメイド、そしてもう一つがわたくしのように  
"市場"で買われ、住む場所と食事を与えられる替わりに一生お仕え申し上げるメイドで  
ございます。  
「今まで、ずっと我慢してきたけど、もう堪えられない」  
 そのまま圧し掛かられ、わたくしはソファの上に押し倒されてしまいました。頬に当たる  
革の冷たさに身体が独りでに震え出してしまいます。  
「そんなに僕のことを嫌がらなくてもいいじゃないか!」  
 若様の手が襟にかかり、そのまま強引に音を立てて、メイド服を引き裂かれてしまいました。  
黒地に映える白いプラスチックのボタンが飛び散り、乾いた音を立てて床に落ち辺りを  
転げまわる様がまるでスローモーションのように思えました。  
「僕がどれだけ我慢したか、お前はまるで分かっていない」  
──分かっていないのは、若様の方です。あなた様のように尊い御方が、最下層の  
わたくしのような卑しいメイドに手を付けるなど間違ってもあってはならぬことなのです。  
まして、これからご結婚される身でございますのに。  
 申し上げたいことは山のようにありましたが、気が動転したわたくしでは上手く言葉に  
することなど到底叶わず、何とか搾り出した声も掠れていました。  
「だ、ダメです。こんなことが……旦那様に知られたら」  
「父さんは関係ない!僕は僕の意思でお前を抱くんだ!」  
 押し付けられた唇から捻じ込まれた舌にわたくしの口内は蹂躙され、声を上げることすら  
ままなりません。  
「はっ……はっ……」  
 荒い呼吸の若様の瞳には強い欲情の光が宿っておりました。  
 わたくしはこの御方の"もの"です。お屋敷によっては買われたメイドを夜伽の相手になさる  
こともあると聞きます。それでも、この御方のお父上は風紀の乱れに厳しく、夜伽の相手は  
雇いメイドと決められておいでです。  
 しかし、そのような決まり事など今の若様には関係ないのでしょうか。ささくれ一つない  
滑らかな手が裂けた服の隙間から差し込まれ、わたくしの乳房を荒々しくお掴みに  
なられました。  
「い、いやぁぁ」  
 身を捩って逃げようとしましても、若様の均整の取れた身体に押さえつけられてはどうすることも  
できません。胸に走る痛みとそれに混じる微かな痛みとは明らかに違う感覚に心は  
翻弄されていました。  
「わ、若様。お願いです……んっ……今なら」  
「嫌だ!言っただろ、お前は僕のものだって!」  
 
 若様の指に籠もるお力が一層強くなって、自分の小さな乳房は捻り切られそうになりそうな  
錯覚に陥りました。しかし、それ以上に"もの"と言われた若様の言葉が胸の奥を深く  
抉りました。  
 
 でも、それは紛れもない事実でございます。   
 わたくしは二度買われた女です。若様に買っていただく以前は、あるお屋敷にメイドとして  
一度買って頂いたことがございました。しかしながら、そのお屋敷の奥様のお怒りを買い、  
わたくしはお屋敷を追われ、再び"市場"に戻ることとなりました。この場合、前の御主人様が  
わたくしを買われたお金の四分の一をお戻ししなければなりませんが、貧しいわたくしの  
両親にはそのようなお金は残っておりませんでした。そうなれば、もう一度、どなたかに  
買っていただくか、娼婦として身体を売るかのいずれかの道しかございません。  
 しかし、"市場"のブローカーからは、「その年で新たな買い手は見つからんぞ。女なのだから  
男を愉しませて稼いでみろ。お前なら充分客がつくぜ。何なら俺が最初の客になってやっても  
いいぞ」と嘲り混じりに言われました。  
 一般的に"市場"で売られる年齢は十代前半でございます。そして、買われるとすぐに  
メイドとしての教育を受けるのが通例となっております。だから、わたくしのように二十歳  
間際にして"市場"に出る女など何か訳有以外の何者でもございません。そして、トラブルを  
お嫌いになる上流階級の方々がそのような者を買うことなどありえないのです。  
 案の定、"市場"が定めた期限が近づいてもわたくしを買ってくださる方は現れませんでした。  
 微かな望みが絶望に変わりかけた時、あのお声を聞いたのでございます。  
「お前を買いたい。幾らだ?」  
 一生忘れることはないそのお言葉は今でも大事に胸に刻んでおります。  
 
 一人の"女"としてなどという大それた望みは、とうに捨てております。ただ、お買い上げ  
頂いた若様にお仕えすることだけを喜びとして今日まで過ごして参りました。若様がさる  
名家の御子女と結婚なさると聞いた時は人知れず涙したものでした。その時になって、  
自分が若様をお慕いし、"もの"ではなく"女"として見て頂きたいと望んでいたことに  
気づきました。しかし、叶うべくもない望みは心の奥深くに埋め、若様に御結婚のお祝いを  
申し上げたその夜に、このようなことになってしまうとは皮肉なものでございます。  
「はっぁ……んんぅぅ……ぁぁ」  
 若様はわたくしの女の部分を指先でなぞりながら、執拗に愛撫なされます。そのせいで、  
淫猥な音がそこから立つようになってしまいました。  
「ほら、聞いて御覧。お前だって僕を欲しているのではないか?」  
 少し優しげに若様がわたくしの耳元で囁かれました。  
 わたくしとて、"女"としての悦びを知らない訳ではございません。ただし、それはもう  
捨てております。売られたものが普通の幸せを望むことなど許されるはずがございませんもの。  
逃げていきそうになる理性を必死に手繰り寄せ、弱々しく首を振って若様の言葉を  
否定しました。  
「ダメです……お願いでございます……もう、もうこれ以上はいけません」  
 
 それを聞いた若様のお顔は苦虫を潰されたような表情になり、押し黙られてしまいました。  
それでも、刷毛で掃くような労わりのある優しい愛撫は止むどころか、一層わたくしを  
追い立てるように執拗なものとなりました。  
 呼び起こされた快感に、わたくしは流され始めていました。やはり、諦めたと言っても所詮は  
"女"なのでしょう。密かに心寄せる方に求められれば、拒まなくてはと思っても身体の熱を  
抑えることができないのです。  
 いつしか、若様の先端が入り口に宛がわれても、湧き上がる熱に浮かれてしまったわたくしは  
事態の重大さに気づいておりませんでした。  
「いくよ?」  
「!?……そ、それだけは!いけません!イヤァァ……ァァああ……んくぅぁ」  
 悲鳴交じりの拒絶の言葉を無情にも遮り、若様はわたくしの内側に入られました。  
「……すごく……気持ち良い。温かい」  
「いけません、いけません」  
 必死に首を振るわたくしの乱れた髪を若様はその御手で柔らかく撫でてくださいました。  
「ごめんよ。でも、我慢できない。もう引き返せないんだ」  
 それを最後に若様は一言も発することなく、ただ只管にわたくしの内側に硬くそそり立った  
逞しい性器を打ち付けられては、引き抜かれ、また打ち付けるということを繰り返して  
おいででした。不思議なことに、若様のお顔には悦びの色は浮かばず、むしろ痛々しい  
ほどに悲しげな御様子でした。  
 きっと、御自分が婚約者のいらっしゃる身でありながら、わたくしのような婢女を抱いて  
しまっていることに罪悪感を抱かれていらっしゃるのでしょう。  
 わたくしがいけないのです。わたくしのような女が若様の周りについたばかりに、お若い  
この御方は過ちを犯してしまったのでしょう。  
 徐々に激しくなる抽挿に身体の奥から快楽の波が押し寄せてきて、わたくしは遂に考える  
ことを止めてしまいました。ただ、それでも若様の前で乱れてしまわないように唇を噛み締め、  
声を押し殺し、ただ只管に堪えることに徹しました。  
「だ、ダメだ……もう、我慢できそうにない……出すよ!」  
 その一言でわたくしは現実に連れ戻され、最悪の事態が起こりつつあることに気がつき  
蒼褪めました。  
 しかし、もう遅かったのです。  
 若様が大きく腰を引き、今まで一番深く突き込まれました。身体を串刺しにされるような  
感覚と同時に、若様の熱い迸りがわたくしの胎内に注ぎ込まれたことがハッキリと分かり  
ました。しかも、奔流は一度ではお収まりにならず、わたくしの内側で若様が脈打たれる度に  
貴重な子種が搾り出されました。  
 やがて、全てをお出しになられると緩慢な動作で若様は身体をお離しになられました。  
 きっと、溜めていらっしゃった欲望を吐き出されて満足なさったのでしょう。虚ろな眼差しで  
ソファに横たわるわたくしを見つめておいででした。本来であればすぐにでも立ち上がって後の  
お世話をすべき──少なくとも雇いメイドがお手つけを受ける時や閨の指導を申し上げる時は  
それが礼儀なのです──が、慣れないわたくしはただ、股の間から若様の精液が流れ出る様を  
ただ呆然と見ていることしかできませんでした。  
 
──ああ、これでもう働くことができないかもしれない。  
 お手つきになるメイドは避妊だけは欠かしません。何故ならば、高貴な御方の子を  
宿すことは卑しい身分のものには許されていないからです。万が一、そのようなことに  
なれば子の命は絶たれ、お屋敷を追われることになってしまいます。  
 もう二度と若様にお仕えできないかもしれないと思うと自然と涙が零れてしまいました。  
「な、泣くほど嫌だったのか……」  
 若様は慌てた御様子で身を屈め、わたくしの顔を心配げに覗きこんでおいででした。  
「……若様、わたくしはもうお側にお仕えできないかもしれません」  
「な、何を言っているんだ!ダメだ!お前は僕のものだ!一生、僕のものだ!」  
 弱々しくかぶりを振ったわたくしに若様の唇が強く押し付けられました。あまりのことに  
思わずわたくしは狼狽してしまいました。  
「わ、若様?」  
「僕がお前を一生守る!一生かけて幸せにしてみせる!だから……」  
 若様はもう一度わたくしの唇を求められました。今度は大人しく若様を受け入れ、  
失礼かとは存じましたがこちらからも舌を絡めました。それが、若様のお言葉に対する  
わたくしのせめてもの応えでございました。  
「わたくしには勿体ないお言葉……嬉しゅうございます。しかし、若様とわたくしでは身分が  
あまりに違いすぎます。それに今、頂いた子種で万が一わたくしが身籠ってしまえばお屋敷に  
は置いて頂けません。いえ、それ以上に若様の御名にも傷がついてしまいます」  
 それでも、若様の眼差しはたじろぎもせずわたくしに注がれておりました。  
「それに御婚約のこともあります。今日のことはただの夢とお忘れください。このようなこと、  
若様にとって良いことにはなりません」  
 わたくしは自分の心を偽るように、上辺だけの微笑みを浮かべて若様に「これでお別れです」と  
無言のうちに告げました。  
 その応えは──  
 
「お前を誰にも渡さないし、どこへも行かせない。僕だって同じだ。だから、さあ、僕のものになっておくれ」  
 
 優しい──でもどこか悲痛なお声でした。それはきっとこれからの二人の行末を暗示して  
いるのだろう、とわたくしは思いました。  
   
(了)  
 
「若様のお相手は何とかの宝石、と称されているお美しい御方らしいわよ」  
「きっと、お似合いのお嬢様でしょうね」  
「結婚式はこちらでおやりになるのでしょう?忙しくなるわね」  
 仲間のメイド達が楽しそうにお喋りに興じる中、わたくしは胸に重く圧し掛かる  
思いを振り払おうと、明日のお食事の材料を準備するため、離れにある貯蔵庫へと  
一人向かいました。  
 お屋敷はとても広く、離れと申しましても歩いて五分以上かかります。その上、夜も  
更けてまいりましたので辺りは暗く、頼りになるのは回廊の柱に灯された蝋燭の明りと  
手に持ったランプだけです。  
 厚い雲が空に立ち込めた今宵は、蒼白い月の明かりも差し込んではくれません。  
廊下には蝋燭の炎に照らし出された柱の影が不気味に伸びておりました。わたくしは  
小心者でございます。普段からこの食材を取りに行く役目は苦手でございましたが、  
今日は生きた心地がしないぐらい恐ろしく感じます。しかし、お勤めはお勤めです。  
震える足を一歩ずつ進ませ、何とか離れまでやってくることができました。  
 離れに辿りついたことで、わたくしは油断してしまっていたのでしょう。  
 安堵の溜息を吐いた瞬間、後方の柱の影から忍び出てきた"何か"に抱きすくめられ、  
叫び声を上げる前に口元を素早く抑えられてしまいました。身の毛もよだつ様な恐怖に  
震えながらも、わたくしは助けを求めようと必死に身を捩り抵抗を試みました。しかし、  
拘束は緩まるどころか、ますます強くなっていきます。泣きそうになる心を奮い立たせ、  
尚も身悶えを繰り返しましたが、声を上げたところでここは普段、人の立ち入らない  
場所です。きっと誰にも気づいてもらえないでしょう。  
 自分の人生はここで終わってしまうのだろう、と覚悟を決めたその時でした──  
「頼むから落ち着いておくれ。万が一、誰かに見つかると厄介だ」  
 耳元で密やかに囁かれた声は、あの御方のもの。  
「わ、若様!?」  
「そう、僕だ。だから落ち着いて」  
 そっと口元から手が離れ、動きを束縛していた手が緩まったので振り向くとそこには  
夜着の上にコートを羽織られた凛々しい若様が立っておられました。  
「……何をなさるのですか!」  
「お前が悪い。ここ最近、全然顔を見せない。僕を避けている」  
 確かに”あんなこと”があって以来、わたくしは若様のお側仕えを意図的に避けるように  
なりました。特に日が暮れてからは、若様の前に参上することはしておりませんでした。  
「僕の気持は分っているのに……僕を避けるお前が悪い」  
「あ、あんなことを二度としないとお約束頂けるならば、いつでも……」  
 次の瞬間、強引に唇を奪われ、柔らかな若様の舌で口内をねっとりと舐られます。  
「悪いけど、それは無理な相談だ。お前は僕のものだ」  
 強い眩暈を覚え、立ち眩んでしまいます。この御方は聡明ではあらせられるけれども、  
まるで事の重大さにお気づきでない。  
「若様は、名家の子女を伴侶としてお迎えになられるのでありましょう?」  
「僕が興味ある女は、お前だけだ。お前以外の誰かなど僕にとってはどうでもいい存在だ」  
 信じられないような台詞を真摯な眼差しで仰られたため、わたくしは言葉を失って  
しまいました。  
 
「信じて欲しい。僕はお前が欲しい」  
「……わたくしは、若様のものでございましょう?」  
 皮肉を込めてそうお返しすると、若様は眉間に皺を寄せて深刻な表情をなさる。  
「お前の心は僕に向いていない」  
「わたくしのお仕え申し上げようという気持ちに二心はございません」  
「違う!……僕は忠誠など望んでいない」  
 若様がメイドとしての忠誠でなく、一人の女としての愛情を捧げよ、とわたくしに仰っている  
ことは重々承知しております。しかし、主人と最下層のメイドの立場は勿論のこと、若様は  
御婚約を控えられた身であり、本来であればこのような場で二人きりでお話することすら、  
罪深いことでございます。  
「無茶を仰らないでください。わたくしは卑しい女です。若様のお相手は……!?」  
 次の瞬間、若様に手首を掴まれそのまま何かを巻き付けられると、空き部屋に強引に  
連れ込まれてしまいました。  
「わ、若様。な、何をなさるおつもりですか!?」  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
「んっ……やぁ……おやめ……ぁぁ、く、ください」  
 部屋に引き込まれると、縛られた両手を壁面のホックに掛けられ、壁に向き合って  
立つような姿勢を取らされました。若様の眼前に、わたくしの臀部が無防備に晒されて  
しまっております。  
 若様は無言のままわたくしの身体に掌を這わされました。しかし、、早々に下着を  
剥ぎ取られ後ろからこの御方の熱いもので貫かれてしまいました。わたくしの嫌がる  
素振りなどまるで気にする様子もなく、若様は強引にことをお進めになられています。  
腰を掴まれ乱暴にお尻に若様の身体が叩きつけられる度に、全身に熱を持ったピリピリ  
とした刺激が走ります。  
「どうして……どうして!」  
 首をどう動かしても、後ろに立たれた若様のお顔が見えないことは分かっています。  
ですから、薄暗い壁に向かってありったけの声で叫びました。  
「こんなの……こんなの、ふっ、んぁ……いけま……せん」  
 わたくしは買われたメイドという卑しい人間ですが、娼婦ではありません。しかし、  
これでは娼婦以下の、まるで肉欲だけを満たす玩具です。自由を奪われ、相手の顔も  
見えず、無言のまま突き入れられるなど──相手が若様でなければ、恥辱のあまり舌を  
噛んで死んでいてもおかしくありません。  
「いや、いや……お願いです……ぁぁ」  
 身を捩って抵抗を試みますが、腰に回された若様の手に抑え込まれ無駄な試みに  
終わってしまいます。  
「僕は……」  
 この部屋に入って、初めて若様のお声を開きました。  
「僕はお前に僕の子供を産んで欲しいんだ」  
「!?」  
──な、何を仰っているのでしょうか、この御方は!  
 
「そ、それは若様の奥様のお役目……」  
「僕はお前に子供を産ませる」  
 わたくしの言葉を遮った若様の声には興奮する様子もなく醒めた淡々としたものでした。  
「子供はその子一人だ。僕はお前以外の女を閨には連れ込まない。例え、それが  
妻だとしてもだ。そうなれば、いずれ父さんも母さんもお前と子供を認めてくれるはずだ」  
 無茶苦茶なお話です。そんなこと許されるはずありません。しかし、その甘美な幻想を  
告げる若様の声が残響となって、わたくしをかどわかそうといたします。  
「ぁぁあん……無理、無理ですぅ、ぁあっ」  
「無理ではないさ。僕がやってみせるというのだ」  
 若様の性器は熱く猛っておいででしたが、その口調は落ち着き払った理路整然とした  
ものでした。  
「だから、僕に任せてお前の全てを預けてくれないか」  
 そう仰って若様は上体を折り曲げ、わたくしの背中に覆い被さりました。武術の訓練で  
鍛え上げられた逞しいお身体が衣服越しながらハッキリと感じられます。  
「嬉しいのか?お前の内側がキュウキュウと締めつけてくる」  
「なっ!?」  
 返す言葉に詰まってしまったのは、若様の指摘が正鵠を射ていたからです。  
 後ろから密着され耳元にその吐息を感じ、初めてわたくしは若様と交わっているのだ、  
と実感することができました。相手が若様であれば牢獄のような薄暗く埃っぽい部屋で  
自由を奪われ後ろから犯されていようが、不思議と充たされた気持ちになってしまうのです。  
 しかし、そんなことを素直に言えるはずはありません。ですから、わたくしは唇を噛み、  
押し黙ることで、メイドとしての矜持を守ろうとしたのです。  
「……すまない。つまらないことを言った」  
 無言を貫くわたくしに若様は申し訳なさそうに告げられ、圧し掛かる姿勢のまま再び腰を  
動かし始められました。  
「こんなことをされて、悦ぶものなど誰もいない……分かっているんだ」  
 若様の沈痛なお声はわたくしの胸を締め付けました。若様は何も間違ってはいないの  
です。わたくしはどんな形であれ、若様に抱かれて悦んでいるのです。しかし、それは口が  
裂けても申し上げることはできません。  
「……どうして、僕は僕なんだろうな?どうして、お前と愛し合える人間に生まれなかったの  
だろうか」  
 ゆっくりとした口調ながら若様の一言一言が、わたくしの心を抉りました。それは  
"あの時"以来、何度わたくしが夢見たことでしょう。もし──もしも、わたくしがもう少し良い  
血筋の人間であれば人目を憚ることなく──。   
「若様」  
「いいんだ。気にするな」  
 その言葉とともに、若様のお身体が離れていきます。ぬくもりが急速に冷め、わたくしは  
喪失感に包み込まれました。それを思わず口にしようとした瞬間、息がつまるほどの  
刺激が全身を駆け抜けます。若様が腰を掴み深く、深く突き入れられたのです。  
「んっ!?ぁぁああ」  
 身体の深い部分に届いた若様の先端は電流にも近い快感を巻き起こします。あまりに強い  
その刺激が歓喜に変わり、全身の震えを止めることができませんでした。  
 
 そのまま、若様は少し乱暴ではありましたが、激しく出し入れを繰り返されます。痺れに  
似た凄まじい甘美な熱が押し寄せ、次第にわたくしはそれに溺れていきました。  
「はぁぁ、っんぁぁ……ぁあんぅ」  
 喉の奥から迸る声はまるで自分のものに聞こません。  
 はしたないという理性の咎めは、まるで効果を持たず止め処なく喘ぎが溢れ出てしまい  
ます。  
──若様はこれでわたくしが悦んでいることを分かってくださるかしら。  
──愛おしい殿方に狂おしいほどに求められて悦ばない女などいないのに……。  
 そんな想いを言葉にしたい、何度もそうしようと試みましたが、結局それを紡ぐことは  
できず若様がお与えくださる悦楽に押し流されて荒い呼吸を繰り返しているだけでした。  
でした。  
 一体、若様はどんなお顔でわたくしを貫かれているのでしょう。  
──もし若様に悦んで頂けるならば、わたくしも嬉しいのに……。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 行為の余韻が醒めても二人して床にしゃがみ込み、後ろから若様に抱き締められた  
まま、まどろんでおりました。  
 若様はわたくしの肩に顎を乗せ、目を瞑り押し黙られていました。  
 折り重なった長い睫毛は微動だにせず、その表情から感情を推し量ることはできません。  
重い沈黙に押し潰されそうになりながら、わたくしは行為のせいで力の入らない身体を  
若様に預けておりました。  
「……お前は」  
 薄暗い照明の空き部屋に若様のおもむろな言葉が響きました。  
「あの時、嬉しいと言ってくれたよな」  
 "あの時"とは、若様のお部屋で身体を重ねた時のことを仰られているのでしょう。  
「……今も変わらないか?」  
 もし行為の最中にそう訊ねられていたならば、一も二もなく頷いてしまっていたでしょう。  
しかし、ほとぼりも醒め、理性が本能を完全に制御下に置いてしまった今は違います。  
「お忘れください、と申しました」  
 わたくしがポツリと呟いた言葉を聞いた若様の身体が小さく震え、胸の前で組まれていた  
腕に込められた力が一層強くなりました。  
「そうか……そうだったな」  
 それっきり二人の間に会話はなく、ただ息苦しい沈黙の中で身動き一つせず身体を  
寄せ合い、ぬくもりを分け合っておりました。  
 
(了)  

明日は若様が婚約者様をお迎えに上がる日でございます。  
 この国の慣習では、新郎が新婦の自宅まで迎えに上がります。若様のお相手はある  
地方をお治めになっている領主のお嬢様のため、都から片道三日ほどかけてお迎えに  
向かわなくてはなりません。  
 また、盛大な結婚式とは別に、伝統に則った婚礼の儀をそれぞれの家で取り行うため、  
若様は都合一週間ほどお屋敷を空けられます。  
 ちょっとした小旅行となるため、この日が近づくにつれお屋敷の人々は慌しく準備に  
追われました。しかし、出発前日の今はそれも落ち着き、ただ明日を待つだけとなりました。  
 その最後の夜に、わたくしは若様のお部屋で紅茶を給仕しております。  
 離れで若様に襲われて以来、わたくしはお側仕えを避けることを諦めました。結局、  
お屋敷にいる限り若様が襲おうと思えば、いつでもそれは可能なのですから。  
 若様は定期的にわたくしの身体を求められました。あの日、お打ち明けいただいたと  
おり単なる快楽のためではなく、わたくしに子を孕ませようというお考えからでしょう。  
 しかし、わたくしもない知恵を巡らせ、あえて安全な日を選んで若様のお側仕えをする  
ことにしたのです。定期的に交わっていれば、若様が衝動的に襲ってこられることもなく、  
最悪の事態を避けられるのでは、と考えたからです。  
 いつも若様が、「身体に何か変化はないか?」とお尋ねになられる度にわたくしの心は  
この御方を騙しているかのような罪悪感からチクリと痛みましたが、二人のため──  
いえ、若様のためです。  
 結果、今日までの間幾度と無く若様の精を頂いてきましたが、わたくしは未だに妊娠しては  
おりません。そして、今日も同じことを訊ねる若様に首を振って答えると、あの御方の表情は  
沈痛なものへと変わりました。  
「明日、僕は妻となる女性を迎えに行かねばならない」  
 若様が眉を顰めて、苦渋に満ちた声で呟かれます。わたくしを縋るように見つめるその  
視線に思わず顔を背けてしまいました。  
「……おめでとうございます」  
 やっと搾り出した声はとても自分のものとは思えませんでした。  
「僕は……お前にだけはそう言って欲しくない。僕はお前を傷つけ、苦しめ、散々思うがままに  
弄んできた。今更、許してもらえるとは思わない……だから、お前は僕のことを疎ましく思うか?  
それとも、憎んでいるか?」  
「いえ、滅相もございません」  
 わたくしは小さく首を振って、若様の言葉を否定しました。  
「わたくしにとって、若様は大事な御方ですわ」  
 精一杯微笑かけてみても、憂いを帯びたご様子の若様が硬い表情を崩すことはありません  
でした。  
「お前はそう言うが、今まで僕のことを好きだとも……まして、愛しているとも言ってくれた  
こともないではないか!」  
 半ば強引とは言え、幾度と無く若様と肌を重ねてまいりましたが、わたくしは一度もそう  
言った類の言葉は口にいたしませんでした。口にしてしまえば、もう後には戻れない──そう  
思ったからです。  
「若様。あなた様は明日、婚約者様をお迎えに上がる身です」  
 
「だからだ!だからこそ、ハッキリさせたい!」  
 メイド服の裾を掴み、若様はわたくしを引き寄せられました。  
「答えろ、これは主命だぞ!」  
 語気を荒げても、若様のお顔には不安げな色がありありと浮かんでおりました。  
「……若様。わたくしがどのようにあなた様のことを想っても、身分の差は如何とも  
しがたいものでございます。それに若様も婚約者様を御覧になれば、わたくしの  
ことなど頭から消え去ってしまいましょう。何せ、それはそれはお美しいとメイド達の  
間でも評判にございますから」  
 若様は弱々しく首をお振りになって、悲しげな目でわたくしをお見つめになります。  
「例え、婚約者がどれほど美しかろうと、そんなことは問題ではない。僕はお前だから、  
愛しているのだ」  
 その言葉に思わず息を呑んでしまいました。例え叶わぬと分かっていても、愛しい  
御方から強く求められて喜ばない女はいないでしょう。  
「初めて”市場”で見た時からだ。お前は知らないだろうが、僕が通る以前にも何人かの  
貴族がお前に目を付けていたらしい。しかし、”ブローカー”の話に誰もが訳ありだと感じて、  
手を引いたと聞く。だが、僕はそれでもお前が欲しかった」  
 わたくしを見据える若様の真摯な瞳の輝きに、心が激しく揺すぶられます。  
「側に仕えさせてからも、自分を抑制するのに必死だった。嫌われてしまっては元も子も  
ないからな。しかし、婚約者が勝手に決められてからはそうもいかなくなった。一刻も早く  
お前を手に入れる必要があった。だから、あんな無茶なことをした」  
 不意に若様がわたくしの手を強く引いたせいでバランスを崩し、まんまと逞しいお身体に  
縋りつくかのような格好で身を預けることとなってしまいました。衣服越しでも伝わる温もりに  
知らず知らずのうちに惹き込まれていってしまいます。  
「僕はお前を誰にも渡したくない。だから……」  
「ご安心ください。わたくしはどこにも参りません。一生、若様のお側にお仕えいたしますわ」  
「……僕は仕えてなんか欲しくない。お前に愛されたい。ただ、それだけなんだ」  
「無理を仰らないでください。さあ、明日はご出立ですから」  
 わたくしが失礼にならないよう、手を外しゆっくりと若様から離れようとすると、慌てた  
御様子でしがみついていらっしゃいます。  
「行く前に、もう一度だけ……もう一度だけで良い。お前を抱きたい」  
 本当は火照って疼く身体を沈めて欲しかったのですが──もう夢から覚めていただか  
なければなりません。  
「いけません!若様、御自分のお立場を弁えください」  
 わたくしの叱責に若様は唖然とした表情で見上げておいででした。このように強く拒絶した  
ことは一度もございません──普段は、嫌がる素振りを見せながらも若様にされるがままに  
なっておりましたから。でも、今日は違います。  
 わたくしは結婚など望むべくもない程身分の低い者ですが、それでも女です。他の女性同様、  
どなたかの妻となり慎ましくも幸せな家庭を築きたいという願望は心の何処かにひっそりと  
息づいております。ですから、お会いしてはおりませんが、若様の婚約者様のお気持も  
僭越ながら分る気が致します。  
 
──もし、自分の夫となる方が、自分を迎えに来る直前に他の女性を抱いていたら……。  
──もし、自分の夫が妻である自分を顧みることなく、他の女性に心移りしていたら……。  
──もし、自分の夫の愛が自分に向かってないことを知ったら……。  
 それはそれは、恐ろしいことでしょう。ですから、今更ながらとは言え若様との関係を  
断たねばならぬのです。  
「……だが」  
「それ以上、仰らないでください」  
 決心が揺らぎそうだから。  
「分った……すまなかった」  
 若様は魂が抜けたかのように、ガックリと肩を落とし項垂れ虚ろな目で床を見つめて  
おいででした。そのお姿のあまりの痛ましさに、衝動的に若様を抱き締めてしまいました。  
腕の中の若様は小刻みに震えておいでです。しかし、柔らかな髪を優しく撫でますと、  
次第に若様の震えも治まっていきました。  
「僕はお前のことが好きだ。誰よりも、他の誰よりも、だ」  
「存じております」  
「……なのに、お前は僕のことを愛してはくれないのか?」  
 わたくしは何も言えず、押し黙りました。  
「どうして……どうしてだ……僕は……」  
「若様…………わたくし、若様にお買い上げいただいた御恩一生忘れません。だからこそ、  
若様に幸せになっていただきたいのです。若様が本当に幸せになるためには、わたくしなど  
ではなく……婚約者様とお幸せな未来をお築きください」  
 頬を熱い涙が伝いました。わたくしとて、辛い──身が裂かれるほどの痛みを感じている  
のです。  
「お幸せになってください」  
 わたくしの精一杯の声が虚しく響き渡りました。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 若様が出立された日から、お屋敷はガランと静まり返りました。  
 いえ、若様がいらっしゃらないだけであって、他の方々は普段と変わらずお過ごしです。  
しかし、わたくしには若様がいないということだけで、途端にお屋敷が色褪せてしまった  
かのように見えてしまいます。  
 若様をお見かけしない生活は砂を噛むように味気なく、わたくしはお勤めにも身が  
入りませんでした。そのせいか今日もお皿を割ってしまい、メイド長から厳しいお叱りを  
受けました。このお屋敷にあるお皿はわたくしの値段などよりも遥かに高いものばかりです。  
メイド長がお怒りになるのも当然のお話です。  
 お皿よりも価値のないわたくしが、若様に懸想するなど自分でも笑ってしまいます。  
 その日、わたくしは普段よりも遥かに疲れ、重くなった身体をベッドに横たえ、泥のように  
深い眠りへと落ちていきました。  
 
   
 一糸纏わぬわたくしは、若様の腕の中に収まっていました。  
 しっかりと抱きとめられて、僅かな身動きも許されないほどに密着しております。  
「若様……あれほど申し上げたのに婚約者様のことをお忘れですか!?」  
「婚約者?……ああ、妻のことか。お前が気にする必要はないんだ」  
 若様のお言葉がわたくしの心を深く沈みこませます。想像はしていました──けれども、  
実際にこの御方の口から”妻”という言葉を聞くと、目の前が暗くなっていくのに抗し  
きれません。  
 それに気取られている間に、若様の性器がわたくしの内側に滑り込みました。  
 そして、若様の手にわたくしの乳房は鷲掴みにされ、荒々しい動きで揉みしだかれます。  
「ふっ、ぅ……んぁぁ、はっ、このような不貞……い、いけません」  
「不貞?何が不貞だ。お前は僕の”もの”だ。忘れたのか?」  
 若様の冷めた声が心に響きます。  
「気持ち良いのだろ?」  
「んくっ……ち、違います!」  
 口から零れるのは、本心とは別の偽りの言葉。  
 本当は若様に抱いてもらえることが、嬉しくて仕方が無いのにわたくしは大嘘つきです。  
「嘘をつくな」  
「違っ……ぁぁん……い、いや、嫌です」  
「そうか」  
 妙に醒めた若様の口調にわたくしは違和感を感じました。何だか普段と違うその口調が  
気になって顔を見上げたのですが、若様のお顔からはまるで表情というものが読めません  
でした。  
「若様?」  
 心を過ぎった不安が思わず口から出ていました。  
「嫌なものは仕方ないな」  
 次の瞬間、ズルリと若様が私の内側から抜け出てしまいます。  
「えっ!?」  
 若様の性器が離れると同時に、そのお姿が消えてしまいました。慌てて身体を起し、辺りを  
見渡すとわたくしが横たわる寝台の横に、見たこともない天蓋付きのベッドがあり、その上で  
若様は白く輝く見事な裸体の女性を組み敷いていらっしゃいました。  
「わ、若様!」  
 脇のベッドまでほんの少ししか離れていない──そう思っておりました。しかし、どれだけ  
身を乗り出し手を伸ばしても、隣に届きはしませんでした。  
「お前は嫌なのだろう?僕に抱かれるのが嫌なのだろう?……僕には妻もいる。別にお前で  
なくても、もう構わないんだ。あれだけ情けをかけてやったのに、僕を拒むとはお前はどうしようも  
ない愚か者だ」  
 次の瞬間、若様が冷たく乾いた声で、嘲笑われました。  
 それを合図に若様と女性が、同時にわたくしの方に顔を向けられました。  
 お二人のお顔を正視できずに、わたくしは──。  
 
「イヤぁぁ!」  
 衣擦れの音とともに、上半身を起すとそこはわたくしに与えられたお屋敷の一室でした。  
「はっ……はっ……はぁぁ」   
 暗がりの中、小窓から差し込んだ月の光を見て、わたくしは自分が夢を見ていたのだ、  
ということに気づきました。まだ、若様は未来の奥様をお連れになる旅の途上で、お屋敷を  
空けていらっしゃいます。  
「ゆめ……夢ね」  
 わたくしは心に渦巻く複雑な思い沈めるため、枕に頬を寄せて再び眠りに落ちようとしました。  
しかし、その瞬間、白い枕カバーがじっとりと濡れていることに気がつきました。何気なく頬を  
触れると、まだ止め処なく温かい涙が溢れ出てきていました。  
「……ダメよ。もうあの御方は……」  
 自分に言い聞かせるように、繰り返し呟きました。  
 それでも涙はわたくしの意思に関係なく、ボロボロと零れ落ちてきます。  
 二度と睦み合うことの叶わないあの御方のことを思うと、どうしようもなく心が締めつけられ、  
堪え難い痛みが寄せては返す波のように、絶え間なく襲ってくるのです。  
 
 (了)  
 
 ご出立されて七日後に、予定よりも一日早く若様はお屋敷へとお戻りになられました。  
 本来であれば、すぐにお屋敷で新郎側の婚礼の儀が執り行われ、続けざまに贅の限りを  
尽くした盛大な結婚式が催されるはずでした。  
 にもかかわらず、今のお屋敷には、葬送の時のように重苦しく静まり返った雰囲気が  
充満しており、旦那様、奥様、そして使用人皆が一様に暗く沈んでおりました。  
 
 それは──若様が婚約者様を連れて帰ってはいらっしゃらなかったからです。  
   
 婚約者様は婚礼の儀を控えた前夜に忽然とお姿をくらまされてしまったのです。  
朝、かの家の召使が起こしに参りましたところ、室内には誰もおらず、窓は開け放たれ、  
ベッドの上には数的の血痕が残されていたとのことです。  
 先方様も四方八方、手を尽くされたのですがどこにもお姿はなく、予定されていた  
婚礼の儀も取りやめとなってしまいました。つまり、それはこの婚約自体が破談になった  
ことを意味しております。  
 お屋敷にお帰りになられた若様は三日三晩、人払いの上、自室にお籠もりになられて  
しまいました。きっと、深くお傷つきになられたのでしょう。無理もありません、御自分の  
婚約者様が婚礼の儀前日に失踪したとあっては心をお痛めになって当然です。  
 そして、そんな若様の姿を尻目に安堵の溜息を洩らしたわたくしは──最低の女でした。  
 自己嫌悪に心が苛まれながらも、背徳的な歓喜の震えを抑えきれないのです。  
 あまりに邪なその感情は、紛れも無くわたくしの若様に対する慕情が揺り動かすもの  
でした。禁じられた想い故、それが生み出すものはあまりに巨大で、自分自身を容赦なく  
傷つけていきました。そうやって理性が弱っていくことを良い事に浅ましい欲望は膨れ  
上がり、若様の温もりに触れたいという想いが四六時中、頭の中を駆け巡ります。  
 わたくしは、自分自身が狂ってしまうのではないかと思うほど、心の中に渦巻く相反する  
感情の激しい流れに翻弄されておりました。  
 しかし、そんな苦悩が続くある日に、わたくしは気づいてしまったのです。  
   
 狂ってしまえば良い、と。  
 
 その甘言は、瞬く間に理性を溶かし、薔薇色に塗りつぶされた幻想を次々と広げ、わたくしを  
誘惑するのです。心を焦がす恋慕の情に流され、何もかも白日の下に曝け出してしまえば  
良いのではないか──そして、後は全てを若様のお心に委ねるのです。  
──子を産め、と言われれば産んでみせましょう。  
──愛妾になれ、と命じられれば身も心も捧げてみせましょう。  
──離れるな、と仰られるならば人生もこの命も省みずお側に控えましょう。  
 それが若様のお言葉でありさえすれば──。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆   
 
 若様がわたくしをお呼びになられたのは、日暮れから振り出した大粒の雨が激しい勢いで  
叩きつける夜のことでした。  
 
 それまでの間にわたくしは自分の紡いだ甘い考えに完全に魅了され、想いの丈を若様に  
伝えようと心を決めておりました。ですから、その時を今か今かと心待ちにしておりました。  
 密かに心躍らせながらお部屋に参上いたしますと、若様が憔悴しきったお姿で椅子に  
座っておいででした。入ってきたわたくしを見つめる目の下には隈がくっきりと浮かび上がって  
います。お優しい御方ですから失踪された婚約者様に、今も心を痛められているのでしょう。  
「若様、お呼びでございましょうか」  
 取り澄ましたつもりでも、心ならず声が上ずってしまうのが自分でもわかります。決心が  
揺らがないうちに早く告げてしまわねば、と気だけが急いてしまいます。  
「ああ。夜半にすまない」  
 しかし、そんなわたくしの心など露ほどもお知りにならない若様は渋い表情をしていらっしゃい  
ました。  
 暫しの沈黙の間、ガラス窓を叩く雨音とランプの炎の揺らぎだけが部屋の中で、わたくしに  
時間が流れていることを教えてくれました。  
「御用は何でしょうか」  
「お前も知ってのとおり、あの話は破談になった」  
 何度も言葉を飲み込んで、顔を強張らせた若様は呻くように呟かれました。  
「その節は、お悔やみ申し上げます」  
 心にもないことを口にできる自分自身に嫌悪感が湧いてきます。  
「だが、父さんも母さんも僕の結婚を諦めるつもりはないらしい。すぐさま代わりの相手を探し  
ている」  
 それについてはメイド達の間でも、噂になっておりました。「次はどちらのお嬢様だろうか」と  
皆が興じるおしゃべりを聞いていることが堪え難くて、そそくさとその場を後にしたことは一度や  
二度ではありません。  
 しかし、どれだけ耳を塞いでみたところで、若様の次なるお相手が探されていると言うのは、  
紛れも無い事実でした。由緒正しき血統の格式ある貴族で、しかも婚期を迎えたこの御方を  
周囲は放っておくことなど考えられません。実際、引く手数多でいらっしゃいました。ですから、  
お相手を探すといっても、実際は他家から送られてくる申し出の中から相応しいお嬢様を  
選ぶだけでしかありません。早晩、若様と釣り合いの取れる御方が現れてしまうことでしょう。  
 もう、若様がご結婚されることは不可避の事実です──だから、せめてわたくしの気持ち  
だけは伝えたい。  
「わか……」  
「やはり、いつまでも逃げることはできないと思う。つまり、僕自身も真剣に結婚のことを  
考えざるをえない」  
 わたくしの言葉を遮った若様が顔を挙げ、短い溜息を吐かれました。何故だか、その仕草が  
わたくしの心に暗い影を落とします。  
 重苦しい雰囲気が漂い始めた頃、窓を激しい雨が叩く音が一層大きさを増します。  
 まるで礫がぶつかるようなその音に、あの若様の一言が掻き消されてしまえば──。  
 
「……そこで、お前には出て行ってもらおうと思う」  
 
 刹那、ランプの灯りに若様のお顔が翳り、表情を伺い知ることはできませんでした。  
 
 僅かな時間の間に何度も何度も若様の声が反芻されました。  
 信じられない──いえ、信じたくありませんでした。  
 ですが、それが若様のお言葉で──御意思ならば──。  
「そう……ですか」  
 やっと、搾り出した声は我ながら憎らしいほどに鮮明でした。この場で泣き崩れて  
しまえば、楽になれるのに──でも、そんな資格、卑しいわたくしにはありません。  
 ひととき、分不相応の夢を見た自分が浅はかで、愚かしく、あまりに情けないので、  
この世から消えて無くなってしまいたい、心の底からそう願いました。  
 自暴自棄になりかけたわたくしを現実に引き戻したのは、苦悩の色がありありと浮かぶ  
若様の瞳でした。それは、この御方がほんの僅かでもわたくしのことを気にかけ、心を  
痛めていただけたことを如実に物語っておりました。  
 それが心を落ち着け、この後のことを考える余裕をくれました。しかし、すぐにわたくしは  
事態の余りの恐ろしさに、身震いが止まらなくなります。  
   
 お屋敷を辞めなければならないということは、再び”市場”に戻らなければならないのです。  
   
 今のわたくしには、再びメイドとして買って頂けるだけの価値はありません。今度こそ、  
娼婦として生きる日々を送ることになるでしょう。  
 見知らぬ男性をお客様として、お金を頂戴して一夜限りの相手として身体を許す自分の  
姿を想像するだけで、早くも眩暈がいたします。しかし、それだけがわたくしを買うために  
若様が支払われたお金の四分の一をお戻しするための唯一の方法。  
 堕ちていくだけの未来の惨憺たる有様に絶望する一方、これまでの人生が幸せ過ぎた  
ことに改めて気がつきました。メイドとして生きることは、貧しい女達の憧れであり、最高の  
至福でございます。まして、一度お払い箱になった身で再び若様のような凛々しく高貴な  
御方に買って頂き、あまつさえ僅かな時間とは言え、心寄せる方の温もりに溺れることが  
できたこと──これ以上の幸せがどこにありましょうか。  
 これからはこの思い出を大切に心にしまって、時々思い返せばきっとどんな過酷な運命が  
待っていても生きていけることでしょう。  
「短い……短い間でしたが、お世話になりました。僭越ながら、若様のこれからのご多幸を  
お祈り申し上げております」  
 この場の空気にこれ以上、堪えられなくなったわたくしがお辞儀をして、その場を離れよう  
とした瞬間、若様に引き止められました。  
「お前には色々と迷惑を掛けた。これはせめてもお詫びだ」  
 手渡されたのは、金貨が溢れんばかりに入ったズシリと重い布袋でした。  
「こ、これは!?」  
「これまでの給金代わりだと思って受け取ってくれ。それから、お前の債権を放棄する旨の  
証書も入っている。だから、買い上げた金の返戻はしなくて構わない」  
 お金の返礼をしなくても良いということは、娼婦として身体を売る必要もなくなったという  
ことでしょうか。あまりのことに脳裏には、深く立ちこめていた雨雲が、陽光によって切り裂かれ、  
やがて青空が広がる光景が浮かびました。  
 しかし、すぐさま黒雲が盛り返してきて、全ての光を遮ってしまいました。”自由”と言われても  
──世間知らずのわたくしがどうやって、この後生きていけば良いのか、と途方に暮れてしまいます。  
 
「……ありがとうございます」  
「働くあてはあるのか?」  
「いえ。これから探します。ご心配なさらないでください。探せば、きっとわたくしにも  
できる仕事の一つや二つぐらい……」  
「探さなくて良い。実は、ある屋敷で人が足りなくてな。勝手だとは思ったが、お前を  
紹介しておいた」  
 突然の申し出にわたくしは言葉を失ってしまいました。  
「アストラッド家というが……もう話はつけてある。お前さえ構わなければ、すぐにでも  
向かって欲しい」  
 アストラッド──という御家名は残念ながら存じ上げておりませんが、若様のご好意を  
無為にしないため、どこであろうと粉骨砕身、働こうと即座に決断いたしました。  
「変わらずメイドとして、でしょうか?」  
「メイドとは少し違うが、悪いようにはしない。信じておくれ」  
 若様のお言葉を信じるも信じないもございません。世間を知らぬわたくしが職探しなど  
してみたところで、酒盛り場の給仕がやっとでございましょう。お屋敷仕えとそれを  
比べれば、雲泥の差がございます。  
 わたくしはメイドの作法とはまるで違うお辞儀を何度も繰り返しました。  
「ありがとうございます。一生、この御恩は忘れません」  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
   
 わたくしは二日ほどお暇を頂き、その間に荷物を纏め、一緒に働いたメイド達に  
お別れを告げました。誰もが口々に「何故、解雇されたのか」と問うてきましたが、  
わたくしはただ曖昧に笑い、その理由については決して口にはしませんでした。  
 そして、その日がやってきました。  
 その朝、わたくしは両親から譲り受けた形見のトランクケースを片手に、清掃を終えた  
私室を見渡しました。  
 私物は全て革製のトランクに詰めておりますから、部屋はガランとしております。その光景が  
初めてここに来た時のことを思い起こしました。  
 見慣れた小さな両開きの窓から、朝日が皺一つなく整えたシーツの上に差し込んで  
おります。壁には二度と着ることの叶わない、このお屋敷のメイド服が掛けられております。  
 初めて若様に求められた日、メイド服のボタンを引き千切られ大変な思いをしました。  
あの時は自室に戻るなり、余韻で火照る身体を鞭打ち、泣きそうになりながら必死に  
ボタン付けをしたものです。今では思い出す度に自然に頬が弛んでしまう良い思い出です。  
 名残惜しさはありつつも、わたくしは部屋を出て静かにドアを閉めました。  
「……さようなら」  
 
 毎日を過ごしたこのお屋敷との別れを惜しむ気持ちは膨らむ一方でしたが、それにも  
増して若様への身の程知らずな慕情が身を焦がすほどに込み上げてきました。  
 居た堪れなくなって、わたくしは逃げるように建物を出ました。  
 結局、あの日以来、若様とお話することも、お会いすることも叶いませんでした。しかし、  
元々、主人とメイド──それに今のわたくしは解雇された身。ですから、お目になど  
かかれるはずございません。  
 お屋敷の門を一歩でると、その前に立派な二頭立ての馬車が止まっておりました。  
栗毛色の毛並みの良い馬は、黒く大きな瞳でわたくしを見つめます。  
 暫しその馬の姿に見蕩れていたところ突如、後方から声を掛けられました。  
「失礼ですが、あなたはこれからアストラッド家にお向かいになられる御方でしょうか?」  
「えっ……ええ。はい」  
 返事をすると、御者の格好をした男性は品の良い笑顔を浮かべながら、帽子を取り  
お辞儀をしました。  
「そうですか、あなた様がですか。私はこちらのお屋敷の方に、あなた様をアストラッド家まで  
ご案内するよう申し付けられたものでございます」  
「どなたにでしょうか?」  
「さあ、お名前はお伺いしなかったので、存じ上げません。ささ、お乗りください。お待たせ  
してはあちら様に失礼ですから、さっそく出発致します」  
 促されるままに慌しく馬車に乗り込むと、すぐに御者は馬に鞭を入れました。  
 窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺めていると、自然と視界が霞んできました。  
何度目を拭っても、すぐに光景が滲んでしまいます。短い溜息をつき、二度と会うことの  
できない愛しい御方のお顔を思い起こしてみました。  
 
 揺れる車中、わたくしは顔を覆い──嗚咽が御者に聞こえぬように泣き続けました。  
   
(了)  
 
 僕にとって、妻と閨を共にすることは純粋な愉しみであり、悦びだ。  
 多くの貴族達は、夫婦の性交は跡継ぎを作るためと言って憚らないが、妻との交わりを  
そのように思ったことは一度もなかった。  
 妻の華奢な身体は、僕が突き上げる度に陸に上がった若魚の如く跳ね回り、大人しく  
腕の中に収ってくれない。  
「あっ!……は、んっぅ……やっ」  
 眉を潜め必死に声を洩らすまいと唇を噛み締めるその姿がいじらしく、どうしようもなく  
愛おしい。  
 弓なりの背に回した腕を解き、替わりに”彼女”の乳房を掌で弄ぶ。  
「ふっ、んっ……ダメ、ダメです……ぁああ」  
「今日は、一段と可愛らしい声で啼いてくれるんだね」  
「いや……あんっ……そ、そんな意地の悪いこと……仰らないでください」  
 首を振ると見事な黒髪がうねり、幾条かが汗の浮く白い首筋に張り付く。  
「いや、意地悪をしているつもりはないよ。褒めているつもり」  
 それでも”彼女”は長い睫毛を震わせながら、閉じた目を開けようとしない。  
「イヤらしい女では……あなた様の妻に相応しくありません」  
 別にそんなことを気にしたことはない。淫らだろうが、何だろうが、”彼女”でありさえ  
すれば僕には充分だ。  
「そんなことは気にしてないから、安心して。僕の妻はお前しかいない……その代わり、  
嫌だと言っても手放してはやれないけど」  
 途端に妻は頬を真っ赤に染めて、やっと目を開く。  
「……もったいないお言葉」  
 恥ずかしげに口籠もる”彼女”を眺める僕の脳裏に、ふと昔のことが過ぎった。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 昔と言っても、たかが一年前のことだ。  
 当時の僕は屋敷のメイドに懸想していた。彼女を初めて見たのは、貴族の友人に  
連れられて行った”市場”だった。我が家ではあまり市中に出かけることを良しとしないため、  
人身売買を行う”市場”と呼ばれる場所があることは知っていたが、実際に出向くのは  
それが初めてだった。  
 そこで、僕は彼女を見つけた。  
 中年の”ブローカー”は、「コイツは女としては問題ないんですが、歳を食っているし、  
何よりどこぞのお屋敷を首になって”市場”に出戻ってきたんで、買い手なんて見つかりっこ  
ありませんよ。どうせ売れ残るのは間違いないから娼婦として売りに出そうと考えていたところ  
でして、旦那が買ってくれると言うなら、その辺りのメイド志願の女より格安でお売りします」と  
言った。  
 別に格安でなくても、僕は彼女を買ったに違いない。  
 彼女に買った旨を告げると、僕の前で大粒の涙を流しながら何度も礼を述べ、繰り返し  
頭を下げてきた。  
 
 別に彼女が礼を言う必要などなかった、僕が他の誰にも渡したくなかっただけだから。  
 屋敷に連れて帰ると、父と母から猛反発を受けた。屋敷のメイドは皆、目の確かな  
メイド長が選んでいる。給金で働くメイドも買い上げてくるメイドのいずれも、である。  
 だから、僕が勝手に”市場”で買ってきたどこの馬の骨とも知れない女を側仕えさせる  
ことには露骨に嫌そうな顔をした。  
 だが、僕は断固として主張を曲げず、ついに彼女をメイドとして働かせることを  
認めさせた。それからというもの、退屈だった毎日が一変した。彼女のことを思えば心が  
躍り、彼女の顔を見れば天にも昇る無情の喜びに浸る日々が続いた。  
 しかし、そんな幸福な時間はあっという間に終わりを告げた。  
 彼女を迎え入れてから半年もしないうちに、僕に縁談の話が持ち上がったのだ。  
 破談にしようと努力してみたものの、ひとたび家同士で決められたことを個人の我侭で  
覆せるほど貴族の社会は甘くない。最終的には逃げ道を全て塞がれ、見知らぬ女性と  
結婚することを渋々承諾せざるをえなくなってしまった。  
 だから、せめて想いの丈だけでも伝えようと彼女を呼び寄せた。しかし、彼女が開口一番  
告げたのは、「ご婚約おめでとうございます」という最も聞きたくない言葉だった。  
 それが引き金となって、行き場を失った慕情が狂ったように暴走を始めた。  
 衝動に駆り立てられれるまま、彼女に襲い掛かり、抵抗する彼女を組み敷き、必死に  
赦しを乞う彼女を犯した。  
 いくら主従と言えども許される行為ではなかった。だから、あの夜の出来事があって以来、  
彼女が僕を避けるようになったとしても止むをえないことだった。そうだと頭で分かっていても、  
恋慕の情は募り心を激しく掻き毟った。いつの間にか、彼女をどうすれば、我がものにできるか  
ばかり考えるようになっていった。  
 悩んだ末に、僕は彼女に子供を産ませることを思いつく。  
 彼女に子供を産ませ、そのまま暇を出す。無論、住む家や生活に困らない費用を出しながら  
密かに通い、然るべき時に公にして彼女と子供を迎えに行く──今となってみれば、問題を  
先送りにするだけの浅はかな猿知恵だったと感じるが、当時は夢見心地になったものだ。とは言え、  
大前提である子を宿すことすらできなかったため、計画はいとも容易く頓挫した。  
 そうこうするうちに、婚約者を迎えに上がる前夜になってしまう。  
 その夜、彼女は僕をハッキリと拒絶した。今まで、「嫌だ嫌だ」とは言われたが、最後は  
僕の我侭に付き合って身体を許してくれていた彼女が何もかもを拒んだ。  
 希望の扉が閉ざされ、目の前が暗くなっていった。残ったのは、絶望と言う名の暗闇。  
 
 結局、彼女の目には、僕が主人の地位を嵩に使用人を弄ぶ我侭な子供に映ったのだろう。  
 歳は三歳ぐらいしか離れていないが、彼女は僕とは比べ物にならないほど苦労を重ねて  
きたことぐらい──無数に赤切れた指を見ただけで分かる。  
 できれば、炊事も洗濯も──メイドの仕事すべてをやらせたくなかった。ただ、僕の側で  
一緒に食事をして、お茶を飲みながら談笑して、同じ寝具に入り、そしてまどろんでいて  
欲しかっただけなのに──それは夜空の星と同じぐらい遠く思えた。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
   
 婚約者が失踪したことは──相手方には誠に申し訳ないが僥倖だった。  
 許される感情ではないことぐらい重々承知している。それでも──許して欲しかった。僕が  
愛したのは見知らぬ婚約者ではなく、メイドの彼女なのだから。  
 せめて、失踪した婚約者もどこかで彼女の愛する人物と幸せに暮らしてくれれば良いのに、  
と思ったがそんなことはありえないだろう。ベッドに残った血痕からも明らかな通り、きっと  
何らかの事件に巻き込まれたと考える方が妥当だ。  
 相手方に一通りお悔やみの言葉を述べ、僕は早々に自分の屋敷に戻ることにした。ここに  
いても何もできないし、もし仮に婚約者が帰ってきても、この話は彼女が婚礼の儀の朝に  
いなくなった時点で無いものになったのだ。元の鞘には戻らない。  
 妻帯者になることを免れたとは言え、僕は出発前のあの夜のことを思い出すと気分が  
憂鬱になった。  
 僕に凌辱された後も、彼女が自分を主人として慕ってくれていることは知っている。だが、  
それも所詮、僕が彼女を”市場”から買い上げた貴族だったからに過ぎないのではないか。  
もし、他の誰かが買っていれば、彼女はその他の誰かを慕ったのではないか。  
 そう思うと、一気に不安が襲ってきた。  
 彼女に”男”として愛されていなければ──感謝が形を変えただけの慕情しか抱かれて  
いないとすれば、僕に彼女を伴侶として迎える資格などない。だが、例えそうだとしても、  
彼女の本心を知らなければ僕の気持ちに決着はつけられないだろう。  
 そして、その答えは彼女に求婚することでしか得られない。  
 そうしなければ、彼女は僕の求愛を単なる我侭な貴族の戯事ぐらいにしか考えてくれない  
だろう。僕が本気だということを理解してもらうにはそれしかない。それに、前の二の舞は  
御免だった。次の相手こそは、自分が見初めた女性にしたい。  
 だが、現実的に求婚することを考えると、彼女がずっと口にしていた身分の差が重く僕の  
心に圧し掛かる。貴族が求婚することは軽い話ではない。まして、我が家のように格式を  
重んじる家系の息子が買い上げのメイドに求婚したなどと世間に知れれば、醜聞好きの  
連中から格好の餌食にされるに違いない。  
 僕だけならば、何と言われても構わない──しかし、両親、兄さんや妹達のことを考えると  
気が滅入る。一人の愚かな人間の犯した不始末で没落していった貴族は、歴史上腐るほど  
いる。  
 僕はそんな連中を鼻で笑っていた──そして今度は、僕が嘲笑される番だった。  
 彼女を本気で愛していないから、僕は今更になって求婚を躊躇い、家のことばかり考えるの  
だろうか。いや、違う。僕は愛している──誰よりも彼女を愛している。そうでなければ、ここまで  
悩むことなどないのだ。  
 八方塞の現実に僕は溜息をつくことしかできない。  
「ダメだ……」  
 絶叫は、畦道を走る車輪の音に紛れたが、頬を伝う熱いものは堪えきれなかった。  
 結局、どうあっても彼女に求婚することなど──まして、伴侶として迎えることなどできないのだ。  
 
 深い絶望に覆われ、考える力をなくした僕は放心したまま窓の外を流れる似たり寄ったりの  
長閑な田園風景をただ眺めていた。そのうちに、何かが脳裏で蠢く。それは漠然としていながら  
明確な自己主張を秘め、小さな囁き声でありながら聞き逃すことを許さない響きを帯びていた。  
 急いで、しかし、それが壊れてしまうことのないように丁寧に、思考の泥濘の中から”それ”を  
掬い上げる。  
 
 作れば良いのだ──高貴な家柄かつ彼女と同じ美貌を併せ持つ”彼女”を、僕が作って  
しまえば良いのだ。そうすれば、誰にも何の気兼ねもなく求婚できるではないか!  
 
 何故、こんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。瞬間、僕は狂ったように湧き起こる  
笑いを抑えきれず、馬車の中を転げまわった。  
 幸い資金は潤沢にある。金に糸目をつけず、湯水のように注ぎ込めば不可能な話ではない。  
僕は屋敷に戻る前に、友人の邸宅へこっそりと寄ることにした。勿論、僕のこの素晴らしい  
アイディアを相談するためだ。  
 僕が一通り説明を終えると、友人は怪訝な表情を作る。  
「……気でも触れたか?」  
「いや、至って正気だよ。僕は」  
「だとしたら、元々、おかしくなっていたとしか考えられないな」  
 友人は僕の考えを聞くなり、肩を竦め、呆れ顔を作った。  
「協力しろよ、な?」  
「もう一度訊くが、本気か?」  
 覗きこむ彼の視線は未だ僕が冗談を言っているのではないかと、半信半疑だ。無理もない。  
 こんな途方もなく、馬鹿げたことを言い出す人間などそうはいないだろう。   
「大体、お前の考えには貴族社会で尊ぶべきモラルが欠片も感じられない」  
「欲しいものを手に入れるために、金を使う……どこが、おかしい?」  
「方法が問題なんだよ!」  
 珍しく冷静な友人が怒鳴るので、さすがに僕も居住まいを正す。一度、息を吸い込み、  
肺が充たされたのを確認するとゆっくりと吐き出し、気持ちを落ち着ける。  
「……協力しろ。お前以外に頼める人間がいない」  
 低く押し殺した声は僕が本気の証拠だ。  
 友人を暫く僕の目を探るように見つめ、溜息を零す。  
「……ちっ。分かったよ。だけど、俺はどうなっても知らんぞ!」  
 渋々と言った態だが同意してくれたことで、胸を撫で下ろす。僕の計画に不可欠だった  
協力者を得たからには、理想の”彼女”を作ることへの障害はなくなった。  
 
 そして──彼女を屋敷に置いておく理由もなくなった。  
 
「そう……ですか」  
 彼女は眉一つ動かさず、バラバラという雨音の中でもハッキリと聞こえる澄んだ鮮明な  
声を紡ぎ出す。  
 
 せめて、泣き崩れてくれれば──きっと気が変わっただろうに。しかし、彼女はまるで  
申しつけを聞くかのように、淡々と事実を受け止め小さく頷くだけだ。  
 金貨と証書が入った袋を渡す。本当は証書をアストラッド側に譲り渡すと告げるつもり  
だったが直前で止めた。証書などなくとも彼女が僕の申し出を断る可能性がないことが  
分かりきっていたからだ。  
 案の定、何も知らない彼女は長い睫毛を震わせ、僕に感謝の言葉を何度も繰り返す。  
 彼女を下がらせると、全身に冷たい汗をかいていたことに気づく。分かっていても、  
愛する人間を手元から失うことは、この上なく辛いことだった。  
 しかし、それもこれも僕の伴侶たりえる”彼女”を作り出すため止むをえないことなのだ。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
   
「どうか、なされましたか?」  
 ”彼女”の一声で、僕は現実に引き戻された。  
「いや。ちょっと、昔のことを思い出していた」  
「昔の……女性のことをですか?」  
「お前を手に入れるまでの顛末を、さ」  
 ”彼女”は僕にとって完璧な女性だ。  
 流れるような黒髪、深みを持つ瞳、緩やかな曲線の鼻、薄いけれど瑞々しい唇、ほっそりと  
していながら女性的な柔らかと膨らみを失わない肢体──どれをとっても”彼女”は僕の  
思い描く理想そのものだ。  
 羽毛のように柔らかな髪を一房、手に取り何度も指を通してその感触を愉しむ。行為の  
途中だが、時にはこんなのも良いかと思う。  
「後悔なされたのですか?」  
「まさか」  
「わたくしは……偽者ですから」  
「誰も気づかなければ、本物さ。僕とお前と協力者以外、誰も知らない」  
 そっと口を寄せ、不安げな”彼女”の唇を奪う。  
「怖いのです。いずれ、本当のわたくしを知るあなた様がお見限りになられる日が来るの  
では、と」  
「奇遇だね。僕も怖いよ。お前が僕を捨てる日が来るんじゃないかって、ね」  
 僕の答えに、腕の中の”彼女”は納得のいかない表情をしている。  
「……業が深いだろ、僕は」  
   
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
「この期に及んでだが、もう一度聞かせてくれ。本気なのか?」  
「ああ」  
 ある舞踏会場の二階に客間を一つ用意してもらい、僕と友人はそこである女性を待っていた。  
 
「問題になる……では、すまないぞ」  
「バレたら、の話だろ」  
「俺がバラすかもしれない。口が軽いのだけが取り得だからな」  
 僕が笑うと、友人は何だよと唇を尖らせる。  
「大丈夫だよ、お前ならば」  
 もし、友人が本当に暴露するつもりなら、わざわざ僕の気が狂った計画に協力するなど  
という危ない橋を渡る真似はしなかっただろう。それに何より彼は信頼に足る人物だ。  
 そうこうするうちに、ドアをノックする音が室内に響く。  
「どうぞ」  
 開いたドアの向こうには、見目麗しい貴婦人が困惑の表情を浮かべながら立っていた。  
 僕が作り上げた”彼女”だった。  
 そして目が合った途端、”彼女”の長い睫毛が震え、漆黒の瞳が大きく見開かれる。  
 ゆっくりと立ち上がって一二歩、”彼女”に歩み寄り、深々とお辞儀をする。  
「ご機嫌麗しゅう」  
「……あ、ああ。こ、これは……悪い冗談なのですね。そうです、そうに決まっていますわ!」  
 ”彼女”は唖然とした表情ながら、僕に疑義の視線を投げ掛ける。  
「何を仰っているのでしょうか?」  
 わざと惚けてみせる。すると、”彼女”が白い手袋嵌めた指先でスカートをキュッと握り  
締める。  
「何故ですか?何故、わたくしに他人の真似事などさせるのですか?」  
「……あなたが欲しかったから。そのためにあなたの人生を捻じ曲げ、歪め、そしてあなたの  
全てを作り変えた。他人の人生を弄ぶなど、唾棄に値する行為であることは分かっています」  
 ”彼女”も友人も押し黙って、ただ僕を見つめる。  
「自分の罪の深さは認識しています。ただ……あなたへのこの想いだけは嘘偽りないもの  
です。だから、今日この場で、僕が求婚することをお許し頂きたい」  
「きゅ、求婚!?」  
 驚きの余り、大きく開けた口を”彼女”は慌てて掌で覆い隠すが、目はあちこちを泳いでいる。  
僕はそんな”彼女”の前に跪き、そっと左手の白いレースの手袋を脱がせる。ほっそりとした  
指先に触れるとゾクリと歓喜が背筋を走る。  
「わたくしめの願い出に、お答えを頂きたい」  
 古くからの定まった求婚の口上を述べた僕、片膝立ちの姿勢のままは目を閉じる。  
 後は、”彼女”からの答えをただ待つだけだ──求婚を受け入れるならば、女性はその旨を  
口にし、もしそうでないならば、無言のまま手を引く。  
 自然と”彼女”の手を握る指が震える。女性が決断するまでの間、求愛した男は女性の顔を  
見てはいけない。これは男が女性を脅したり、威圧したりして決断を誤らせることのないように  
定められた求婚の礼節である。破られた場合には、女性は求婚の申し出をなかったものに  
することができる。  
 僕は瞼を閉じて重苦しい空気の中、”彼女”の言葉を待った。  
 
 ”彼女”が声を掛けてくれることを心の底から祈った。  
 微かに”彼女”の指先が震える。  
 無意識のうちに”彼女”の手を握る指に力が籠もってしまう。手を引かないで欲しい、  
縋るような想いでただ、答えを待つ。  
 そして、それは唐突に降り注いできた。   
「……これは、夢ではないのでしょうか?」  
 ゆっくりと見上げると、”彼女”がその澄んだ瞳で僕を見ながら問い掛ける。  
「悪い……夢なら覚めて欲しい、とでも?」  
 ”彼女”が首を横に振り長く伸びた黒髪がしなやかに踊る。  
「いえ。その逆です。夢なら覚めないで欲しいと」  
 ドクン!  
「こんなわたくしで宜しいのですか?わたくしは……」  
「お前でないとダメなんだ。お前が僕の側に居て、僕を愛してくれれば……それ以上、何も  
望まない!」  
 求婚の作法は完全にすっ飛んでいた。細い手を握り締めたまま、僕は慈悲を乞うが如く  
叫んだ。”彼女”は駄々を捏ねる子供をあやす母親のように目尻を下げて苦笑いを浮かべていた。  
 
「では……わたくしを幸せにしてくださいませ」  
   
 そう答えた”彼女”が微笑んだ姿は息が詰まるほど美しく、僕は愚かにも誓いの口付けを  
忘れて暫くの間、見惚れていた。  
 
 ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 そして今、”彼女”と上質な絹のシーツの上、互いに生まれたままの姿で一つになっていた。  
「はぁ、っ……ふっ、んん……も、もう、おかしく……な、なってしまそうで、ぁん」  
 額に珠のような汗を浮かべながら、目尻を下げ今にも泣き出しそうな顔で喘ぐ”彼女”は  
どんなものよりも僕の心を悦ばせ、そして充たしてくれる。  
「もう少し、くっ……我慢して」  
「は、っん、はい……ひっ、ぁくぅ」  
 僕の言葉に素直に従う”彼女”は、どれだけ責めても慎ましさだけは決して失わない。黒い髪を  
振り乱し、僕の与える快感に悶えながら”彼女”は昇っていく。  
 それに呼応して、”彼女”の内側は締め上げる力を強くし、僕の下腹部に痺れにも似た快感が  
広がる。こうなると、僕が達するのも時間の問題だった。  
「……っ!」  
 声を噛み殺して、”彼女”の内側に精を放った。  
 迸った子種は一度や二度では留まらず、脈動を繰り返しながら自分でも信じられないぐらいに  
出てくる。吐精が終わると、僕は”彼女”の隣に身を横たえ、鼻先が触れ合う距離で見つめ合う。  
”彼女”の双眸にはまだ僅かに官能の炎を燻ぶっており、それを見ただけで性懲りもなく再び欲情が  
込みあがってくる。  
 
「子供……できると良いね」  
 劣情を隠すように、何気ない素振りで僕は呟いた。  
「……どちらが宜しいですか?」  
「お前に似た女の子、が良い。男だと、僕みたいに罪深くなりそうだから」  
 冗談のつもり──僕は笑ったはずだった。  
 でも、違った。  
 僕は泣いていたのだ。  
「自分をお責めになるのは……もう止めてください」  
 ”彼女”の手が伸びてきて、曲げた指で僕の目尻を拭う。  
「わたくしは感謝申し上げているのですから」  
「……」  
「お屋敷の玄関を開けた途端に、一列に並ばれた使用人の方々が『お帰りなさいませ、  
お嬢様』と仰った時は、さすがに頭がおかしくなりそうでしたが……」  
 その話を聞くのは何度目だろうか。  
「でも、わたくしが夢にも見たことがないぐらい素晴らしい生活を送れるのは、あなた様の  
おかげなのですよ」  
 頬を桜色に染めながら、”彼女”がニコリと微笑む。  
「僕は感謝されるようなことは何一つした覚えはない。ただ、僕の我侭でお前を振り回した  
だけだよ」  
「フフフ。では、我侭のお相手に選ばれたことを感謝いたしますわ」  
 ”彼女”には敵わない。  
「でも、わたくしのためにあなた様には、計り知れぬご苦労をお掛けしました……そのことを  
後悔なさったことはないのですか?」  
 頬にかかった黒髪をそっと払ってあげると、”彼女”は擽ったそうに目を細める。  
「いや。アストラッドの名籍を買うのは手間こそかかったけれど、実質ただ同然だったし、  
この屋敷だって……まあ、安くはなかったけれど別に無理をした覚えは無い」  
 幸福な現在から振り返ってみれば、アストラッドの名籍や屋敷を買うために費やした金など  
どれほどのものだったと言うのだろうか。婚礼先から屋敷に戻り、三日三晩を費やして名籍を  
買収するため各方面へ手紙を書きまくり、極度の寝不足に陥ったことも今となれば良い思い出だ。  
「でも、わたくしのためにして頂いたことは、貴族の方々の道徳観とは相容れないことだと  
仰いましたよね。やはりご迷惑をお掛けして……」  
 ”彼女”の言うとおり、僕の取った行動は貴族制度そのものに対する冒涜行為だった。  
自分の愛した女性のために、血筋の途絶えた貴族の名籍を買い取り、そこへ彼女を送り込み、  
まんまと跡継ぎにしてしまう──つまり、貴族の地位を金で買ったのだ。企てが露見した日には  
唯では済まないことぐらい覚悟している。  
 しかし、秘密が保持されさえすれば、”彼女”への求婚も所詮、貴族同士のありふれたもの  
に過ぎないのだ。たとえ、相手の素性が、卑しい身分の出身だったとしても、だ。  
 こうして、僕は求婚できない彼女を、伴侶たりえる”彼女”へと作り変えたのだ。  
「良いんだ。別に構わないんだ。僕からして見れば、貴族の考え方が間違っているんだよ」  
 
 そっと手を伸ばし、指先で”彼女”の頬を撫でる。形を確かめるように、何度も何度も  
なぞっていると、ジワジワと幸福感が込み上げて来る。  
「今まで僕の我侭に散々振り回したお詫びに、お前の望みを叶えたいんだ。思いつく  
ものを何か言ってくれないか?」  
 問い掛けに、”彼女”は少し小首を傾げ「では……」と婉然としながら唇を動かす。  
 
「若様……約束を忘れないでくださいませ」  
 
「……それだけか?」  
「はい。お忘れにならないで頂けるなら、それ以上何も望みはございません」  
「欲が無さ過ぎるのも考えものだぞ。いらない勘繰りを受ける」  
 貴族社会は権謀術数が渦巻き、欲深い亡者どもが跋扈している。自分自身達が様々な  
欲を抱くからこそ、他人も同じだと踏む連中は”彼女”のような無欲な人間を最も危険視する。  
「あら。これでも充分欲深いつもりですが。卑しい身分のわたくしが、若様に約束を……」  
「若様は止めてくれ。もう、夫婦なのだから」  
 僕が浮かべた笑いは、苦笑いと照れ笑いの中間だった。今でも時々、”彼女”はメイド  
だった頃みたいに僕のことを「若様」と呼ぶ。昔は何も思わなかったけれど、今は何だか  
むず痒いからおかしなものだ。  
「はい、そうですね。やっと笑っていただけましたから、もう止めますわ」  
 その時初めて、僕は自分の涙が止まったことに気がついた。  
 やっぱり、”彼女”には敵わない。   
「そう言えば、まだわたくしの望みに対するお答えをお聞きしていなかった気がします」  
 唇の舌に人指し指を当てて、”彼女”が僕をジッと見つめる。  
「忘れないさ……お前を幸せにすることこそが、僕の望みで、僕の幸せそのものなのだから」  
 想いの丈を伝えると、僕は”彼女”の可憐な唇を塞ぎ、柔らかな裸身を胸に引き寄せた。  
 この腕の中の温もりがもうどこにも行かないように、ただ──ただ強く抱き締める。  
 
 (完)  

BBSPINK/男主主従エロパロ/愛シリーズ

あの名文をまた読みたい人用のまとめ

スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第4章より
作者:不明



小ネタ投下。
息子付のメイドを脅す最低な貴族の雇主。

「旦那様っ……おやめ……くださいっ……!!」
 豪華な屋敷の一室。その施錠をしっかりされた書斎の年代物のカウチの上で、服を着たまま絡み合う親子ほど年の離れた男女。
 男は女を逃がさないというかのように後ろから抱きしめ、メイド服のスカートをめくり上げて女の熟れた蜜壺を指で蹂躙していた。
「ここは、そうは言ってないようだね」
「あっ……んっ!」
 そう嬉しそうに言って、男は女の蜜壺をかき回していた指をもったいぶって引き抜くと、女の前に持ってきて見せつける。
 その指に絡みついている蜜はすでに粘着を帯びていた。女が感じているという動かぬ証拠。
「お願いですからっ……言いつけどおりあの方とは、別れたのに、止めてください」
「だから私は、君の望み通りに、リスティンには言わなかっただろう?」
 リスティンとは男の息子。彼女はそのお付メイド。
 男は悪びれた様子もなく、また蜜壺を味わうように、指で蹂躙する。そこはもうとろけそうに惚けていた。
 いつまでも触っていたいという気持ちにさせるほどの柔らかさに、男はそこに別のモノが入れたくなる。
 女の中は……指ではなく男の本物が欲しいというかのように、中がひくつく。
「まぁ、私もリスティンと親子げんかするつもりはないからね」
 耳元でそう舐めながら囁かれると、ビクンと女の体がはねた。
「んんっ!!」
「リスティンはいい息子に育ったから、君が親友のロルフ君と別れた理由を知ったら……きっと私を嫌うだろうな、それだけは避けたい」
「んはぁ、はっ!! あぁ、だめぇ……だめですっ……あぁだめ、なのに」
「そうだよね、駄目だよね、でも私は君が欲しい、欲しくて欲しくて……君を脅迫するぐらいに」
 彼女と男は初めは使用人と雇主という間柄だった。
 なのに息子に献身的に尽くしてくれる彼女を見て、自分が尽くされたい、優しくしてもらいたいと思ったのは、なぜなのか。
 小さいころから貴族としての両親の冷え切った夫婦関係を見て、そして自分も政略結婚で同じ轍を送ってきた。
 幸いにも子供たちとは友好的な関係だったが、そんな男だったからこそ、家族的な温かいまなざしを向ける女につい目がいってしまったのだと思ったのだが。
 ――――違った。
 ある日、彼女と息子の友人ロルフが淡い恋心をお互い抱き、交際を始めたことを知った。
 息子の友人とはいえ、ロルフの家は代々続く医者の家系。名家ではあるが貴族ではなく……二人の間には障害もない。
 そう理解した時、男は彼女を犯した。何度も何度も、調教するように。そして今では彼女は、嫌でも男の愛撫に応えてしまう。
 ――――男は、彼女を愛してしまったのだ。
 ぎくしゃくしだした彼女とロルフの関係に、もうひと押し。
 「別れなければ彼に自分との関係をばらす、それとも私としている所を彼にみせるかい?」
 という一言で、彼女は涙ながらに彼と別れた。
 こんな汚い――――私を彼には、彼にだけには知られたくないと涙ながらに語る。
 一度は行為中に舌を噛み切ろうとされ、あわてて猿轡の代わりに、男は惜しみなく自分の腕を差し出した。
 血が出るほどの深い傷に、女は我に返り。それからは、自害する気力も削がれたらしく、彼女はメイドの仕事をする以外はただの男の玩具に成り下がっていた。
「どう、したら……やめてくれ、ますか?」
 涙ながらに、そう言い続ける彼女に、どうしたら彼女を愛することを止められるのか……それは私の方が知りたいと。
 猛る自身を彼女に押し当て、貫き、これ以上拒否の言葉を聞きたくないと、彼女の理性を失わせる。
 溶けそうに濡れそして絡みついてくる彼女の中。
 男も理性を無くし、ただ男が動くたびに敏感に反応を返す、彼女の体に耽る。
 その先に、暗澹とした未来しか見えないとしても、彼女を手放すことなんて男にはできない相談だった。


「どういう事なんだ、アーネ……」
 青年は自分が見た光景が信じられなかった。
 今でも夢でも見たのではないかと、幼馴染であり姉のようでもあるメイドに詰め寄った。
 しかし、アーネはこの質問をするまで笑顔だった顔を、真っ青にし背けるだけで何も答えない。
 ――それもそのはずだ。
 青年が質しているのは、妻も子供もいる男とアーネの不義。しかも、相手は青年の父親だった。
 そして一昨日までは確かに、アーネは青年の親友ロルフと付き合っていたのだ。
 だがアーネからソレを一方的に解消してくれと言われたと、ロルフから本当の訳を知りたいと詰め寄られた。
 信じられなかった。二人は青年から見ても愛し合っていて、彼は真面目に結婚まできちんと見据えていたからだ。
 それで、あまり知られたくない会話をしなくてはならなかったので、人目につかないようにと、夜分にアーネの部屋を訪れるようとすると。
 アーネの部屋から人目を避けるように父親が出てきた……。
 なにかあったのだろうかと、不安になり。そしてノックの音にも反応しない部屋の主に心配になり。
 紳士としての禁をやぶり、ドアを恐る恐る少し開けるとそこには――誤解しようもなく、情事の後が色濃く残っていた。
 使用人用の粗末なベッドに、放心しながら寝そべっているアーネの衣服は乱れ、普段は見る事ができない部分の肌をあらわにしている。
 その肌は色香が香るように上気し……。目が奪われた。
 しかし、すぐに我に返り、彼女に気付かれる前に、青年は自分の部屋に帰る。自分が動揺しすぎているので冷静になって改めて問い正す事にした。

 今、目の前にいる彼女は清楚なメイド。あのベッドの上の艶めかしさとは別人で……。
 そう考えてしまって、彼女に失礼だと青年は慌ててその想像を打ち消す。

「もしかして……父上との関係が先で、父上を忘れるためにロルフの気持ちを受け入れたの?」
 考えられる筋書はこうだった。
 父はもう四十近いが息子の目から見ても年を感じさせない魅力的な男で、親子ほど歳が離れていようとアーネが好きになってもおかしくはない。
 父親の事は公私ともに尊敬するほど子供にはいい父だったが、母との関係は冷え切っていたのでいままで遊び相手が何人かいた事は知っている。
 前に母の嫌いな婦人に手を出してしまい、怒らせてからは女性関係には最近はおとなしくしていたようだったが……。
 父はアーネの気持ちを知って、母に知られないように手短な所で済ませたのだろうか。
 メイドとの軽い火遊びは上流階級ではよく聞くことだった。
 しかし二人の未来がある訳でもなく、アーネがロルフの気持ちを受け入れたのは、父を好きでも諦めようとしたという事だろうか。
 でもそう推理しながらも、何かがおかしいと青年は引っかかっていたけれど。

「…………っ……そうです。私がすべて悪いんです。私が……」
 長い間があってようやくアーネは肯定した。しかしアーネの様子はかなりおかしい。
 青年は家族よりも長い時間一緒にいるのである、彼女の嘘を見抜いた。何かにおびえているような――その相手は一人しかいない。
「もしかして、無理矢理なのか?」
「……っ」
 答えることが出来ないといって、顔をそらす様子が無言の肯定だった。
 違和感の正体。それは彼女は本当にロルフに恋をしているようにしか見えなかったから。
「何時からなんだ」
「三月ほど前から……です」
 それは忘れるわけもない。ロルフと彼女が付き合った頃で、彼女がそんな時にそんなことを持ちかけるわけがない。
 父親の非道さを、再確認する。彼女はいつの間にか泣き出していた。
「戯れにしても度がすぎる……」
 父の事は好きだ、好きだけれど……だからと言ってそれを肯定してしまえるほど、彼は父親に恭順しているわけではない。
 彼女を抱きしめてその涙を止めてあげたい、しかしそれは自分の役割ではないとこらえて、青年は父に抗議しに行こうと思った。
「父に直接、質しに行く!!」
「おやめくださいっ……!」
「心配するな、僕が勝手に気づいたことにして、君には迷惑を掛けない。君とロルフに僕は幸せになってほしいんだ!」
 そう言い捨てると、青年は父親が今時分ならいるであろう書斎に向かう。その足取りは青年の怒りの気持ちのままに乱暴だった。

「無理だ……と、思います」
 取り残された部屋で、消え入るようにようにアーネがそう呟いているのも知らず。
 彼はまだこの時は、自分の父親は"父"だと信じていた。


「父上、アーネと別れてください!」
 言い辛い事は、遠回しな事をせず一気に行ってしまう方がいい。青年は父親に簡潔に用件のみを言った。
 書斎の主は、書類から顔をあげると、顔をこわばらせる。
「なぜ知った?」
「偶然にも見ました」
「…………お前は、アーネを愛しているのか?」
「はい、勿論です。大事な幼馴染であり、姉でもあり、使用人以上に大事にしています。それは父上も承知でしょう?」
「……」
「雇いはじめた使用人ならともかく、アーネは大事な……家族にも近しい存在です。
 だから先の見えない戯れで、彼女をこれ以上振り回さずに、私の親友のロルフとの結婚を認め――」
「先の見えない? 戯れ?」
 父親は青年の言葉がとても可笑しいようで、言葉を遮った。
「私は、彼女を愛しているよ」
「だったらっ……」
 父親の様子がおかしい。しかしそんなことは構ってられない。アーネとロルフの未来のためにはここは引けなかった。しかし――。
「私は息子のお前も、自分でも驚くぐらい愛している」
「……? ありがとうございます、父上」
 この期に及んで、突然父親は何を言い出すのかと青年はいぶかしんだが、次の言葉と冷たい声音に背筋が凍る。
「けれど、アーネと私の仲を邪魔するというのなら、その愛は揺らいでしまうよ?」
「ち、父上……?」
「もう一度言う、私は彼女を愛している。お前にも、誰だろうが邪魔はさせない。邪魔をするというのなら……分かるね?」
「父上!」
 その顔はすでに父親ではなく、恋に狂った男の顔だった。
 狂気さえも孕んだそれは、男だろうが、親だろうが……ゾッとするように危険な魅力が漂っている。
 それに魅入られるのは破滅だとわかっていてもなお、引きつけてやまない抗いがたい引力。
 そしてその魅力を引き出したのはアーネ。
「愛しい人と抱き合うことがこんなに幸せな心地になるということを、私は初めて知ったんだよ」
 ――抱き合ってなどいない。
 あのアーネの様子を見れば父上のは一方的な愛だ。そう言いかけたが、ある間違った意味でひたむきな父親に口を挟むのは躊躇う。
 目の前にいるのは、誰だ。先ほどまで自分が秘密を暴き出すまでは確かに、父親だったのに。この歪な幸せを甘受している男は……。
「私はお前が可愛いんだよ、我が息子よ。だから、判るね?」
 二度目の念を押す笑顔はとても昏い。壮絶な重圧を感じる。彼は聡かったのでその言葉に、隠された意味を読み取った。
 自分は息子だから警告だけで済んだが――ロルフは違う、と言われているようなものだ。
 父親は、ロルフの身さえも脅かそうとしている、だからアーネは逃げられない。やっとの事でこう頼む。 
「お願いですからアーネに酷いことだけは……しないでください……」
「私が、まさか?」
 何を言うんだ、と自分がしている事を全くわかっていない。その表情だけでこの目の前のただ恋する男に何を言っても、通じない事を青年は悟った。
 父親の書斎を出て、盛大なため息をつく。

 ――――こんな事になる為に、思いをあきらめた訳じゃないのに。

 青年はアーネが好きだった。幼い頃の淡い初恋。父親は使用人と親しくなることに、貴族としての自覚と公私を使い分ければ特に垣根を設けなかった。
 しかし、母親は違った。貴族として当たり前だが使用人は道具で、必要以上に頼ることなんてしない。いくらでも替えの利く代替え品。
 身分の違いは人としての尊厳さえも許されないというタイプだった。
 だから、青年は幼いながらも自分が「好き」というとアーネを困らせることがわかっていたので……彼女への気持ちをあきらめたつもりだった。
 そう、ロルフと彼女が出会うまでは。そして正式に付き合うと聞くまでは。胸が張り裂けそうに痛んだが、彼女を愛していたから、だからあきらめた。
 万が一思いが通じ合おうと、自分では彼女を幸せにできないとわかっていたから。
 それなのに、父親は愛の名のもとにあっさりとその垣根を破壊し――――ロルフを盾に無理やり彼女を。
 気が付けばいつの間にか、こぶしを壁に叩きつけていた。どうすれば彼女が救われるんだ――連れて逃げるか。いいや、無理だ。
 例え他国へ渡ったとしても、あの父親ならば狂気に駆られて地の果てでも追ってくるだろう。青年の手の内などすべて見通されてしまう。
 それにしてもまずは、青年の答えを待っている親友に……何と説明していいのだろうか。
 どう親友に伝えればアーネの心が少しでも軽くなるのか考えて、青年は打ち沈んだ心地で、約束の場所へと向かうのだった。

 終。


幼い頃、両親が流行病で死んでしまった少女は、運よく近所の人の世話で貴族の家の使用人になる仕事を紹介してもらえた。
 紹介されたお屋敷は立派で、今まで見たことのない……絵本の中で見るような世界。
 その屋敷の旦那様も奥様もお子様もとてもお美しくて、王様と女王様と王子様だと幼心に思うほどだった。
 奥様はその美しさを反映するように冷たく厳しかったが、旦那様は目が合えば、使用人だろうと微笑みを交わしてくれ。
 珍しいお菓子が手に入っては使用人にもくばってくれる、素敵なお兄さんのようで。
 そして、アーネはそんな旦那様に年の近いリスティンさまをよろしく頼むねと、言われてお傍につくようになった。
 初めて働くという事に、やはり戸惑いや失敗や、辛いことも多くあったが。
 一つ年下のリスティンさまは優しくて姉のように慕ってくれ、使用人のみんなも優しく、メイド長はまるで母親のように少女を厳しくも優しく指導してくれた。
 家族を亡くしてしまった幼い少女には、とても居心地がよく。他の家の使用人と話すと、自分が勤めている屋敷の待遇がいかに素晴らしいか彼女は知った。
 そんな温かいお屋敷にしている旦那様を、雇主として尊敬していた。

 季節は廻り、少女は大人になっていった。リスティンさまは寄宿学校に通うことになり、少しさびしかったが、手紙を書いた。
 そんなリスティンさまの何度目の休暇で帰省した時の事だっただろうか。親友だと言って、紹介してもらった青年、ロルフさま。
 初めは冷たい印象のする方だと思った。朗らかなリスティンさまの親友とは思えないぐらい寡黙でクールな方だった。
 けれど、意外に甘いものが好きでいらっしゃるとか、ちょっとしたことで照れてしまうところとか、真顔でさらりと褒めてくれる所とか。
 時折見せてくれる笑顔に――胸がときめいてしまうのを隠しきれなかった。二人でいるときの沈黙でさえも心地よかった。
 何よりも、立派な医者になって貴賤の区別なく病気の人を直したいという情熱。それが幼い頃両親を失った少女にはまぶしくて。
 季節の折に何かとカードのやり取りをし、それが手紙となって、定期的な文通となり。リスティンさまの帰省に合わせて必ず遊びに来てくれる。
 そして一年後。スクールを卒業した彼に、恋人になってくれないかとさらりと言われた。首を縦に振るしかなくて、その時初めて触れるだけのキスをした。
 リスティンさまにも「おめでとう、ロルフなら一安心だ」と笑顔で祝福をされて、人生で一番幸せだった。のに。

 その数日後。私は旦那様に書斎に呼ばれ……愛していると囁かれながら犯された。

 信じられない出来事に、体と心が付いて行かない。嘘だとただの戯れだと思っていたのに、旦那様はその日以来何度も何度も愛してると言って――。
 何故自分なのかわからなかった。旦那様は魅力的な美丈夫で、年を重ねても幼い時の印象のままに素敵な方で。
 相手が一介のメイドでなくても、戯れ相手は望めばいくらでも手に入るだろうに。尊敬していた旦那様の豹変と裏切りに、心が痛い。
 ロルフさまに会いたい――でも会えない、こんな汚れた自分で会いたくない。
 そんなジレンマと誰にも言えない秘密を抱えながら、恥ずべき事だとわかっていても、ロルフさまと会うことはやめられなかった。
 そして抱きしめてもらうが、身勝手にもキスは拒否した。旦那様に口での行為も強要されていたから、キスなんてできなかった。
 会う時は全力で笑顔を作って、そして彼と別れて一人になると自分を抱きしめながら泣いた。
 重大な裏切り行為を働いている自分。こんなのは許されない。でも……彼に会う事だけが、支えだった。生きている理由だった。
 本当なら、別れなければいけない。でも、その決心がつかなかった。臆病でずるい自分。
 しかし、ロルフさまを愛しているからこそ、無理矢理開かれる体と心の均衡が取れなくなる。体は心を裏切って淫らに感じてしまう。
 何度目かの旦那様の呼び出し。ベッドの上で組み敷かれながら、舌を噛み切ろうとした。
 旦那様は強引に自分の腕で、それを阻む。肉を噛む嫌な感触と血の味が口の中に広がって、はっと我に返る。
 自分がとんでもないことをしてしまったと気が付いた。しかし旦那様は腕の痛みを感じていないかのごとく、狂気と熱を孕んだ瞳で囁く。
「君が死んだら、私は何をしてしまうかわからない……」
 そう言われると、もう自害は出来なかった。


 旦那様ははっきりとは仰らないが、もし自害でもしたらロルフさまを……という事だろうと。愛する人を守りたいという直感で気づく。
 ――死ぬことも、許されない、の?
 段々と、旦那様の要求はエスカレートしていき、そして最終的にロルフさまと別れるように言われた。
 しかし、いいきっかけだったのかも知れない、自分は彼にふさわしくないのだから。

 ある日とうとうリスティンさまに、この背徳の行為を知られてしまった。
 旦那様を尊敬している彼には、本当の事など言えるはずもなく。しかし長い付き合いだからかすぐに見抜かれる。
 父上を諌めてくるといって怒って部屋を飛び出した彼だったが――苦悩の表情で帰ってきた。
 やはり息子であるリスティンさまが諌めても、旦那様は変わらない。あのおぞましい行為を、やめてくれない。
 ロルフさまだけにはおっしゃらないでくださいとすがった。リスティンさまに知られただけでも、今すぐにでも消え去りたいのに。
 彼に知られると言う想像だけで、どうにかなってしまいそうだった。
 お優しいリスティンさまは泣きそうな顔で「何も出来なくてごめん」と謝り、それに頷いてくれた。

 それからはロルフさまの事を考えながら抱かれ続けた。目を瞑り、耳を塞ぎ、この快楽は愛しい彼に与えられているものだと。そう思い込む。
 嫌がっていた時は乱暴だった旦那様も最近は、まるで恋人同士のように優しく抱いてくるようになったので、その空想の中に逃げ込むのはたやすかった。
 そんな中でも、ロルフさまからの手紙が届く――――愛していると。
 破り捨てようとしても、その筆跡だけでも愛しくて、恋しくて、旦那様には見つからないように隠し持つ。

 屋敷の人達に、旦那様と関係したと知られてしまうのはすぐだった。
 リスティンさまに露見してからは、旦那様はもう恐れるものはないかというごとく。朝も、昼も、庭園や厩舎などの人目のつかない野外でさえも求めてきたからだ。
 使用人達は段々とよそよそしくなり冷たくなった。旦那様を誑かす同僚とはどう接していいかわからなかかったからだろう。
 母とも言えるかわいがってくれたメイド長は、冷たくはなかったのだけれど。本当のことがいえず旦那様との関係を正そうとはしない私に愛想をつかした。
 好色な目で男使用人からは見られ、誘いをかけてくる男たちもいたが……そんな使用人は気が付くと屋敷に居なくなっていた。
 その後に使用人達の悪意から守るためだ、メイドの仕事なんてしなくていいと言って、比較的通いやすい領地に、ヴィラを用意すると旦那様は言い出した。
「そんな私ごときにいけません」
 拒否すると旦那様はとたんに不機嫌になって、乱暴に私を床に押し倒し、服を破るように脱がせる。
 前戯もなくまだ十分に濡れそぼっていない蜜壺を無理矢理貫かれて、旦那様は自身で痛いほど乱暴に貫きながら、耳元でささやく。
「アレが会いに来るのを期待しているのだったら……無駄だよ」
 確かにこの屋敷にいればどういう形であれロルフさまとお会いできるかもしれない。けれど、でも、もう会う期待はしていなかった。
「そうではなくぅ……あっ、はっ、そんな、ことっされてはぁっ……!奥様に、申し訳が……」
「そう言って、会いたいのだろうっ……?」
 正常位から、繋がったまま足を持ち上げられ旦那様は肩にそれを掛けた。
 斜めに旦那様のモノが入って違う角度で内壁を蹂躙し、無理矢理入れられたはずのそこはもう潤ってきている。
 痛いのにむずかゆく、そしてもっとついてほしいと、中はねだって、そして自然と身体が旦那様のモノをもっとよく受け入れたいと動き出す。
 冷たく硬い床に押し倒されているというのに、その痛みさえも熱を煽っていく。
「ちがっ……!はぁっ!ん、ん!」
「アレは、外国に、援助して留学させたんだ、最近手紙が……こないだろう?」
「あんっ!!」
 隠していた秘密を知られていた。その一瞬で彼を思い出し、ギュッと膣が締まり旦那様を締め付ける。
「図星か……」
 旦那様は体の反応で、私の心を読み取ると、ロルフさまの事を忘れさせるかというように、さらに一段と激しく中を犯していく。
「愛している……君の全てが、欲しいんだよ、私は……っ」
 胸を、心臓をわしづかみたい、心を奪いたいというかのごとく、乱暴につかまれる。度重なる行為の所為か、先もすぐに痛いほど硬くなる。
「旦那さ……まっ!あ、あ、私は旦那様のモノ、で……す」
 ――――心、以外は。
 私は泣いた。でもそれは痛みの所為ではなく、どん底の中でも嬉しさを感じたからだ。


 父親の跡を引き継いで、医者になるのが夢だと言っていたロルフさまが語っていた夢は、最先端の医療を学ぶための留学だった。
 それがこんな形でかなうなんて、なんて皮肉。それは私が彼のお側にいても、叶えて差し上げることが出来なかった有意義な事。

 それから間もなく、私は連れ去られるようにヴィラに連れてこられた。
 使用人としての仕事、忙しくしていれば何もかも忘れられる唯一の手段も封じられたが、私はこの檻にとらわれる事を選んだ。

 旦那様は、こんなに頻繁に通ってきてもいいのかと疑問視するほどに、私の下に訪れた。
 できるだけお仕事をしてくださるように――ご家族を大事に優先してくださるように、使用人としての態度を取ると、また不機嫌になるがそれだけは譲れなかった。
 流石にとても大事な夫人同伴の夜会をすっぽかしたことで、奥様がヴィラにやってきて罵られ、鞭で叩かれたが……それでも、私は出てゆくわけにはいかなかった。
 もう守るべきものがあったから。
 ここに私が居るだけで、旦那様はロルフさまには悪いことをしないとわかったから。
 私と彼を引き離すためだろうが、留学という形をとってくださったから。だから、旦那様を裏切るわけにはいかない。
 それにどんなに酷いことをされても旦那様を嫌いになれなかった。幼い頃どれだけ優しかったかと胸に刻みこまれている。

 二人の息子というのに、時折訪れるリスティンさまはアーネに優しかった。
 彼の父、彼の母、彼の親友。そして彼自身。
 彼の周りの人の心をかき回すような忌まわしい女なのに。彼の態度は昔と変わらない。
 信頼と尊敬をしていた旦那様に脅され、組み敷かれる――空想の中に逃げ込むしかない地獄のような日々の中、彼と話すことだけが安らぎで。
 だからつい、心の底にしまって、二度と口にださないと誓った事をつい漏らしてしまう。

「ロルフさまに……会いたい」
 ――手紙はもう、来なくなっていた。

 こんなことを言ってはリスティンさまを困らせてしまう。そうはっと気がついても後の祭り。あわてて嘘ですと言いつくろう。
 そんな事がわかれば、旦那様に何をされるかわからない。そして今更、どんな顔をしてロルフさまに会わせる顔があるのだろうか。
 もう二人は別れたのだ、しかも一方的に。こんな自分の事など忘れてしまっているに違いない、それでいい筈なのに、胸が苦しくなる。
 忘れてほしい、けど……忘れて欲しくない。そんな矛盾した、身勝手な心。
 そんな自分に、苦しいからといって現実から逃避していたつけがまわってくる。
 私は体調不良で倒れ、自分が懐妊したことを知った。


私のお仕えする侯爵家のお嬢様はとても美しく――そして高慢だった。

 普通なら、現実に打ちのめされて自分勝手な我儘は許されないと言う事を学んでいくが、お嬢様は違った。
 それだけの無理を通す財力が、侯爵家にはあった。そしてお嬢様自身の美しさと優雅さが周りが甘えを許し拍車を掛けた。
 美しいというのはそれだけで、罪だ。私はその我儘さえも愛した。
 こちらは有能で……使用人を使い捨てることも厭わない侯爵家の方々にすら頼りにされている上級使用人。
 使い捨ての下級使用人とはご家族の態度は一線を画し、それが私の自尊心を保つといえど、身分違いの恋。
 私はお傍に居られるだけで幸せだった。滅私で仕えていた。
 そんなある日、社交界デビューを果たしたお嬢様が夜会から興奮した体で帰ってきて、私に言った一言。
「素敵な方を見つけたの!私の旦那様は彼しかいないわ!」
 貴族年鑑も頭に入れていた私には、そのお相手の名前を聞き、今度の要求はいくらお嬢様でも無理難題のように思えた。
 相手の方の家格はこの家と同格かそれ以上。
 しかし、旦那様と奥様は何とかお嬢様とその殿方との縁談を取り付けた。
 私がその方に会ってみると、なるほどと嫉妬心よりも納得する心のほうが大きいほどの、麗しい貴公子だった。
 金糸の髪と吸い込まれるような青の瞳。その顔は美しく整っているが、だからと言って女々しくはなく、男らしさも備えている。
 貴族的な優雅な振る舞いと、使用人だからと言って軽んじられることもなく話してみると頭の回転もよく、ユーモアも持ち合わせているようだった。
 自分より優れた相手ではないと認められない、だからと言って優れた相手が本当に出てきたとしても、結局は認められないと思っていたが。
 ――完敗だ。
 私は、どうせお嬢様を奪われるなら、より良い最高の相手にと、彼に嫁がせることに積極的になった。
「もちろん、ついてきてくれるのでしょう?」
 嫁ぎ先へも、お嬢様は私を連れて行く気だった。そして私も当たり前のようについていく気だった。

 この誰もが羨むほどの美男美女の待ち望んだ結婚は……
 お嬢様にとっての不幸の始まりだとはこの時誰が予測できただろうか。

 結婚生活は、最初の頃は表面上うまくいっているかのように見えた。
 しかし派手な外見とは裏腹に温かい家庭を望む旦那様と、艶やかに派手に社交界をいつまでも騒がせたいお嬢様の結婚生活が上手くいくはずもなかった。
 沢山子供が欲しいと望む旦那様に、体のラインが崩れるから嫌だと出産した女の体形の崩れる醜さを事あるごとに言っていた。
 しかしそこはご夫婦、何度もベッドを共にするうちに……子供ができた。
 それでもお嬢様は派手に遊びまわることを辞めず、流産しかけ、それを悪びれもせず自分の享楽を追い求めるお嬢様に旦那様は困惑気味だった。
 旦那様は私のように達観してはいない。そのお嬢様の我儘についていけるわけはない。求めるものが違う。
 二人の仲は急速に冷めつつあった。それも旦那様の方だけ。
 お嬢様はなぜ自分の享楽に付き合ってくれないのか、本当に分からないようだった。
 自分の夫なら自分に付き合うべきと、本当に愚かにもそう思っていた。

 子供は男の子で無事に生まれたが、お嬢様は育児に関心がなく、貴族にあるべき教育姿勢で雇った乳母任せ。
 自分が気が向いたときにだけ構うと言ったありさまだった。
 それは社交を大事にする貴族の当たり前の母親像だったが、反対に旦那様は坊ちゃまを慈しむ。
 そうこうしているうちに、旦那様はもうお嬢様には期待していないかというかのように浮気をし始めた。
 お嬢様は内心は穏やかではなかったが、それを顔に出すことはプライドが許さない。
 そして「浮気」だと割り切ってあきらめているようだった。
 貴族では当たり前の遊戯。
 むしろステイタス。
 どうせ「浮気」なのだから、一番は妻である私――旦那様は必ず自分の下に帰ってくると。
 それを現すかのごとく、旦那様はどんな愛人を持とうとも、妻であるお嬢様を優先させた。
 そして、必ずお嬢様の下に返ってきた。
 魅力的な夫を持つ、寛大で物わかりのいい奔放で美しい妻。理想的な夫婦。それがお嬢様お気に入りの風評だった。
 お嬢様と旦那様は夫婦だったが、今やお嬢様の片思いだった。
 ――その気持ちはお嬢様が少し他者を思いやることで手に入れられたのに。
 旦那様はお嬢様の本当の気持ちに気づかず、彼女は生まれながらの貴族でそれを期待するのは間違っていると。
 坊ちゃまが大きくなるにつれ夫婦の溝は深まっていった。
 しかし、表面上は変わらないのでお嬢様は気が付かない。

 そのお嬢様上位の生活はある娘の所為で、一変することになる。

 ある時から、旦那様が一切の女遊びを辞めた。
 その少し前に、旦那様が火遊びを持ちかけた相手が、お嬢様の気に入らない夫人だったのでお嬢様には珍しく愛人の事で詰った。
 お嬢様は旦那様が反省しておとなしくなったと思っていたようだが、私はその本当の理由を知っていた。
 そんな事いつも旦那様を見ていればわかる。
 ――旦那様は本当の恋をしていた。
 しかも相手は、坊ちゃま付きの親子ほど年下のメイド。

 普通に見ればそれなりに可愛い少女であるが、お嬢様と比べてしまえば美しさは足元にも及ばない、野暮ったく、どこにでもいる普通の娘だ。
 奥様が温室で磨かれて作られた大輪の薔薇ならば、野菊のような印象を受ける。
 しかし、慈しむように微笑む顔や、献身的に仕える姿。そして旦那様を親愛と尊敬のまなざしで見る目。
 惜しみなく注がれるそれは、家族に飢えている旦那様にはたまらなく魅力的に見えたに違いない。
 今までの浮気相手にはなかった魅力……だからこそ、浮気は浮気で済んでいたのに。
 旦那様はその気持ちを悶々と抱えているようだった。
 良識が邪魔をして、自分の気持ちを誤魔化そうとしているのが私には手に取るようにわかる。それは他人事だから。
 私はそんな旦那様を、ある感情から、お嬢様には内緒で追い詰めていく。
 メイドへの気持ちを加速させていく手助けをした。
 どうやらあれほどの戯れを重ねながらも、旦那様は人を好きになるということが初めての事らしく、それは愉快なほど簡単だった。 
 そして、私は旦那様に、お気に入りの娘が坊ちゃまの親友と交際し始めたと囁く。
 ――このままでは二度と手に入らない、と。
 あとは予想通り、旦那様はメイドへの愛に歯止めがきかず暴挙にでた。
 心が手に入らないなら、体を奪うなんて単純もいいところだ。

 お嬢様にそのことが知れるのはすぐだった。
 しかし、いつもの「浮気」だと思っているようだった。
 使用人に恋をするなんてお嬢様は考えもしないのだろう。それは彼女にとって人が牛馬に恋をするほどの不可解な事だったからだ。
 使用人の事は人扱いしていない、お嬢様は油断している。
 自らの価値観がすべてでそれでしか見えない――愚鈍で可愛いお嬢様。旦那様の瞳はあの娘を常に追っているというのに。
 正妻という揺るぎない地位で、今まで蔑ろにされたことがない経験で、高を括っていたのだ。
 しかし旦那様はメイドに異常なほどのめり込んでいく。浮気ではなく本気なのだから当たり前だ。
 寧ろ、旦那様の意識下ではすでに妻であるお嬢様の方が浮気相手であり、立場が逆転している事なんて夢にも思っていないだろう。
 お嬢様もそれを無意識に感じ取ってか、比例して日に日に不機嫌になっていく、しかし矜持で堪えていた。


 旦那様はメイドに誘いを掛けたという理由だけで、屋敷からその男使用人達を紹介状もなしに追い出した。
 彼等は他の屋敷でも使って貰える事はもうないだろう……を見てもまだ危機感を持っていなかった。
 次に旦那様はメイドのために不相応な規模のヴィラを用意した、そこに旦那様が入り浸る生活を続けても堪えた。
 しかしある日。
 旦那様はメイドの体調が少し悪いという理由だけで、お嬢様が重要視していた夜会のエスコートを断った。

 生まれて初めて、あからさまに人に蔑ろにされるという経験。しかも大事にしている人に。
 お嬢様を支えていたものが折れた瞬間だった。
 旦那様の気持ちを手に入れるのには、自分が変わるしかなかったのに。それでも学習しなかった。そのツケがまわる。

 そして愚かなお嬢様は、諸悪の根源はメイドの所為だと……自らを省みる事もせず。
 旦那様が領地を治める関係で長期で不在にする時期。ヴィラに行きメイドをその美しい顔を歪ませて詰り、自らの手で鞭で打ち据えた。
 初めは詰るつもりだけのはずが、鞭で打ち据えるほどの激情に駆られたのは、どれだけメイドが旦那様に愛されているか目の当たりにしたからだ。

 ヴィラの内装は旦那様のセンスで、流行を取り入れながらも最上級の家具をそろえられ過ごしやすく改装されていた。
 そしてなによりメイドの着ているドレスは、旦那様の親しくしているミルドレイク伯爵夫人のデザインされたドレスだ。
 夫人のデザインするドレスは一流の証。王族でさえも半年待ちというほど大人気の夫人の例外が旦那様の頼みごとで。
 お嬢様でさえめったに新作は作っていただけないモノだ。それを当たり前のようにメイドは着ていたのだ。価値も知らずに。
 久しぶりに会うメイドは、旦那様の手で一流の淑女へと変貌していた。
 お屋敷で働いていたころにはなかった頼りなさげな危うげな雰囲気が、男の劣情をそそる。
 変われば変わるものだ。女という生き物は本当におそろしい。
 しかし、幸せそうには見えないと言うことを、お嬢様は見抜けない。 
 メイドは自らの立場を弁え抵抗することなく、お嬢様の仕打ちに黙って堪えていた。
 この分だと旦那様に告げ口をすることもないだろうが。それが益々奥様の心を苛立たせて行く。

 その時のお顔は激しく、醜くもあり同時に美しかった。
 長年の付き合いである私が、初めて見るお嬢様の新たな魅力に興奮してしまう。
 私個人の感情としては、メイドに全く思うところはなかったが。この時ばかりはメイドに感謝したいぐらいだった。

 そして散々打ち据えた後でもメイドは旦那様と別れるとは頑として受け入れなかった。
 お嬢様の責めは鞭を振るだけでは飽き足らず……服も破き、髪も鷲掴みメイドを追い詰めるだけ追い詰める。
 どんなことをされてもメイドが首を縦に振る事はないと「理由」を知っている私は、止めることにした。
 これ以上やって、お嬢様が人殺しになってしまうのは好ましくないし、お嬢様がお怪我をしてもいけない。
 何とかお嬢様を宥めて、屋敷に帰ると……お嬢様は苛々と爪を噛んで考え込んでいた。その姿も私には美しい。
 その状態が続くこと数日、ある新興の企業家が開いた夜会に行って、さっぱりしたお顔をして帰ってきたお嬢様。

「偶然にも、今日珍しい方にお会いできたの」

 話を聞いてみるとどうやら、夜会でフィアゴ伯爵に会ったという。
 社交界でもごく一部の情報通な人間しか知らない、悪趣味な性癖を持つと名高いフィゴア伯爵。
 彼を見て……彼にメイドを払い下げるという計画を立てたらしい。しかもすでに話はつけているとのことだった。
 お嬢様はメイドさえ排除できれば旦那様が元通りになると信じて疑わないでいる。

「あの女さえ居なくなれば……目を覚ますでしょう」

 伯爵と関係した女性は一月も絶たないうちに廃人になるとか……まことしやかな噂が流れている。
 ただの人買いではなく、メイドの捨て先を伯爵にするなんて、お嬢様の深い恨みがうかがえるような気がした。

 そのお嬢様の計画は、あっさりと失敗した――旦那様に露見したのだ。

 旦那様は領地の中でも僻地にある屋敷に、お嬢様の生活の拠点を移すことにお決めになった。
 何故ならその屋敷には……堅固な塔があり。高貴な者を幽閉するためには格好の場所だったからだ。
 そこにお嬢様を対外的には病気のための療養という名目で旦那様は閉じ込める。勿論お嬢様に拒否権はなかった。
 塔の中の部屋はそれなりに整っていたが、メイドに与えたヴィラとは過ごしやすさは雲泥の差だ。
 それは、愚かなお嬢様にもはっきりと目に見える――愛の差だった。必要最低限の義務という名の。
 そんなお嬢様には墓所ともいえる部屋を用意して、旦那様はお嬢様にこれからの事を告げる。

「君は何も心配しないでもいい。君は病気で……かつ懐妊しているので静養中ということにしているよ」
「懐妊?」
「ああ、君も知っているがアーネに子供ができた、その子も君の子ということにして私は正式に育てたい」
「そんな勝手な……嫌よ、絶対に嫌です!」
「君に拒否する権利があるとでも? 君は私の子供を産みたくはないと言っていたじゃないか」
「そ、それは……」
「これからは大丈夫だよ。君には期待しない、これからは彼女が産んでくれるから。
 だから君は妻として美しく居続けてくれるだけでいい、ここで」
「あなたっ……」

 そう昏く笑う旦那様の顔はどこまでも優しく――そして残酷だった。



 お嬢様が幽閉される塔から私と旦那様は出ると、旦那様は心底ほっとしたようにつぶやく。

「よかったよ、君のような冷静な判断を出来る人間が彼女についていてくれて」
「恐れ入ります」

 計画を漏らしたのは――勿論、私だった。
 お嬢様にはもう真相を知る手立てはないのだから、伯爵側から計画が漏れたと説明している。
「かつては妻と思った人に酷いことはしたくないからね。リスティンも悲しませたくない
 ……彼女を失うことになったら私は何をしてしまうかわからないから仕方ない」
「寛大な処分に感謝を。私の方もお嬢様が旦那様に捨てられてしまうと大変困ったことになりますから」

 恋に狂う旦那様の行動は、簡単に予測と誘導ができた。
 メイドの危機を事前に防いだにも関わらず、この処分。
 本当に計画が実行されていたら……私はお嬢様を一生失ってしまうだろう。
 それだけは避けなければならなかった、お嬢様を裏切ってでもそれだけは譲れない。

「お嬢様の事は、今後すべて私にお任せください」
「ああ、頼んだよ」

 旦那様は今までの働きの功績としてお嬢様の全権を私に託された。
 手の中に握られた塔のカギ――それは、お嬢様は私のモノになったという事と同義だ。
 お可哀そうなお嬢様。
 自分がもう旦那様に、必要とされていないと今度こそはっきりと気づかされたのだ。
 今頃、塔の中で泣き崩れている事だろう。そして私の事が無能だとでも罵っているのかもしれない。
 それでもいい。
 私はずっと……この愛が報われなくとも、私だけは最後までお嬢様のお傍におりますから。


 だからご安心ください私だけの愛しい人よ。
 

終。

BBSPINK/男主主従エロパロ/王様と書記官

あの名文をまた読みたい人用のまとめ

スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第二章より
作者:不明


「あん、あ、あっ……」
 ぐちゅぐちゅと隠微な音が響き渡る部屋。
 私に覆い被さった方は、私を様々な角度から責めたてて参りました。
 思えばそれはほんの三月前、時間にすれば僅かな時間です。
 私がこの方、現国王陛下に体を許すようになったのは。
 もう少しで雲から水滴が舞い降りてくるだろう、という時に特有の湿気が城を覆っていました。
 そんな夜でした。


 私、リトレ・サヴァンがラディス国の書記官を務めてから、もうそろそろ五年目になります。
 書記官というのはこの国特有の官僚制度で、王城の中で執務を執り行う文官です。
 宮廷武官とほぼ対になる立場で存在しているもので、主に貴族の子弟がなるものです。
 女の身で書記官という地位に就いている私に、人はあまり良い顔をしません。
 私自身、女の身で肩肘を張って仕事をするより、家でのんびりと過ごすほうが性分としては合っているほうです。
 まして、女であると言うだけならまだしも、前宰相であった私の父ラディ・サヴァンは謀反を起こした罪で処刑されています。
 謀反人の子供、それも女が書記官などという職に就き、王宮で立ち働いているのを見て、悪く言う者がいるのは知っています。
 私も、もし逆の立場ならばそう思ったでしょう。
 本来は父が亡くなった時点でその一族も連座するのが筋でしたが、その旨をしたためた書簡を送り、陛下にお目通りを願ったところ、
「そのような必要はない、お前が当主となってサヴァン家を盛り立てるが良い」
 と言われ、爵位返上のための参上の筈が、サヴァン家当主の就任式となってしまいました。

 後で陛下に伺ったところ、
「謀反を起こそうとした当人達は既に処刑している。それも未遂で終わっている事だ。一族郎党の全てを罪に問うつもりはないし、そのようなことをしていては国がつぶれてしまう」
 だそうです。
 成る程、宰相をしていた父を筆頭に、王宮の重要な役職は大体我が一門が占めております。
 もし一族郎党まで罪に問うことになったりしたら、この国の政治は止まってしまうでしょう。
 権力争いが起こり、悪くすれば他国の介入もあるかも知れません。
「平時なら良かったんだが、今は西の国境も不穏だし、権力争いに明け暮れるわけにもいかぬ。それならばお前を生かし、罪は当人のみと示した方がよい」
 陛下は私に言い聞かせるように仰いました。
 思えばその時、国王陛下は若干12歳。
 私より5歳も年若だというのに優れた洞察力を持ち、人並み優れた施政の力を持っておりました。


 当時、まだ年若い陛下を侮る者は数多く、その筆頭は宰相である私の父でした。
 小僧に何が出来るとうそぶき、王以外は触れてはならないはずの王印を自宅に持ち帰ったりもしていたそうです。
 しかし、国王陛下はそのような行為をいつまでも黙って見過ごすような方ではありませんでした。
 私の兄であるディクレ・サヴァンは、本名よりも「お調子者のディー」というあだ名の方が有名な人間。
 陛下はそのお調子者の元に極上の女を忍ばせました。
 女は、来る日も来る日も囁きます。
「国王陛下はまだ子供。跡取りのいないうちに殺してしまえば、王の位は宰相である貴方の家に転がり込んでくるでしょう」
 勿論兄も、初めは取り合いませんでした。
 けれど、根がお調子者だったからでしょう。いくらか薬も使われていたようです。
 いつしか女の言うことを真に受けるようになり、女の言うままに国王陛下を暗殺しようとしました。
 後はもう、簡単なことでした。
 暗殺の準備が整い決行は明日、と言うところで女が役所に走ります。
 血判状や、実行計画をしたためた書類が動かぬ証拠として提出されました。
 兄と父の首が広場に晒されたのは、それからわずか半刻後のことでした。


 暗殺を企てていたとはいえ、ときの権力者であった宰相とその跡取りを処刑し、見せしめのように一人残された当主は女。
 以来、陛下のことを年若だと侮るような人間はいなくなりました。
 あれからは、怒濤のように日々が過ぎていきました。
 なにぶん女の身です。
 文官となるような教育は、それまで一切受けておりませんでした。
 知っているのは行儀作法と刺繍を少し。
 男勝りと言われていても、できるのは僅かに乗馬くらい。
 書記官の職務を覚え、こなしていくのであっという間に時が経ち、父が亡くなる少し前は
「お前もそろそろ嫁に行く頃だ」
 と言われていたのですが、気が付けばもう、とうに嫁に行くときは過ぎておりました。
 その頃にはおぼろげながら私にも
「自分は罪人の子だから、一生結婚することはないだろう」
という諦めにも似た、一種の悟りのような考えが浮かぶようになっていました。
その頃にお付き合いをしていた男性が他の女性と結婚したこともあったかも知れません。


 そのような一連の事件を経て、それもようやく落ち着き、職務にも慣れた頃。
 陛下に呼ばれたのは、そんなときでした。




 私が呼び出されたのは夜も更けた頃、もうそろそろ就寝しようと支度をしていたときです。
 陛下は若干17歳と、まだお若いながらも公私をしっかりと分ける方で、意味もなく夜更けに部下を呼びつける方ではありません。
 仕事で何か手違いでも生じたかと思いながら手早く支度を済ませ、執務室へと向かいました。
「リトレ・サヴァン、参りました。」
 うっすらと月の光の差し込む執務室は、なぜか人払いがされておりました。
 一体何事だろうと訝しみながら陛下を見やると、ランプは消され、唯一の灯りである月が陛下のけぶるような金髪を彩っておりました。
 こういう時、私はぞくり、と戦慄を覚えます。
 年若い娘などは陛下のことをお美しいと素直に褒めそやしますが、私には陛下はなにか、怖ろしい生き物のように感じられるのです。
 陛下の目は金の瞳、太陽のようにまばゆいと人は言いますが、ほんの少しでも油断したら襲いかかってくる猛禽類のようにらんらんと光っております。
 そのお体は神々しく、アポリオンのように堂々としたお姿だと言いますが、その実、その中には得体の知れない企みや不穏な謀が詰まっております。
 その日、雨の降る直前のじっとりした空気は肌に重く、国王陛下の底知れぬ恐ろしさが空気ごしに伝わってくるようでした。
 私が、半ば後じさりながら陛下を伺っていると、一語一語をゆっくりと区切りながら
「お前に俺の閨の相手を命じる」
 そう、陛下は仰いました。
 遠いあの日、私に書記官になれと命じたときと同じ口調でした。


「閨…と申しますと、私に陛下の相手をせよと、そう言うことですか?」
 陛下の言葉が発せられてから、随分の時間が経って、私はようやくそう口にしました。実際はそんなに時間が経っているわけではないのかも知れませんが、私には嫌に長い時間だと感じました。
 うむ、と陛下が頷くのを見て、私はあっけにとられてしまいました。
 一体この人は何を言っているのだろう。
 計りがたい人だとは思っていましたが、今回ばかりは計るどころではなく理解不能。
 先ほど発したのも人間の言語かと疑ったほどです。
 先ほどまでの恐ろしさも忘れてつい、まじまじと陛下を見つめてしまいました。
「あなたは…馬鹿ですか?」
 いつもならば決して口にしなかったような言葉がつるりと出てしまったとしても、仕方ありません。
 それほど吃驚していたのです。
 口に出してしまってからその言葉の不敬に気づき、身が縮こまる思いをしましたが、陛下はむすっとして、押し黙っていました。
 よくよくみると頬が赤らんでいます。
 ああ、これは照れているのだなと気が付くと、急に陛下を可愛らしいと思う気持ちが湧き上がってきて、くすくすと笑ってしまいました。
 私が笑うと、陛下はますます顔を真っ赤にして一言、笑うな、と仰いました。
 けれどその言葉に先ほどまでの王者の威厳は欠片もありません。
 そこに立っているのは、まだ初心な少年でした。
「陛下、お戯れもいい加減になさいませ。陛下にはもっと年若い、可愛らしい娘でないと。私のようなおばさんに、陛下の相手はつとまりませんわ。」
 では失礼。
 そう言ってスカートを翻し、退出しようと思いましたが、それを遮ったのは、荒々しい抱擁でした。
「な……」
 何を、と言いかけた唇を強く吸われ、胸を無茶苦茶に揉まれました。
 その手つきがあまりに乱暴だったので眉をしかめ、抵抗しようと突っ張った腕は瞬く間に捻り上げられてしまいました。
「おやめ下さい、国王陛下!」
 体をねじり、必死でキスを逃れながら叫んだ声は、ドレスを破る音でかき消されました。
「いや、やめて…」
 必死で抵抗する私のあごを掴むと、陛下は私の唇を執拗に吸い、下着を剥いでいきました。涙のにじむ目で見上げると、陛下の目は赤く血走り、食い殺さんばかりの形相で私を見下ろしていました。
「ひっ………」
 あまりの恐ろしさに叫ぼうとしても、引きつったようなうめき声にしかなりません。
 まだ濡れてもいないような場所をいじられて、無理矢理貫かれました。
 その時に何と叫んだかは覚えておりません。
 きっと言葉ですらなかったのでしょう。
 陛下が私の中に精を放ったときは、霞がかかったような頭の中で、やっと終わった、とだけ感じました。


 事が済んだ後、私は放心したまま横たわっておりました。
 私もとうに乙女ではありませんでしたが、それでも男の人に体を開くなどと言うことがそうそうあったわけではありません。
 まだほんの年若で、与えられた役目の重圧にあえいでいた頃。
 うなだれていた私をかばい、励ましてくれていた方がおりました。
 お互いに心を寄せ合い、愛を誓い合った仲でした。
 謀反人の娘でも構わないと仰ってくれていたその方が、周りの声に抗いきれずに他家の娘と結婚することが決まったその夜。
 私とその方は、お互いの涙に濡れながら抱き合いました。
 それ以来、男の方と愛を交わしたことはありませんでした。
 自分でも心のどこかで、生涯あの方一人と決めておりました。
 その誓いが、こんなに容易く破れようとは思ってもいませんでした。
 呆然と見上げる天井は、重く冷ややかでした。
 月は、その姿すら見えないほど朧気で、それなのに光ばかりが差し込んで、陛下を残酷に照らしあげます。
 うつろになった体でぼんやりとその様を見ていると、ばさりと深緋が翻りました。
「お前は俺の閨役を務めるんだ」
 これは決定事項だと、まるで書類を読み上げるような無機質な声で言うと、私の体に深緋のマントをうちかけました。
 深緋の色は、高貴な色。ただ一人、国王陛下にのみ許された色です。
 そのマントを掛けられると言うことは、所有か、もしくは死を意味しています。
 そのマントを掛けられたときに、私も観念しました。
「分かりました…」
 喉から出た声は、枯れた、かすれた声でしたが、陛下には届いたようで、満足げに目を細めるのが見えました。
 私はそれを見届け、ともすれば消えそうになる声で続けました。
「……貴方に体を許します。その代わり、この事は誰にも言わないで下さい」
 もし私が国王陛下の愛人になったとしたら、その話は瞬く間に広がるでしょう。
 生涯ただ一人と誓った、あの方の元にまで。
 あの方にそのような噂を届かせたくはありませんでした。
 たとえあの方に妻がいようと。あの人にとって私がただ一人じゃなくても。
 それでも私だけはただ一人、あの方だけを思っていたかった。
「秘密にしてください、お願い……」
 もう、この身は汚れてしまった。
 けれど、せめて表面だけでも、あの方に身を捧げたままでいたかった。
「秘密にせよと? 都合の良い、そんなこと聞くわけが…」
「聞かねば舌を噛んで、自害します」
 あざ笑う陛下の言葉を断ち切る厳しさを込めて言い放つと、陛下がびくりと震えた。
「外聞が悪いでしょうね、謀反人の娘が陛下の部屋で強姦された上に自害だなんて。お望みなら今この場ででも、舌を噛んでみせましょうか?」
 そう言って見せつけるように口を開き、突きだした舌をちろちろと揺らしてみせました。
 これには流石の陛下も慌てたらしく、すぐさま私に馬乗りになって口をこじ開け、舌を噛むことが出来ないように口の中に指を差し入れました。
 その動作があまりにも速かったので、私の方が驚いてしまったほどでした。
「そなたの言いたいことは分かった。そなたとのことは一切口外せぬ、誰にも秘密だ。だからもう、そのような真似をするな、良いな?」
 その言葉にこくんと頷き、あごの力を緩めたのを認めると、陛下は慎重に私の口から指を外しました。
「その代わり、そなたは俺の好きなときに体を開くのだ。よいな?」
 私はまた、頷きました。頷いた拍子にこぼれた涙に、月の光が映って見えました。


王宮は多忙を極めていました。
 あと一月先に開催を控えた大舞踏会は冬越しの祭りと呼ばれ、その日には貴族も平民も、分け隔て無くお城に集い、歌い踊ります。
 この日に知り合った男女が結婚することも多いために、若い者を中心に城中の人間が……いえ、国中の人間が浮き足立つ季節です。
 そうなると、書記官の私も仕事が増えるわけです。
 冬越しの祭りの準備や、それまでに済ませてしまわなければならない仕事を済ませる為に文官総出で書類の山を処理したり、作り出したり。
 祭りのために王都へ出てくる地方領主との謁見の為の諸々の調整もやるわけですから、大忙しです。
「リトレ様、国王陛下に提出する書類が纏まりました!」
 そう声を掛けてきたのは、私の直属の部下であるディックです。
 今年で19になる彼は、若手の俊英と噂される頭脳の持ち主。
 書記官の中では駆け出しですが、これからが楽しみな青年です。
 受け取った書類を読みながら、その出来に感心しました。
「良く纏まってるわ。流石ね、ディック」
 そう言って書類から顔を上げると、緊張して待っていたディックの顔が、ぱっと笑顔になりました。
 喜怒哀楽が透けて見えるところが清々しくて軽く笑むと、ディックは真っ赤になって、ありがとうございますとお辞儀を返してくれました。
 とん、とん、と書類を揃えて袋に入れる。後はこれを陛下に提出すれば完了です。
「……あの、ディック。私はまだやらなきゃいけない仕事があるの。悪いけど、私の代わりに陛下にこれを持っていってくれる?」
 本来は、一位の書記官である自分が国王陛下の元に出向き、提出するべき書類です。けれどもその時はどうしても、気が進みませんでした。
「え? 僕が陛下に、これを?」
「ええ。この書類はあなたが作ったものだし、あなたの方が上手く説明できると思うの、お願いね。」
 ディックに経験を積ませたいから、だから彼に頼むのだと心の中で言い訳じみた事も考えます。
 駄目押しのようによろしくねと言って、渋るディックを送り出しました。


「やっぱり、いきなりは無理だったかしら……」
 書記官室を出て行く時の半泣きだった彼を思うと、少し胸が痛みました。
 でも、あの書類を持っていくという事は、国王陛下と相対すると言うことなのです。
 私は陛下のあの、冷たく底光りのする金の目を思い出してしまい、両腕で自らの体を守るようにかき抱きました。
 あの夜。私と陛下、二人だけの密約が交わされてから、もう三月が経とうとしています。
あの日約束したとおり、陛下は私との関係を誰にも明かさず、表面上はそれまで通り、書記官と国王の間柄を続けております。
 私も初めはあまりに普段通りなので、あの夜のことは悪い夢か何かの冗談なのだと思いました。
 しかし、ある日いつものように陛下の執務室に行くと、いつかの夜のように人払いがされていました。
「失礼いたします」
 衛兵も小間使いもいない執務室は、あの夜を思い起こすには充分でした。
 椅子から立ち上がり、近づいてくる陛下に、ドレスは破かないで欲しいと言うと、ちょっと目を丸くし、それから低い声で笑いながら頷きました。
 注文の多い人だ、と囁きながら口づけをされました。
 それから少し間を置いて、床でするのとソファでするのとどちらがいいかと聞かれました。
 床ですると背中がこすれて痛いのですが、ソファは窓際です。
 外から見えてしまう危険性もあるので床が良いですと答えると、陛下は私の希望通り、床の上でなさいました。
 陛下は目だけはぎらぎらと光って、欲望を露わにしていましたが、所作は年の割に落ち着いたもので、私がどのような反応を返すか観察なさっているかのようでした。
 政務に没頭していた国王陛下には浮いた話の欠片もありませんでしたから、女性の身体が珍しかったのかもしれません。
 それからは、陛下の元に参上する度に求められるようになりました。
 珍しい物でも扱うように私の反応を引き出してゆくことで、陛下自身もまた、上達してゆかれました。
 「陛下の望む時に抱かれる」という約束をしてしまった以上、求めに応じないわけには参りません。
 陛下の方は「決して誰にも話さない」という約束を守ってくださっているのですから、なおさら私が拒むわけにはいかないのです。
 けれど、今回は間が悪すぎました。
 冬越しの祭りの準備でただでさえ疲れているというのに、陛下のお相手までしていたら、それこそ身が持たないというものです。
 更に、やっぱりこれも冬越しの祭りのせいですが、陛下に決済を求めるべき書類が異常と言っていいほどの数になっているのです。
 それまでは多くて三日に一度陛下の元に参上すればいいほどだったのですが、ここ一週間は毎日と言っていいほどに陛下の執務室を訪れています。
 そして、執務室を訪れる度に抱かれているのですから、ここ一週間の疲労は尋常ではありません。
 一昨日は三回も書類を持っていく事になり、色々な意味で死にそうになりました。
 流石に三回目をなさろうとしたときには「駄目です」と拒否して譲らなかったのですが、結局私が陛下に口で奉仕することになってしまいました。
「それは嫌です」とごねると、「嫌なら襲うぞ」と脅されたのです。
 おまけに全部飲め、などと言う始末。
 私が「こんな事は金輪際しないで下さい」と言うと、では抱かせろ、の一点張り。そんな事を言われても困ると言うと、約束が違う、お前はいつでも俺の望むままになると約束したではないか、と反論なさいます。
 結局は、陛下の仰るとおりにするしかありません。
 律儀に守られた約束は有り難いのですが、それは私をも拘束するものでした。
「身が持たないわ……」
 今も刻々と増えつつある書類の中で、こっそり呟きました。



 ディックが真っ青になって帰ってきたのは、彼を送り出してから暫くのことでした。
 何でも、私が参上しないことで陛下にねちねちと嫌味を言われ、上手く答えられなかった部分をしつこく追求された挙げ句、
「これでは埒があかぬ、リトレを呼んでこい」
 と言われたのだそうです。
 可哀想にディックは、唇の先まで蒼くなって「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返すばかりです。
 元はと言えば、陛下の元に行くのを避けようとした私に非があります。
 申し訳なく思って、恐怖のあまり冷たくなってしまった手を取り、
「謝るのは私の方よ。一人で行かせてしまったりしてごめんなさい。書類はしっかりしてるのだから、これに文句を付ける陛下の方が意地悪なのよ」
 そう言って励ますと、ディックはみるみる血色が良くなっていきました。
「私が今から行って、お話してくるから安心して。きっと陛下も分かってくださるわ」
 スカートを翻し書記官室を後にすると、むかむかと怒りがこみ上げてきます。
 この忙しい時に可愛い部下を潰すだなんて、なんていう王様なのかしら!
 ぷりぷりと怒りながら陛下の執務室をノックすると、了承の声も聞かず、陛下の執務室に飛び込みました。
「リトレ、随分と早く来たな」
 執務室の机の向こうに座っている陛下は、ディックをさんざん苛めてすっきりしたのでしょう。
 やけに上機嫌でした。
「私の部下をいじめて、そんなに楽しいんですか?」
 言葉に精一杯のトゲをまとわりつかせながら睨むと、陛下はにやにや笑いながら手招きをなさいました。
 私は先ほどディックから手渡された書類を持って、ずんずんと進んでゆきました。
「そっちではない、こっちだ」
 と陛下が自分の膝を指さしましたが取り合わず、書類の束を机に叩きつけました。
「一体どう言うつもりですか、この忙しい時に! 事と次第によっては、陛下でも許しませんよ!」
 腰に手をやって、本気で怒って抗議しているというのに、陛下はぬけぬけと
「だからそっちではない、そなたが来るのは俺の膝の上だ」
 と仰いました。
「何、ふざけたことを言ってるんですか!!」
「お前は部下の不始末を詫びに来たのだろう。それならば俺の言うことを聞いて、俺の怒りを解く為に尽力するのが筋というものではないのか?」
 可愛い部下にいちゃもんをつけておいて何を、と思いましたが、ここで下手に機嫌を損ねたら、有望な若者の前途が断たれてしまうかも知れません。
 私は怒りを抑えて、大人しく陛下の膝の上に乗ることにしました。
「では、失礼いたします」
 スカートの裾を押さえ、貴婦人が乗馬する時のように横座りになって陛下のお膝に乗ると、違う、と言われてしまいました。
 こう、足を広げて陛下にまたがれと仰っているようで、私は随分嫌がったのですが結局は強引に押し切られ、恥ずかしい格好で陛下のお膝の上に乗っかることになってしまいました。
「ん……。こうですか…?」
 スカートの裾がめくれて、露わになってしまう太腿を隠そうとすると、陛下にその手を制止されました。
「駄目だ。俺の背中に手をまわせ」
 大人しくその言葉に従いながらも、スカートをどうにかしたくてもじもじしていると、
「恥ずかしいのか?」
 と、聞かれました。私が素直に「はい」と答えると、にんまりと笑って
「ならば、俺がそなたのスカートを直してやろうか?」
 と言いながら、太腿をすっと撫でました。
「あっ……」
 思わず、溜息よりも甘い声が漏れてしまいます。
 はしたない声を漏らしてしまったことに恥じらいを覚えながら、それでも今は陛下に従うしかありません。
「陛下……。お願いします、どうかスカートを直して下さいませ……」
 甘くかすれる声を自覚しながら、私は陛下を見上げ、懇願しました。
 けれど陛下は金の目を輝かせながら意地悪そうに笑うばかり。
「さて、どうしよう。さっきは随分威勢の良いことを言っていたな」
 言いながら陛下の手は、私の太腿をじっくりと味わうかのように動きました。
「陛下、いい加減おやめ下さい……!」
「俺の気が済んだら止めてやるさ」
 逃げようとしても、膝の上では逃げ場はありません。
 太腿への愛撫はいつしか秘所へも及び、身動きが取れないままに私の身体は解きほぐされてゆきました。
 陛下の指に目に舌に、嬲られるがままに身をくねらせ、喘いでいるうちに、剥ぎ取られたドレスがふわりと床に落ちました。
「ああ……陛下、いやぁ…………」
 執務室で、しかも陛下の膝の上で嬲られることに羞恥を覚えその身を縮こまらせていると、陛下は嬉しそうに笑って「お仕置きだ」と言い、私の身体を抱えあげると、固くなった陛下ご自身の上へと導いてゆかれました。

 もう、何のための、何をした事によるお仕置きなのかもよく分からなくなるほど陛下の「お仕置き」を一身に受け、途中からは、これが「お仕置き」なのだ、と言うことすらも分からなくなっていました。
「よいか。これからそなたの部署の書類は全て、お前が持ってくるのだ。それがお前の仕事だろう?」
 さぼりおって、と言いながら陛下は私の腰を揺すります。
 密室に、隠微な音が響き渡りました。
 そうして正体をなくすほどの「お仕置き」をされた後に、気が付けば私は陛下に「一日一回は必ず陛下の元に参上すること」を誓わされていました。
 私が嫌だと言うと「うんと言うまで終わらぬぞ」とまで言われ、泣く泣く条件を飲むことになったのです。
 その代わりに、陛下には「理不尽に家臣を怒らない」という条件を飲ませました。
 いつものように身なりを正しながら、陛下はもっと沢山の文官と触れあわなくてはなりません、と言うと、ちょっと嫌そうな顔をして、
「そなた以外の文官って……男しかおらんだろう?」
 男となど誰が触れあうか、という考えがその顔にありありと書かれていたので、
「ご不満なら女官も付けますが?」
 と言うと、「違う違うそうじゃない、そう言う意味ではないのだ!!」
 とか何とか、やけに慌てて言った後、軽く咳払いをしながら
「女官は付けずとも良い」
 と仰いました。

 いつものように居住まいを正し、退出するとき。
「リトレ」
 声を掛けられ振り向くと、陛下は私にそっと口づけを落とされて、
「また明日」
 そう、おっしゃいました。
「明日……ですか」
 思わず引きつった私の顔を面白そうに眺めると、
「明日、だ」
 そう言って、にっこりと。
 そこだけはやけにあどけない、年相応の顔で笑いました。

年越えの祭りが終わってもまだ春は遠く、寒空の下で細々と鳴く鳥の声は春を恋しがっているかのようです。
「今年の年越えの祭りは盛況だったな」
 と陛下が仰ったのは、もはや「いつもの」と言うしかない行為が終わった後でした。
 身を起こすと仕草は気怠げで、陛下の汗ばんだ身体には行為の後の濃密な空気が漂っています。
 私は白貂の外套にその身を横たえたまま、冷たく澄んだ光で映し出される陛下の姿をぼんやりと見上げておりました。
「みたいですね。私は会場の方には顔を出していないので知りませんが、
 お嬢様方が陛下と踊っていただいたって大騒ぎしてましたね」
 ことん、と頭を陛下のお体にもたれかけます。
「何だお前、祭りに参加しなかったのか? 道理で姿が見えないと思ったら」
「生憎と、書類の山に埋もれてましたので」
 素知らぬふりでそう言うと、ぽんぽんと頭を撫でられました。
「勿体ないことを。今年はこれでもかと言うほど大勢の娘と踊り倒してやったんだ、
 リトレとだって一曲くらい踊ってやったかもしれんというのに」
 撫でられた部分からひたひたと、私の身体を冷気が浸食してゆきます。
 私は身体の熱を奪い去られないように外套に身を潜めました。
「踊りはあまり、好きではありませんから」
「嘘を申すな。踊りが好きで、年越えの祭りを楽しみにしていたとそなたの父が……」
 そこまで言って気が付いたのでしょう、陛下は口をつぐみました。
 罪人として父が死んだ後、私の周りから急速に人が消えてゆきました。
 爵位こそ剥奪されなかったものの一人残された娘を見て、人々は正しく私の立場を理解したのです。
恭順の意を示して領地を差しだし、市井の中に紛れようとした私を、書記官として王城に留まらせたのは陛下ご自身。
 それは、思い上がった一族の末路を皆に忘れさせないようにする為でした。
 そのような人間が、どうして祭りなどに顔を出せるでしょう。

「約束だよ、リトレ。一緒に年越えの祭りに出よう。僕が貴方を誘うから」

 束の間、日だまりの中にいるような安らぎを感じさせてくれる日々もありました。
それはあっけなくかき消えて、果たされないままの約束が私の手元に残りました。
 気まずそうに目をさ迷わせている陛下の狼狽えようが可哀想になって、私はそっと、冷気に浸された部屋の空気を撫ぜるように笑いました。
 覚え立てのステップを踏み、それを夢見ていたのは、ずっとずっと昔のことです。
 沢山のおしゃべりと、刺繍と踊り。ひたすら甘いもので形作られていた時代。
「もう、好きではないのです」
 だから、そんな顔なさらないで。
 言外にそう伝えると、陛下はますます眉根を寄せられ、難しい顔をして俯きました。
 冷えきった室内で身なりを整え、扉に手を掛けたとき。
「すまない」
 絞り出された小さな声を、私は聞こえなかった振りをして退出しました。

ふたば/TOA怪文書/アシュナタ前提ティアナタ

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作者:不明

『ファーストキスは海の見える場所で、心を預ける人に捧げる事があなたにとって最も幸いである』
キムラスカ・ランバルディア王国に伝わる乙女の戒律。少女なら誰しもが憧れるその一説に心惹かれるのは王女たるナタリアも同様だった
明日執り行われる結婚式の会場を海の見える丘に設定したのも、彼と、アッシュと共に幸せを目指そうとする彼女なりの決心の表れだった
ルークの記憶を背負ったアッシュのこれからは想像を絶する苦難に満ちているだろう。内外に課題は山積し、立場は意志を何重にも縛り付ける
それでも、それは彼が幸せになれない理由にはならない。深い闇の中にあっても幸福を諦めない強さを、ナタリアは確かに持っていた
それは彼女の生来の気質と、なによりあの旅の中で育まれた大切な財産だった
「アッシュ」と呟いてみてから、ナタリアは確かな決意を込めて口を開く「生きていきましょう。共に」
胸の前で祈るように組まれた手を強く握り、ナタリアは決意を新たにしていた
窓辺から春の朝日が差し込み、つがいを見つけた小鳥達が連なって嬉しそうに鳴いている
それは宮殿に不審者が侵入した旨の報告を受ける、ほんの少し前の出来事だった

不審者を一目見たナタリアは即座に拘束を解除させ、荒れきった身なりと髪をメイド達に整えさせてから応接室へ招いた
彼女の隣にアッシュはいない。結婚式の前日、様々な公の手続きを必死に捌く彼にこれ以上の負担をかけるわけにはいかないと思考した上での決断だった
やがて応接室の扉が開く。不審者は両手を力なくぶら下げ、ゆらゆらと重心を定めない足取りでナタリアの方へと歩み寄る
ナタリアは声のトーンに気を遣いながら、努めて明るく彼女に話しかけた
「久しぶりですね、ティア。その後はどうですか、食事はきちんと取っていますか」
ティアは何の表情も見せないままナタリアに近づいていく。彼女が今何を考えているのか、ナタリアには図りかねていた
「ティア」
ついに言葉に窮したナタリアが彼女の名前をつぶやくと、ティアは突然足を止めてナタリアの方をじっと見つめた
沈黙が二人の間に隙間なく敷き詰められていく。毒の空間に投げ込まれたような息苦しさを感じたナタリアは、息を殺してじっと彼女の声を待った
「ルーク」
我慢に我慢を重ねたナタリアへようやく手向けられた言葉は、ただそれきりだった

「いえ、わたくしは」
たじろぐナタリアの返事も待たず、ティアは倒れ込むようにナタリアへ抱き着き睦言を繰り返した
「ルーク。ルーク。ルーク。ルーク……」
心を病んでいる。そう判断したナタリアの直感はいつも以上に正しく機能していた
「わたくしはルークではありませんよ、ティア。病院に行きましょう、専門の方にかかればきっとよくなりますわ」
自身にかけられたティアの重みを細腕で懸命に支えながら、ナタリアは気丈に微笑んでみせる
ティアは表情を一切動かさないまま器用に眼球だけを回転させて彼女を見やると、憎悪すら込めた視線でその笑みを射抜いた
「あなたは、ルーク、じゃ、ない、の?」
再び直感が走った。精神は専門外とはいえ医術を扱うナタリアが一目で分かるほど、ティアの症状は末期的だった
刺激の仕方によってはお互いの命に関わる事態に発展しかねない状況下で、彼女に与えられた選択肢はそう多くなかった
「ルーク、ねぇ、ルーク」
「ティア。本日は何をしに来られたのですか」
肯定も、否定もしない。結局、ナタリアにはそれしかできなかった
ただ対応したのがアッシュでなくてよかったと、その僅かな幸運に心から感謝していた

ナタリアが逸らした話題にティアが対応するまでのおおよそ五分間、応接室は沈黙していた
その間ティアは顔を赤らめ、時には震え、時には目じりに大粒の涙を溜めてナタリアを困惑させた
その内心で起こっているであろう精神活動を想像する事そのものが既に狂気の所業であると、ナタリアはその都度自らを戒めて強く拳を握った
やがて何度も突っかかりながら、ティアはようやく己の言葉を語り始めた
「ルーク。私、ずっと言いたかった。好きなの。大好き。この世の誰よりもあなたのこと、愛しているの。なのにごめんなさい、言えなかったの。ごめんなさい」
ナタリアは返す言葉を失っていた。呆然とする意識の中で、体中の血液が手足の先からとめどなく地表へ零れ落ちていく感覚がナタリアを心底震え上がらせた
「ルーク。ルーク。キスをしましょう。あなたが夜の海のようって言ってくれたから私、ずっと海にいたのよ。私、ちゃんとあなたが好きなものになれたわ」

瞬間、突如としてティアの体温が急激に低下した
肌が触れ合う箇所からたちどころに凍り付いてしまう、少なくともナタリアにはそのように感じられる無明の極寒だった
まさしく夜の海のような冷たさと暗さを湛えたティアの肉体はナタリアにぴったりと絡みつき、彼女からあらゆるものを奪い去っていく
そうしてティアの深淵そのものの眼と唇が無表情のまま自らに接近してくる頃には、ナタリアの本能はすっかり恐怖と後悔に染まっていた
いっそ狂ってしまいたい。泣きわめいて暴れて、この状況が起こる前まで時を巻き戻してほしいとさえ思った
だが、それでもナタリアは気高かった。乱れる本能を理性で抑え込み、ティアにとって最善の選択肢を掴もうとする強さが彼女にはあった
それ故にナタリアはあくまでも拒絶の声をあげず、まっすぐにティアの深淵を睨み続けた

唇と唇が触れ合う瞬間、思わず顔を引きそうになったナタリアをティアは逃がさなかった
両腕をナタリアの首に絡ませて固定し、いつまでもいつまでも、盲目的に唇を合わせ続けた
ナタリアは自身を絡めとる冷たい腕に抱かれながら、今にも千切れ果てそうな心を繋ぎとめる事で精一杯だった
「ルーク」
息苦しくなったナタリアが呼吸のため口を開いた瞬間、ティアは彼女の口膣へ容赦なく舌を捻じ込んだ
体温を無くした何匹ものミミズが口の中を一斉に這い回る感覚に蹂躙されたナタリアの意識はいよいよ遠のき、一瞬でも気を抜けば二度と帰ってこれない場所へと連れ去られる寸前まで至っていた
そうした方が楽だと絶望する心の声から必死に耳を塞ぎながら、ナタリアは自身に残されたありったけの力を込め、繋ぎ止めるようにしてティアの体を抱きしめた
ティアはしばらく苦しそうな息を漏らしていたが、やがてナタリアを捕らえる腕を解き、力なくその場にへたり込んだ
ナタリアが触れた彼女の両肩には、ほのかな人間の体温が戻っていた

ティアは震えながらナタリアを見上げる。その眼は深淵から解放され、代わりに底知れない後悔と絶望に染まり切っていた
「ナ、タリア……?私、なんてひどい事を、あなたに、私」
ナタリアはこの日初めてティアから目を逸らした。それがどんな感情から来る行動なのか、ナタリア自身にもわからなかった
「いいのです、ティア。もう全て終わりました。だから、いいの」
幼子をあやす母のように、ナタリアはティアと目を合わせないまま優しく抱擁する
ティアは彼女の腕の中で終わらない懺悔を繰り返しながらいつまでも泣き続け、やがて操り糸が切れたようにぱたりと眠りに落ちた
ナタリアは眠るティアをそっとメイドへ託し、丁重に扱う事と専門医に診せる事、監視を付ける事を命じて応接室から下がらせた
頭を下げたメイドが扉を閉じた瞬間、一人残されたナタリアは俯いて深く息を吐いた

再び静寂が支配した応接室で、ナタリアは自身の唇を指でなぞった
二人分の唾液が混ぜ合わされた粘着質の銀糸が口の端から延び、プツンと切れる。ナタリアの涙腺が決壊したのは、それと同時だった
ドアを背にして床に座り込み、声にならない嗚咽を上げながらナタリアは泣いた
泣きながら、乙女の戒律や仲間への思い、アッシュへの罪悪感がない交ぜになったグロテスクな感情を腹の中で何度も味わった
やがて湧き上がる悪感情は耐え難い吐き気となってナタリアの胃を執拗に攻撃し、朝食を無残な吐瀉物へと変えて応接室の床に撒き散らす
手足や服が汚れるのも構わずあらゆるものを吐き出しきったナタリアは最後に数度激しくせき込んだ
そしてすっかり感情を無くした瞳でふらふらと立ち上がると、結婚式の準備をするため部屋を後にした
無人の応接室の窓から見える林檎の樹は陽の光を受け、沢山の葉を付けた枝を天へと伸ばしている
その枝の一つで、つがいを見つけた小鳥達が連なって嬉しそうに鳴いていた


ふぁぁ……今日は終わりじゃ終わり
なんじゃ坊……寝物語は一日で終わらせぬものだと何度も言っておろうに
いいか?女の欲はこれ合欲、男の欲はこれ業欲。坊が坊である以上は欲張らずに欲張りを受け入れる事が肝要じゃ。さもなきゃモテんぞー
次回はそうじゃなぁ、結婚式後の初夜でも……え?もうやった?いやー魔女も長いとどーでもいい事は忘れてしまっていかんの!
では改めて次回は『テイルズオブザレイズ・レイドイベント!エミルとマルタの結婚式~仲人はマギルゥ~』乞うご期待じゃ
……坊も中々にねちっこい性格よな。ベルベットに毒されておらんかー?だがこうなれば仕方あるまい!
占いを交えたマギルゥクイズで決着を付けようではないか!見事当てれば続きを話してやるぞー?
では問題!ナタリアとアッシュの間に子供はできる?できない?フィッチ・ウィッチ・フィッチ!
……ふふ、坊ならそう言うと思っておったよ。ま、マギルゥクイズは正解こそが不正解。不正解も当然不正解
よって坊はまだまだ修行が足りんかった訳じゃな!ええい知らぬ知らぬわ儂はもう寝る坊も寝ろ!
やっぱり未来は魔女のみぞ知るってわけでおやすみマギンプイじゃよー!

ふたば/TOA怪文書/ティア→ルーク

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作者:不明

ティア・グランツの朝はねぼすけなルークを起こすことから始まる
いつまでたっても起きてこない彼を優しく揺り起こした後
窓から差し込む暖かな朝の光を浴びながら、朝食の準備に取り掛かるのだ
…あの激動の旅が終わり、ティアとルークは国の保護観察下の中、現在は人里離れた場所でひっそりと暮らしていた
無理もない。仕方ないことだとティアは思う
なにせ自分の立場が立場だ。ルークにしても、『ルーク・フォン・ファブレ』を返したとはいえ同一人物が二人いては混乱の元となるだろう
それでもティアは幸せだった。ゆったりと過ぎる平穏な日々をルークと共に過ごせることは幸せだった
顔を洗い終え、それでも寝ぼけ眼を擦りながらやってきたルークを座らせる
そうしてティアの用意した朝食を美味しそうに平らげるルークを、
ティアはいつまでも目を細めて眺めていた

「久しぶりですね、ティア。…ごめんなさい、あまり会いにこれなくて」
申し訳なさそうな表情でナタリアが頭を下げた
それにティアは気にしないでと慌てて頭を上げさせる
今のナタリアはアッシュ…いや、ルーク・フォン・ファブレと結婚して多忙な日々を送っている
こうしてティアに会いに来る時間を作るのにも苦労したことだろう
「お変わりはありませんか?必要なものがあればすぐに言ってくださいね」
何も心配いらないと、ここ最近の出来事を話しながら家の中へと案内する
ティアの話を聞きながらナタリアもにこやかに微笑んでいた
その異臭を感じ取るまでは
さっと、ナタリアの表情が強張った。ティアの静止も聞かずズカズカとキッチンへ入り込むと異臭の源へと近づいていく
それは残飯入れだった。一度も食べられぬまま捨てられた大量の残飯がそこにはあった
「……ティア、あなた……」
今にも泣きそうな、怒りだしそうな、複数の感情でぐちゃぐちゃになった表情を浮かべるナタリアを
ティアは不思議そうな顔で見つめていた

……気がついたら。夜になっていた
ぼんやりとした頭で、ルークに夕食を用意しなければと思い出す
きっとお腹を空かせているだろう。文句の一つも言ってくるかもしれない…ちょっとは手伝ってくれてもいいのに…
この家での暮らしを始めてから上達した手際の良さを発揮して、ティアは手早く二人分の夕食を用意した
その出来上がりに自画自賛して、しんとした静寂に満ちた家の中、食事が用意できたわよとルークを呼んだ
そうしてテーブルに料理を並べ終え、自分も席に着こうとした瞬間
ズキンという痛みと共に目まいがティアを襲った
足がもつれ身体が倒れる。ルークが驚いた様子でこちらを見ている。反射的にルークに助けを求めて手を伸ばす
ルークがティアを抱き留め……られなかった
ティアの身体はルークをすり抜けていった。代わりに伸ばされたティアの手は無意識にテーブルクロスの端を掴み、そのまま落下していった
テーブルクロスが引きずり落とされ、その上に並べられていた二人分の料理が床にぶちまけられた

割れた皿、無残になった夕食、打ち付けられた衝撃に痛む身体
それらを一切気にすることなくティアはのそりと立ち上がる
そこには誰もいない
テーブルの対面。その椅子には誰も座ってはいない
誰も、最初からここには、ティアしか、いない……
ぶるぶると、身体が震え出す。引きつった顔に手を当て抑え込もうとするが一向にそれは収まらない
ふと、ティアは自分の頬を一筋の涙がつたっているのに気がついた
それがティア・グランツの号泣だった

ふたば/TOA怪文書/ティア

あの名文をまた読みたい人用のまとめ

スレッド:http://img.2chan.net/b/res/492704250.htmより
作者:不明


……ああ、来たのね。
待っていた、なんて言うつもりはないわ…私は冷たい女だから。
本当に…嫌になる。もっとナタリアに似れば良かったのに…その顔立ち、体格…そしてアッシュより少しだけ薄くなった赤い髪が…ああ、本当に。
でも不思議ね。そんなに瓜二つなのに、人格はまるで違うなんて。
まぁ、考えてみれば何ら不思議な事じゃないわよね…あなたは、親からの愛も、17年のきちんとした教育も、初めから互いに信頼し合える仲間も全部持っていたのですものね?

…ああ、それにしてもお笑いだった。以前にあなた、私が同じ時間を何度も繰り返している理由を、この世界が滅びるのを先送りにしたいからだなんて言うんだもの。
それで色々探し回って、もう大丈夫だから時間を戻してくれだなんて…勘違いも甚だしいわ。それとも、そうまでして彼を愚弄したかったのかしら。
人が死んだなら何かが残るけど、彼はこの世に居ないと存在した証を残せないの。だから彼の名誉の為に、彼が生きる時間を繋ぎとめなければならないのよ。
…おしゃべりが過ぎたわね。まあ…あなたは彼の事なんてちっとも考えて居ないのでしょうから、聞く耳は無い事ぐらい、はじめから分かっていたけれど。
始めましょう。 彼は絶対に渡さないから。

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