2ntブログ

1. スイート・ビター・ブラック(黒視点)
…………私の“顔”をよもや二度も目にかける人間がいるなど、想像したこともなかったが。不思議なこともあるものだ。
『あれ、ここは……あなたは黒(クリシュナ)?』
フフ。久しいな、マスター? ……その様子だと忘れてくれてはいないようだがな。
なに、最近おまえが碌にレムレム出来ていないようだから、アルジュナが心配したのやもしれんぞ。もっとも、こんな深淵にまで降りてくるとは私も思ってもみなかったが……。
ああ、心配せずとも、いまは手を出さん。些か業腹ではあるが、おまえには一度敗れた身である訳だし、何より……アルジュナの覚悟を傷つけるような真似は、私……俺にはできないのだから。
『……ねえ、黒(クリシュナ)』
なんだ。
『あれから、いろいろあって』
そのようだな。
『……アルジュナじゃないけど紛れもなくアルジュナで、……少しだけ違うアルジュナにも出会って』
…………、……そうだな。
『アルジュナにずっと寄り添ってくれて、支えてくれてありがとうね』
──────。
……勘違いはするな。俺はあくまでも「邪悪」なのだから。
おまえは俺という存在をこうも曝け出してくれたが、本来ならば生きていることがそもそも奇跡なのだと心得ておくがいい。今更野垂れ死にされてはアルジュナが困る。だから……こうして軽口を叩ける命があることだけに、感謝しろ。
…………ところで、だ。おまえの手に握られている、それはいったいなんだ? ……『自分も今しがた気がつきました』みたいな顔をされると此方の気が抜けるのだが……そう、その何やら甘ったるい香りがするそれだ……なに、チョコレート菓子だと?
『そういえば今日アルジュナと一緒に練習で作ったやつだ。一晩置いておくと味がより馴染むからって、一旦お開きになったけど、出来上がりが気になって……そうしたら夢の中に持ってきてしまったみたい』
なんだその能天気さは……いや。そうか、アルジュナと一緒に……か。
『ちょっと食べてみる?』
は……いやちょっと待て、何故そうキラキラと目を輝かせて……ええい、そうにじり寄ってくるな、まじまじと顔を覗き込むな! 殺されたいのか!?
わかった、俺の負けだ! 遠慮なく頂けばいいんだろう! まったく、おまえも邪悪極まりないマスターだな……!
ん…………苦みは控えめ、食感は軽くなく、かといって重すぎもせず。そして……
(ああ、これは……とても甘いな、アルジュナ。俺には勿体なさすぎる甘さだよ)



2. 何度でも、あなたと旅を(アルジュナ・オルタ視点)
これはマスター。今日もお元気そうで何よりです。
心なしか嬉しそうですが、何か良いことでもありましたか? その腕に抱えているものは……画面が二つあるゲーム機と、ゲームソフトですか。
『ガネーシャさんの部屋へお邪魔したら見つけたんだよー』
……なるほど。懐かしいものだったから借りてきた、と……そうだったのですね。私にも見せていただいても? ……ありがとうございます。
落ち着いた銀色の和風パッケージ。背景に薄らと見えるのはどこかの景色でしょうか。裏面には遊び方が載っていますね。 ふむふむ……愛らしい獣たちを捕まえて仲間にし、共に旅をするゲームですか。そして───
『そのキャラが気になる?』
はい。この深い群青の背びれを持つ、鳥のような竜のような白銀の獣。凛々しい顔つきの中にある、鋭くも優しい澄んだまなざし。なぜか既視感があるような気がして、不思議と目を引くのです。むむむ、何だったでしょうか……ううん……はっ。
わかりました、この既視感はアルジュナです。ああ、私ではないほうの、真のアルジュナと言うべきでしたね。
『そういえばマントの模様みたいだね。格好いいよねー』……よかった、わかっていただけますか。

なるほど……この獣は海を守る神なのですね。
その翼で誰かを傷つけてしまわぬように、深い海の底でひっそりと……彼はきっとやさしい神様なのでしょうね。テレパシー音声と項羽殿に何の関係があるのかについてはよく分かりませんでしたが……劇場版? 編纂事象のようなものでしょうか……。
ところで、マスター。このゲームは彼とも旅を楽しめるのですか? ……あ、いいえ、遊びたいという訳ではなくて。マスターが遊ぶために借りられたのですから、譲っていただくわけにはいきません。ただマスターが遊んでおられるのを、横からそっと見守りたい……私はそのように感じているようで───全然構わない、ですか?
『もちろん! 一緒に旅をしよう、アルジュナ(オルタ)』
……! はい、マスター。……ええ、真のアルジュナも誘って、3人で、ぜひ。
ガネーシャ様の依り代たる女性はどこかで善い出会いに恵まれたようですが……この優しい引きこもりである白銀の獣も、旅先で美しいものに出会えるといいですね。

~後日~
『アルジュナ、アルジュナ(オルタ)、準備はいい?』
はい、マスター。噂をたどり、大切な羽根と鈴を譲り受けて、薬とボールをカバンに詰めて……ついにここまでやってきました。大丈夫です、あなたの声はきっと届きますよ。
祭壇から降りて、「なみのり」で近づいて、話しかけて……いきます!
───おや。どうしてでしょう、群青色のヒレが桜色になっているような……アルジュナ? どうしたのですか?
『…………あの。マスター、まさかこれって、い』
『…………、……い』
い?
『『色違いだ(です)―――!?』』
なんと……真なるアルジュナの幸運A++、恐ろしい限りです…………。



3-1. その手に色彩を・上(アルジュナ・オルタ視点)
マスター、いらっしゃいませ。
ちょっとほかほかしているように見える、ですか? ……ええ、先程まで浴場にいたもので。
カルデアにサウナがないのは少しばかり残念ではありますが、やはりお風呂はいいものですね。手足の先、角と尻尾の先までしみじみと温まれます。
そうしてじっくりと温まったところで雪のように冷たいアイスクリームを戴くのも好いものですね。北欧の女王がとろけた様子で教えてくれました。真のアルジュナがラムネを勧めてくれたので、そちらも今度戴こうと思います。ああ、アシュヴァッターマンはいちご牛乳が気に入ったようですよ。
……マスター、如何なさいましたか? 私の指先をじっと見つめて……私の手に何かついていますか?
『そんなことないあるよ』
……あるのかないのかどちらなのでしょう。とはいえこのように硬く骨張った男の手を凝視しても面白くはないかと……そんなに見つめられるとこそばゆいと言いますか。
『足の爪もそうだけど、手の爪も綺麗な色をしているなーって』
ああ……なるほど、そういった理由でしたか。
とはいえ別に一手間掛けて青を塗っている訳ではないのです。気がついたらこうなっていたというか……一度神になったからこうなったのかも。
……ああ、そのような顔はどうかなさらないでください。かつてはあちらの私と同じく弓を引いていた身ですし、足はともかく手指を飾ってもすぐに剥がれ落ちてしまいますからね。ただそれだけのことですよ。

『ねえアルジュナー、くすぐったいんですけどー』
ふふ。マスターの手は柔らかいですね。小さな傷こそ幾つかありますが、じきに治るでしょう。
……マスター、どうかその柔い手を大事にしてくださいね。武器を取り、戦いに明け暮れ、擦り切れた戦士の手はこのようになめらかで手入れが行き届いている訳ではありませんから。今度あちらの私にも手を見せてもらうといいでしょう。かつての私と、きっと同じ手をしているはずです。
此処には皆がいます。あなたを心配し、助けてくれるひとがいる。人理を守ることが最優先であるとはいえ、あなたが健やかであることを何よりも望む英霊とて少なからず存在するのです。
『…………ありがとう、アルジュナ』
礼には及びません、マスター。……そうです、もし良かったらあのキラキラしたアーチャーに頼んで、爪、塗ってみませんか。
きっと鮮やかな色、明るい色が似合うと思うのです。あ、でも赤はちょっと……なんだかあの男と被りますし。心も爽やかになる、海のような青色/心も晴れやかになる、陽のような橙色は、いかがですか?



3-2. その手に色彩を・中(アルジュナ視点)
マスター、こんにちは。
本日のコンディションはいかがですか?……完璧ですと? ええ、たいへんよろしい。
……っ! 些か驚きましたが割といつものこと、とはいえ頬をいきなりむにむにする不意打ちはやめてくださいマスター、マースーター! ほら手を離して……おや、これは。
『じゃーん! なぎこさんに塗ってもらったのです』
そうだったのですね。ああ……ソラのように綺麗なグラデーション、よくお似合いです。
『色はアルジュナ(オルタ)に選んでもらったんだよ』
オルタの私に? ……あちらの私はなんというか、とことん自然体ですね……羨ましいような、気恥ずかしいような……いえ、何でもありません。
……? マスター、私の手に何か……手袋を取ってほしい?
それはもちろん構いませんが……はい、どうぞ。……マスター? あの、そんなに撫でられるとくすぐったいのですが。
『硬く骨張っていて、弓だこの潰れた痕がいくつも刻まれている……』
……ええ、そうですね。
私の手や腕は長く弓を引き続けたことで傷ついては治癒し、また傷つくことを繰り返した。お世辞にもガレス殿のように綺麗だと褒められるような手ではないでしょう。
『それでも、誰かのために戦い続けた人の手は綺麗だと思う』
──────。
ああ……ありがとうございます、マスター。
ですがマスター、あなたはこうなるべきではない。あなたは本来ならばありふれた日常を過ごすというささやかな幸せを噛みしめるべき只人なのであって、戦士ではないのですから。
だからどうか、その柔らかな手を大事に……え、オルタの私にも同じことを言われた?
そ、そうですか。とはいえあちらも正真正銘のアルジュナ、結局のところ私ですから、考えることは同じなのでしょうね。

───結論から言えば、敵はすべて撃ち滅ぼした。
私とマスターはレイシフト先で敵性勢力からの奇襲攻撃を受けたが、他のサーヴァント達とは別行動を取っている最中の出来事であったゆえに、必然的に戦力となるのは私だけだった。不慮の事故、と言うほかない。
繋がらない通信、届かない声。唇を噛んで震えながらも前方を睨んで立ち続けようとするマスターを、私は下がらせようとした。それでも首を頑なに縦に振ろうとしなかったその人は次の瞬間、その場にくずおれた。当然だ、私がマスターの意識を飛ばしたのだから。
そこからの記憶は朧気ではっきりしないのだけれど、ひたすらに矢を撃ったように思う。
撃って、撃って、撃ち続けて。殺して、殺して、殺し続けた。
……炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)がへし折れるのではないかと錯覚するほどに。

『……て、……損傷が……、至急帰還の準備を……!』
『…………ナ、ア……ジュ……、アルジュナ……!!』

……カルデアと連絡を取る仲間の声がする。灼けた土のにおいに混じって、どこか遠くに聞こえるそれを認識したとき、すぐ近くで泣き崩れるマスターの瞳から大粒の泪が私の頬に零れ落ちて花を咲かせた。
すぐさま立ち上がって、私は無事だと抱きしめて安心させてやりたかったけれど、身体はずんと重くて、言う事をまるで聞かなかった。
魔力を籠めすぎて灼け爛れ、ぼろぼろになった腕を持ち上げようとすると、背に手を回されてそのまま静かに抱え上げられる。誰かに手を強く握られ、その柔らかさと温かみをほんの僅か、それでも確かに感じた。
マスター、私は……大丈夫、です……から。だから……一緒に帰り、ましょう。
掠れた声をようやく絞り出して、微笑んで……そっと目を閉じる。
不思議と痛みはなかった。ただ少し、ほんの少し疲れただけだ。
ああ、せっかくの綺麗な手なのに、真っ赤な血でこんなにも汚れてしまって……その色はあなたにはちっとも似合わない。それなのに、こんなにも汚れてしまっているのに、あなたは。私の、傷だらけの手を離さないでいてくれるのか。
……マスター。誰かのために傷つき、泪を流すことができる、やさしいあなた。
あなたはきっと、気に留めてもいないのだろうけれど。あなたがこの手を綺麗だと言ってくれるような人だから、私はあなたのために命を懸けて戦えるのです。
そのためならば、この手がどんなに赤く染まろうとも、構わないのです。



3-3. その手に色彩を・下(アルジュナ視点)
───ふと、意識が浮上する。
湿った薬草のにおいに包まれた清潔な空間。真っ白な天井。
身体を起こそうとして、腹の上に何か重いものが載っていることにようやく気がつく。
……それが私の手を握ったまま、泣き疲れて小さな寝息を立てているマスターだったので酷く驚いて、なんとか声を出さないように堪えるのに少しばかり苦労した。
此処は……カルデアの医療室のようだ。
マスターに枕にされて起き上がれないので首だけ動かして周囲を見渡すと、ベッド脇のデスク上に臙脂色の布を敷いた籠が置いてあり、中に折り紙で出来た蓮の花が敷き詰められていた。
その隣には石の象のミニチュアと『リピート続出! 今日も元気にLOVE補充!』と書かれたお菓子のパッケージ、バナナがひと房。それらが余り紙の文鎮代わりに置かれている。
デスクの隅にはラムネの空き瓶。そこにたった一輪挿されたガーベラの花は燃えるような夕陽の色。
枕元にはいちご牛乳が無造作に置いてあった。
『ん……んん……』
ぼんやりと部屋の様子を眺めていると、もぞもぞとマスターの丸い頭が動いた。ぱちり、その目が開く。ああ……こんなにも泣き腫らして。
意識がそこではっきりとしたマスターが驚き、飛び退こうとしたのを見て、咄嗟に引き留めた。
握られていないほうの手をどうにか持ち上げて、ゆるゆるとマスターの頭に触れる。そのまま艶のある髪に触れて、そっとかき回した。
……かつて、己の息子にも同じことをした記憶がよみがえる。マスターは記憶の中の我が子よりほんの僅かに大きいくらいの、そんな年頃だろうか。
マスターはそのままおとなしく私に撫でられていたけれど、私が疲れて腕を下ろしたタイミングでそろりと起き上がった。それでも私の手を離そうとはしない。
どこか不満げに、仄かに赤くなってしまった目で私を睨んでいる。自分に散々心配を掛けた、この悪いサーヴァントに対してどんな言葉を掛けてやるべきか、どうにも迷っているようだった。だから……
───おはようございます、マスター。
そう優しく微笑めば、マスターは虚を衝かれたように暫く黙り込んでいたけれど、やがてくしゃり、と破顔して。
『…………おはよう、アルジュナ』

その後、『アルジュナのばかー! もっと自分を大事にして!』と言わんばかりに、お仕置きの名目でまた頬をむにむにっと揉みくちゃにされてしまったのだけれど。
ええ、マスター、その手つきは普段よりもずっと優しくて、温かいものだったように思うのです。見舞いに来てくれたオルタの私も参戦してきて、いつの間にかあなたが揉みくちゃにされる側になっていましたがね。……ふふ。
お仕置きが済むと、マスターは私の腕に巻かれている包帯を取り換えてくれた。ナイチンゲール女史に教わりながら、ゆっくりと、丁寧に。
『大丈夫って答えるのは暫く禁止するからね! 何かあったらすぐに言うんだよ』と、しっかり釘を刺しながら。……敵いませんね。
だからいま、私の手は忌むべき赤などどこにも見えず、汚れ一つない、目に眩しいほどの白色ですっかり包み込まれている。
……ああ、どうしましょうか。困りました。
私、あなたの弓となれるならそれだけでよかった筈なのに。
こんなにも愛を授けられてしまっては、当分の間は矢を放てそうにありませんね。



3-EX. その瞳の色彩は(アシュヴァッターマン視点)
マスター達がレイシフトから帰還したと見るや、ノウム・カルデアは急に騒がしくなった。
まあ聞けばアルジュナの奴……この場合は汎人類史の、よく知っているほうのアルジュナということになるが、なんでもマスターともども奇襲攻撃を受けたのだとか、全部一人で引き受けたとか何とかで。
……莫迦な奴だ、と内心で悪態をついた。昔からまるでなにも変わっちゃいない。
そうだ、いつだって多くの人に愛を授けられ、いつだって必死で報いようとするのに、自分自身に対してだけはおよそ例外に近かった。自分を大切にすることだけは壊滅的に下手な、不器用な男。昔から、昔から!
何とも言えないむしゃくしゃした感情が沸き起こる。
騒動の渦中にあいつがいることをこれ以上考えたくなかったので、ひとまず俺は食堂やレクリエーションルームといった人気の多い場所を避けて、シミュレーションルームを目指した。こういう時は身体を動かすに限ると相場が決まっているのだ。
だが。
「あ!? アルジュナ、テメェも怪我してんのかよ!?」
アルジュナではないアルジュナ、つまるところ異聞帯のほうが、黒衣や手元をぐっしょりと赤黒く染めたまま、シミュレーションルームの前で立ち尽くしていたのだ。
思わず怒鳴ってしまい、しまったと思うも時すでに遅く、アルジュナがゆっくりと顔を上げる。ああ、クソ───よりにもよって、今一番見たくなかった顔と目が合ってしまう。
「……アシュヴァッターマン」
アルジュナはどこか焦点の合わない瞳で俺を見つめている。薄めた墨の中に薄い紫とも青とも言えない色が浮かんでいるような、なんとも不思議な色をしているものだと、場違いにもそう思った。
アルジュナは何故自分がシミュレーターの前にいるのかも分かっていない様子だった。
「……これは私ではなく、あちらの私が」
「皆まで言うな。……もう分かった」
何故か俺のほうがどうにもいたたまれなくなり、アルジュナの言葉を遮る。奴はと言うと、不思議そうに首を傾げたあと、再び俯いてしまった。
「あー……とりあえず霊基を編み直せ、それか風呂行け。悪目立ちしてんぞ」
そう呼びかけても、アルジュナはその場からぴくりとも動かない。そもそも聞こえているのかどうかですらも分からなかった。そんな様子だったから、俺は───いったいどうしてそうしようと思ったのか、後ほど考えてもまったく理解に苦しむのだが、アルジュナの腕を引っ掴むと半ば引き摺るかたちで浴場に強制連行したのだった。

「……で、どうだ。ちっとは頭冷えたか」
風呂から上がり、アルジュナは俺の隣でラムネをちびちびと啜っている。ちなみにラムネは俺の奢りである。
「…………マスターを悲しませたことは悪、なのでしょうか」
徐にアルジュナが口を開く。俺とアルジュナのほかに誰もいない廊下に、瓶のなかでビー玉の転がる軽やかな音がやけに大きく響いた。
何が、とはあくまでも言わない。それでもこいつのことだ、恐らくそれは「自分自身にのみ」向けられている言葉なのだと薄々感じ取っていた。
「俺は同行した訳じゃねえから、詳しいことは知らないんだが……なあ、アルジュナよぉ。テメェはマスターの指示に従って別行動を取ったってことだよな?」
悲しみに眉を寄せたまま、アルジュナはこくりと頷く。
「で、テメェじゃねえほうのアルジュナもそれは同じって訳だ」
またゆっくりと、首が縦に振られる。
「………そのうえで、ああなったってことだろう。だったら誰にも非はねえよ。テメェも、テメェじゃねえほうも。もちろん、マスターにも」
アルジュナは、今度は動かなかった。唇が何か言いたげにふるりと一度だけ震えたが、奴はそれを噤み、ただじっと、俺の口が続きとなる言葉を紡ぐのを待っている。
「あー……つまりだ。あいつは自分がどんなに傷つこうともマスターを守り抜くことを良しとした。一度マスターを気絶させたのだって、殺戮という惨状を出来るだけ目に焼き付けさせたくなかったんだろうよ。……ソレが、裁かれなければならないような悪であるものか」
からり、またラムネ瓶が音を立てる。
「まあ、だからだ。間違っても自分やあいつを裁こうなんてするなよ。泪が出るのは心が生きている証だ。傍にいてやれなかったことを悔やまなくていい。そのかわり、あいつが起きたら怒れ。もっと自分を大事にしろと、皆に愛されていることを自覚しろと言ってやれ。……少なくとも、テメェの抱いた感情は邪悪などでは決してない。そこは俺が保障してやる」
───まあそれはテメェも割と同じだがな。無自覚なんだろうが、テメェら揃って無茶をしすぎなんだよ───とは、さすがに言えなかった。それが最初から出来たのなら、アルジュナはきっと神になどならなかっただろうから。
アルジュナは終始無言だったけれど、空になったラムネ瓶をぎゅっと握りしめるのが見えた。そのままひとつ、ふたつ、深呼吸をして、俺の顔を決意のこもった目で見据える。
「ありがとう」
瞳の色は先程よりも落ち着いて、いまは夜空の色を映していた。


・網籠いっぱいの蓮の花
色とりどりの紙で作られた、折り紙の蓮。見舞いに来たパールヴァティーとラクシュミー、巻き込まれたガネーシャが、刑部姫に手ほどきを受けてちまちまと折った。
ちなみに、ラクシュミーが折ったものは突然ゲーミングに発光し出すという謎めいた出来事もあったが、パールさんが女神様パワーでどうにかしてくれたようだ。
一緒に置かれたご利益のありそうなミニチュア象は、貯金箱にもなっている。

・愛のある? お菓子
カーマ神の忘れ物。祭事の折に作られた、嫌がらせのためだけに手を掛けた逸品。
別にパールヴァティーが煩くてしつこいから仕方なくお見舞いに来てあげたんです。仕方なくですよ、本当に。だいたい、あのインドラの息子ですよ? 別に心配なんてぜーんぜんしていません、していませんから!

・バナナ
猿族お墨付きのとっておきバナナ。甘くて、やわらかく、香り高い。
そのままでもいいけれど、誰かと一緒に食べれば、その美味しさは格別なものになるだろう。

・ラムネ瓶と一輪の花
風呂上りのおすすめラムネ。炭酸強めでしゅわりと弾けてすっきり爽快。
飲み物を美味しそうに見せるためか、透明度の高いガラスが使われている。
落ち込むアルジュナ・オルタを看かねたアシュヴァッターマンが特別に奢り、その空き瓶をどうしようかと考えていたところ、偶然通りがかった好敵手が『花を活けてはどうか』と提案。
ちびっ子たちに『お見舞いにはガーベラがいいのよ』と教わり、一輪だけ取り寄せた。
ガーベラは希望の花。夕陽に染まったそれは、「忍耐」という意味も込められている。

・いちご牛乳
風呂上りの人気ドリンク。おひとつ120QP。
いつの日か満足に飲めなかった牛乳を好きな時に飲むことができるという、あまりにもささやかな平穏、居心地のいい、夢のような場所。
早く怪我を治せとわざわざ口にするまでもなく、彼は仲間の快復を信じている。

| TOP |