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サクナヒメ

きんたの鍛冶小屋では黒炉の中で墨が白く輝き灼熱の炎を上げていた
「準備出来たっちゃ」
「うむ」
サクナヒメは腰に下げた剣を手に取った
「タマ爺・・・許せ」
そういってサクナヒメは星魂剣を炉の中へと投げ入れた
(ふむ、タマが生まれる時もこうだったのですかな)
灼熱の炎の中、タマ爺は自分の体が熱で変容していく様を感じていた
(そういえば、いつだったか田右衛門が申しておったな。人は死する時にこれまでのことを思い出すと
 あれはまことであったか。もう忘れて久しい事まで昨日のことのように思い出せるわい)
思い出すのは始めて前の主タケリビと出会った時のこと、タケリビと共に数多の戦場を駆け抜け力を振るったこと
鬼島へと訪れたこと、トヨハナと出会った時のこと、オオミズチと戦ったこと、そして・・・

『お、おおお!これが私の子か!でかしたぞトヨハナ!!』
『タケリビ様、ここは産屋でございます。その様な大声を出されてはトヨハナ様にも応えますぞ』
『よいのですよ、星魂剣よ。もう大分良くなっていますから』
『この度は無事のご出産、心より安堵しておりますじゃ』
剣の精はトヨハナヒメに頭を下げた
『お子様のお名前はすでにお決めになっているとか』
『ええ。夫とも話ており、娘ならばサクナヒメと名付けると決めておりました』
『サクナヒメにございますか。実に良い名でございますな』
『おー!見ろ、星魂。サクナが笑っておるぞ』
産まれて間もないサクナヒメが寝ている寝具をのぞき込みながらタケリビは後ろ手に手招きしている
剣の精が寝具をのぞき込むとそこには小さな赤子が笑っている姿があった
『たしかに、元気そうな赤子にございますな』
赤子はタケリビから剣の精へと視線を向ける
じっと見つめていた赤子の顔が次第に変わって行き
『ふ、ふぁ・・・あーー!あーーー!』
『星魂!我が娘を泣かせたな』
『そ、その様なつもりは』
『お主の人食い虎の様な顔が悪いのだ!もっと愛嬌のある姿に変化せい!』
『そ、そう仰りましても私は剣にございます故、その様な姿には』
『もう打ち折れ、剣としては使い物にならぬだろうが』
『な、なんと。まさかその様な言葉をタケリビ様から聞こうとは・・・』
剣の精はうつむき体を震わせる
『お、おいどうしたのだ』
『アナタ!』
剣の精の様子に慌てるタケリビにトヨハナヒメの一喝が飛んだ
『それが苦楽をともにし数多の戦場を共に駆け抜けた愛剣に向けていう言葉ですか!
 持ち手の腕の無さでたたき折られたにもかかわらず今も慕い使えてくれている星魂剣が哀れと思わぬのですか
 貴方の言葉は常に十も二十も足りないといつも申しておるではありませぬか!
 いつになりましたらそのことを改めるのです!サクナヒメをこちらに』
しょんぼりとしたタケリビがサクナヒメを抱きかかえトヨハナヒメへと渡すと鳴き叫ぶサクナヒメを優しくあやし始めた
『星魂剣よ、我が夫タケリビは其方の事を侮辱しているのではありませぬ。
 打ち折れ、剣としての役目を終えたのならば剣という事を忘れ自由に生きてみよと申しておるのですよ』
『そう、それだ。私はそれをいい』
『黙りなさい』
『む・・・うむ』
『自由に・・・ですか』
『そうです。まず始めにサクナヒメをあやしてみなさい』
『で、ですが先ほど』
『赤子をあやすなど剣にはほど遠い事、なればこそ挑戦するのですよ星魂剣よ』
剣の精はゆっくりとサクヤヒメに近づく
その距離が短くなるにつれサクナヒメは恐がり、トヨハナヒメにしっかりとしがみついた
剣の精は悩んだ、一体どうすればと
悩んだ末の苦し紛れに剣の精は舌を出した
サクナヒメは剣の精が出した舌に興味を持ったようだ
剣の精はそのままひょろひょろと舌を動かした
「う、あ・・・あーい。あーうー」
サクナヒメがわらって剣の精に手を伸ばした
剣の精は赤子をあやしたのだ
『はっはっは。苦し紛れの小手先を成功させるとは流石は我が相棒よ。はーっはっはっは』
タケリビはそんな二人を見て大いに笑うのだった

(思えばあの頃から舌を出すのが癖になってしまいましたな)
タマは昔懐かしい思い出に浸っていた
(そうそう、この「タマ」という名もおひいさまから頂戴した名前でしたな。
 『球の様に丸いからタマ』とは剣としてはいささか不服ではございましたが今の私には相応しい名だと
 お二人も笑っておられましたなぁ・・・
 その後、お二人と引き離されたおひいさまはその寂しさを紛らわすかのように自堕落な生活を送るようになり
 タマも主タケリビ様と別れる悲しさと虚しさを知る身としてその様な生活を強く正すことが出来ぬままでしたが
 なんの縁(えにし)か、あの人の子等と出会い、ご両親出会いの地であるこの鬼島へと渡り、ここでの生活をへて
 おひいさまはまるで別人のように心身共に強くお育ちに成りました。
 戦うお姿はタケリビ様、田を耕す姿はトヨハナヒメ様、お二人の面影がタマの目にはしっかりと見えておりましたぞ
 果てはかの龍神オオミズチと戦うことを決意されるとは。このタマ、夢にも思いませんでしたぞ)
タマは限界に近いことを悟った
この体は溶ける寸前であると
最後に一目とタマは炉の外へと意識を向ける
そこにいたのは
手を強く握りしめ、涙一つも流さず確固たる決意と覚悟を顔に浮かべたサクナヒメの姿であった
強い意志を宿した目は刹那も揺らぐこと無く炉の中にいる星魂剣を見つめていた
(お、おぉ。おひいさま、まことに・・・まことに強くなられましたな)
タマは心の底より溢れ出す笑顔と涙を浮かべ

消えた

「タマ爺・・・」
黒炉の中で溶けて剣の形を失って行く星魂剣を見てサクナヒメはつぶやいた
「きんた、後は任せる」
「あぁまかしぇろ。オラの命さ変えてでも打ち出してみせらぁ」
「バカモノ。ワシはこれからお前達の命を護るために戦うのだぞ。その命をここで散らすな
 それにその心意気があればタマ爺は必ずお前を導くだろう
 タマ爺とはそういう・・・そういう奴じゃ」
そう言い残し、サクナヒメは鍛冶小屋を後にするのだった

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