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ふたば/Fate/ウェイグレ

夢を見ていた。
長い長い幸せな夢を。
ただ、あまりにも幸せ過ぎて…。

「つまりだ、レディ。」
愛おしくしかめ面しい顔が、ソファに横たえられた私の目の前にある。
恥ずかしくてフードを目深にかぶった。
「廊下で倒れていたのは、ただ眠って夢を見ていただけで特に体調に異常はないと、そういうことでいいかね?」
そうなのだ。いつも通り朝方に師匠の家に 突然眠くなってその場で眠ってしまったみたいなのだ。もう日が傾き、夕日が部屋を照らしている。いつもより、散らかっていて…というか何か魔術儀式をしていたみたいだった。真ん中に石ころが置いてある。師匠だって魔術師だ。自身の工房で魔術の実験をしていること自体には何も不思議なところはない。
「…ふむ。」
師匠が咳ばらいをひとつした。
「あっ、すみません…。まだ、ぼんやりして夢の中みたいで…。」
「夢か…。夢というのは古来より魔術によく用いられる。現実をごまかすのに都合がいいからな。未来を占い、探し物を見つける。時に人を呪うのにも使われる。ただ気を付けなければならないのは、夢を魔術に用いると往々にして多くのものが巻き込まれる、という点だ。」
「巻き込まれる?」
「ああ。そもそも自身が夢を見るという行為はそれで完結している。一見周りには何も影響がないように見える。ただ、そこで終わってしまっては魔術も何もない。現実を引き込み、夢との境をあいまいにしないと意味があまりない。夢に関する魔術で比較的簡単なものは自己暗示で記憶を探り、過去の世界を再現することだ。しかし、それは単に思い出すのとそう変わるものではない。基準となるのが術者という“点”だからな。そこでもう一段進み、物や他者を媒介にして、夢をみるというものだ。こうなると術者という“点”と媒介という“点”がつながり“線”になる。広がりができるわけだ。これによってより多くのものを対象とすることができる。逆に言うと点と点の間にあるものを巻き込んでしまうということだ。一般的な魔術であるならば当然対象は選ぶわけだが、そもそも夢を用いた魔術というのは制御を外すことで大きな効果を得ようとするものだからそういった細かい選択というのは難しい。できないわけではないがね。夢魔といわれる存在までになると、対象も意思を持たないものにまで及ぶという。私程度ではそんな芸当はできないわけだが…。」
そういって少し気まずそうに“石”を眺める。
「師匠、その“石”はなんですか?」
気になって尋ねたが、
「ふむ…。」
師匠の口ぶりは重い。
「あっ…。いや、どうしても知りたいというわけじゃないんです。ただ、掃除するときに触っていいものかどうか知りたくて…。」
「そういう意味ならレディ。特に問題ないだろう。これは霊墓アルビオンから拝借した石だ。ちょっと試したいことがあってね。」
「え?」
意外とそれは大変なことではないだろうか?密輸?とかそういうことにはならないのだろうか?
「この程度は役得として許されるだろうと思って持ち出したんだがね。やはり私程度の腕ではまともに使いこなせないようだ。」
本当に悔しそうに言う。
「拙に何か手伝えることがあれば…。」
「ああ、いやなんといったらいいか…。」
じっと師匠を見つめる。
「ああ、そんな目で見ないでくれレディ。白状しよう。知っての通り霊墓アルビオンは竜になぞらえられる。少なからず竜の属性を持つわけだ。そしてかの王も竜の属性を持つという。手がかりも何もなく調べるのも難しいと思ってね。同じまれな属性から多少なりとも探れないかと魔術師らしく夢占いでもしようと思ったわけだ。結果は無残なものだったがね。」
「ありがたいですけど…無理はしないでください…。」
そう窘めながらもなにか違和感があった。隠してはいないけれども、師匠は核心となることを言っていない。
「竜の夢というのは、古来から人を巻き込むものだ。力ある竜に人の精神が取り込まれるわけだ。当然複数の人間を取り込むこともある。夢の中でまるで町のようなものを形作ることもある。ふむ…さながら大規模同時参加型のオンラインゲームのようなものだな。それ自体は共感魔術としてさして珍しいものでもない。ただ問題は、その中で人は過去や未来に生きることもあるということだ。竜の魔力は莫大だ。取り込む情報の量と精度が人の比ではない。結果としてそういうことも起きてしまう。」
ええと、つまり…
「長くなってしまって済まないレディ。つまりだ。私はこの石を頼りに夢占いに類する魔術を行おうとした。この石には竜の属性がある。基本的には私から縁遠いものだ。そこに無理やり線を引いた。そしてたまたま、いや必然と事前に理解していないといけなかったが、私と竜の属性との間に位置するものがあった。」
「…ひょっとして、拙ですか?」
「ああ。だから、私の不出来な魔術に巻き込んでしまったんだ。申し訳ない。」
え…ということは…あの…夢を…師匠に見られていた…?いや…あの師匠は…師匠だった…?しかも…未来?顔が紅潮していくのが分かる。わかるけれど止められない。
「いや未来は基本的には一つの形ではないといわれている。竜の夢とはいえ必ず実現するものではない。気にはしないことだ。」
言葉が出ない。
「義兄上。いい夢を見ていたみたいだ。現実になるかもしれないぐらい言ってやり給えよ。」
「…え?ライネスさん?いらっしゃったんですか?」
「二人だけの世界に浸ってたのはわかってたけど、そういう言われ方は傷つくな。」
「いえ…決して、そういう意味では…。」
「ライネスにはその石を見つかってしまってね。不本意ながら手伝ってもらった。」
眉間の皴を深くしながら師匠はため息をつくように言った。
「兄上がご禁制のものを使ってまで危ない橋を渡ろうとしてるんだ。妹として、こんな面白い…おっと、こんな心配なことはないだろう?手助けするのは当然の話さ。」
言葉もない。
「おっと、後片付けは私がやっておくから、二人はもう出給え。あの夢の始まりの店の予約はとってある。二人で楽しんでき給えよ。」
にやにやとした顔に見送られ師匠と二人顔を合わせることもできず部屋を出ることになったのだった。

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