あの名文をまた読みたい人用のまとめ
スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第4章より
作者:不明
小ネタ投下。
息子付のメイドを脅す最低な貴族の雇主。
「旦那様っ……おやめ……くださいっ……!!」
豪華な屋敷の一室。その施錠をしっかりされた書斎の年代物のカウチの上で、服を着たまま絡み合う親子ほど年の離れた男女。
男は女を逃がさないというかのように後ろから抱きしめ、メイド服のスカートをめくり上げて女の熟れた蜜壺を指で蹂躙していた。
「ここは、そうは言ってないようだね」
「あっ……んっ!」
そう嬉しそうに言って、男は女の蜜壺をかき回していた指をもったいぶって引き抜くと、女の前に持ってきて見せつける。
その指に絡みついている蜜はすでに粘着を帯びていた。女が感じているという動かぬ証拠。
「お願いですからっ……言いつけどおりあの方とは、別れたのに、止めてください」
「だから私は、君の望み通りに、リスティンには言わなかっただろう?」
リスティンとは男の息子。彼女はそのお付メイド。
男は悪びれた様子もなく、また蜜壺を味わうように、指で蹂躙する。そこはもうとろけそうに惚けていた。
いつまでも触っていたいという気持ちにさせるほどの柔らかさに、男はそこに別のモノが入れたくなる。
女の中は……指ではなく男の本物が欲しいというかのように、中がひくつく。
「まぁ、私もリスティンと親子げんかするつもりはないからね」
耳元でそう舐めながら囁かれると、ビクンと女の体がはねた。
「んんっ!!」
「リスティンはいい息子に育ったから、君が親友のロルフ君と別れた理由を知ったら……きっと私を嫌うだろうな、それだけは避けたい」
「んはぁ、はっ!! あぁ、だめぇ……だめですっ……あぁだめ、なのに」
「そうだよね、駄目だよね、でも私は君が欲しい、欲しくて欲しくて……君を脅迫するぐらいに」
彼女と男は初めは使用人と雇主という間柄だった。
なのに息子に献身的に尽くしてくれる彼女を見て、自分が尽くされたい、優しくしてもらいたいと思ったのは、なぜなのか。
小さいころから貴族としての両親の冷え切った夫婦関係を見て、そして自分も政略結婚で同じ轍を送ってきた。
幸いにも子供たちとは友好的な関係だったが、そんな男だったからこそ、家族的な温かいまなざしを向ける女につい目がいってしまったのだと思ったのだが。
――――違った。
ある日、彼女と息子の友人ロルフが淡い恋心をお互い抱き、交際を始めたことを知った。
息子の友人とはいえ、ロルフの家は代々続く医者の家系。名家ではあるが貴族ではなく……二人の間には障害もない。
そう理解した時、男は彼女を犯した。何度も何度も、調教するように。そして今では彼女は、嫌でも男の愛撫に応えてしまう。
――――男は、彼女を愛してしまったのだ。
ぎくしゃくしだした彼女とロルフの関係に、もうひと押し。
「別れなければ彼に自分との関係をばらす、それとも私としている所を彼にみせるかい?」
という一言で、彼女は涙ながらに彼と別れた。
こんな汚い――――私を彼には、彼にだけには知られたくないと涙ながらに語る。
一度は行為中に舌を噛み切ろうとされ、あわてて猿轡の代わりに、男は惜しみなく自分の腕を差し出した。
血が出るほどの深い傷に、女は我に返り。それからは、自害する気力も削がれたらしく、彼女はメイドの仕事をする以外はただの男の玩具に成り下がっていた。
「どう、したら……やめてくれ、ますか?」
涙ながらに、そう言い続ける彼女に、どうしたら彼女を愛することを止められるのか……それは私の方が知りたいと。
猛る自身を彼女に押し当て、貫き、これ以上拒否の言葉を聞きたくないと、彼女の理性を失わせる。
溶けそうに濡れそして絡みついてくる彼女の中。
男も理性を無くし、ただ男が動くたびに敏感に反応を返す、彼女の体に耽る。
その先に、暗澹とした未来しか見えないとしても、彼女を手放すことなんて男にはできない相談だった。
「どういう事なんだ、アーネ……」
青年は自分が見た光景が信じられなかった。
今でも夢でも見たのではないかと、幼馴染であり姉のようでもあるメイドに詰め寄った。
しかし、アーネはこの質問をするまで笑顔だった顔を、真っ青にし背けるだけで何も答えない。
――それもそのはずだ。
青年が質しているのは、妻も子供もいる男とアーネの不義。しかも、相手は青年の父親だった。
そして一昨日までは確かに、アーネは青年の親友ロルフと付き合っていたのだ。
だがアーネからソレを一方的に解消してくれと言われたと、ロルフから本当の訳を知りたいと詰め寄られた。
信じられなかった。二人は青年から見ても愛し合っていて、彼は真面目に結婚まできちんと見据えていたからだ。
それで、あまり知られたくない会話をしなくてはならなかったので、人目につかないようにと、夜分にアーネの部屋を訪れるようとすると。
アーネの部屋から人目を避けるように父親が出てきた……。
なにかあったのだろうかと、不安になり。そしてノックの音にも反応しない部屋の主に心配になり。
紳士としての禁をやぶり、ドアを恐る恐る少し開けるとそこには――誤解しようもなく、情事の後が色濃く残っていた。
使用人用の粗末なベッドに、放心しながら寝そべっているアーネの衣服は乱れ、普段は見る事ができない部分の肌をあらわにしている。
その肌は色香が香るように上気し……。目が奪われた。
しかし、すぐに我に返り、彼女に気付かれる前に、青年は自分の部屋に帰る。自分が動揺しすぎているので冷静になって改めて問い正す事にした。
今、目の前にいる彼女は清楚なメイド。あのベッドの上の艶めかしさとは別人で……。
そう考えてしまって、彼女に失礼だと青年は慌ててその想像を打ち消す。
「もしかして……父上との関係が先で、父上を忘れるためにロルフの気持ちを受け入れたの?」
考えられる筋書はこうだった。
父はもう四十近いが息子の目から見ても年を感じさせない魅力的な男で、親子ほど歳が離れていようとアーネが好きになってもおかしくはない。
父親の事は公私ともに尊敬するほど子供にはいい父だったが、母との関係は冷え切っていたのでいままで遊び相手が何人かいた事は知っている。
前に母の嫌いな婦人に手を出してしまい、怒らせてからは女性関係には最近はおとなしくしていたようだったが……。
父はアーネの気持ちを知って、母に知られないように手短な所で済ませたのだろうか。
メイドとの軽い火遊びは上流階級ではよく聞くことだった。
しかし二人の未来がある訳でもなく、アーネがロルフの気持ちを受け入れたのは、父を好きでも諦めようとしたという事だろうか。
でもそう推理しながらも、何かがおかしいと青年は引っかかっていたけれど。
「…………っ……そうです。私がすべて悪いんです。私が……」
長い間があってようやくアーネは肯定した。しかしアーネの様子はかなりおかしい。
青年は家族よりも長い時間一緒にいるのである、彼女の嘘を見抜いた。何かにおびえているような――その相手は一人しかいない。
「もしかして、無理矢理なのか?」
「……っ」
答えることが出来ないといって、顔をそらす様子が無言の肯定だった。
違和感の正体。それは彼女は本当にロルフに恋をしているようにしか見えなかったから。
「何時からなんだ」
「三月ほど前から……です」
それは忘れるわけもない。ロルフと彼女が付き合った頃で、彼女がそんな時にそんなことを持ちかけるわけがない。
父親の非道さを、再確認する。彼女はいつの間にか泣き出していた。
「戯れにしても度がすぎる……」
父の事は好きだ、好きだけれど……だからと言ってそれを肯定してしまえるほど、彼は父親に恭順しているわけではない。
彼女を抱きしめてその涙を止めてあげたい、しかしそれは自分の役割ではないとこらえて、青年は父に抗議しに行こうと思った。
「父に直接、質しに行く!!」
「おやめくださいっ……!」
「心配するな、僕が勝手に気づいたことにして、君には迷惑を掛けない。君とロルフに僕は幸せになってほしいんだ!」
そう言い捨てると、青年は父親が今時分ならいるであろう書斎に向かう。その足取りは青年の怒りの気持ちのままに乱暴だった。
「無理だ……と、思います」
取り残された部屋で、消え入るようにようにアーネがそう呟いているのも知らず。
彼はまだこの時は、自分の父親は"父"だと信じていた。
「父上、アーネと別れてください!」
言い辛い事は、遠回しな事をせず一気に行ってしまう方がいい。青年は父親に簡潔に用件のみを言った。
書斎の主は、書類から顔をあげると、顔をこわばらせる。
「なぜ知った?」
「偶然にも見ました」
「…………お前は、アーネを愛しているのか?」
「はい、勿論です。大事な幼馴染であり、姉でもあり、使用人以上に大事にしています。それは父上も承知でしょう?」
「……」
「雇いはじめた使用人ならともかく、アーネは大事な……家族にも近しい存在です。
だから先の見えない戯れで、彼女をこれ以上振り回さずに、私の親友のロルフとの結婚を認め――」
「先の見えない? 戯れ?」
父親は青年の言葉がとても可笑しいようで、言葉を遮った。
「私は、彼女を愛しているよ」
「だったらっ……」
父親の様子がおかしい。しかしそんなことは構ってられない。アーネとロルフの未来のためにはここは引けなかった。しかし――。
「私は息子のお前も、自分でも驚くぐらい愛している」
「……? ありがとうございます、父上」
この期に及んで、突然父親は何を言い出すのかと青年はいぶかしんだが、次の言葉と冷たい声音に背筋が凍る。
「けれど、アーネと私の仲を邪魔するというのなら、その愛は揺らいでしまうよ?」
「ち、父上……?」
「もう一度言う、私は彼女を愛している。お前にも、誰だろうが邪魔はさせない。邪魔をするというのなら……分かるね?」
「父上!」
その顔はすでに父親ではなく、恋に狂った男の顔だった。
狂気さえも孕んだそれは、男だろうが、親だろうが……ゾッとするように危険な魅力が漂っている。
それに魅入られるのは破滅だとわかっていてもなお、引きつけてやまない抗いがたい引力。
そしてその魅力を引き出したのはアーネ。
「愛しい人と抱き合うことがこんなに幸せな心地になるということを、私は初めて知ったんだよ」
――抱き合ってなどいない。
あのアーネの様子を見れば父上のは一方的な愛だ。そう言いかけたが、ある間違った意味でひたむきな父親に口を挟むのは躊躇う。
目の前にいるのは、誰だ。先ほどまで自分が秘密を暴き出すまでは確かに、父親だったのに。この歪な幸せを甘受している男は……。
「私はお前が可愛いんだよ、我が息子よ。だから、判るね?」
二度目の念を押す笑顔はとても昏い。壮絶な重圧を感じる。彼は聡かったのでその言葉に、隠された意味を読み取った。
自分は息子だから警告だけで済んだが――ロルフは違う、と言われているようなものだ。
父親は、ロルフの身さえも脅かそうとしている、だからアーネは逃げられない。やっとの事でこう頼む。
「お願いですからアーネに酷いことだけは……しないでください……」
「私が、まさか?」
何を言うんだ、と自分がしている事を全くわかっていない。その表情だけでこの目の前のただ恋する男に何を言っても、通じない事を青年は悟った。
父親の書斎を出て、盛大なため息をつく。
――――こんな事になる為に、思いをあきらめた訳じゃないのに。
青年はアーネが好きだった。幼い頃の淡い初恋。父親は使用人と親しくなることに、貴族としての自覚と公私を使い分ければ特に垣根を設けなかった。
しかし、母親は違った。貴族として当たり前だが使用人は道具で、必要以上に頼ることなんてしない。いくらでも替えの利く代替え品。
身分の違いは人としての尊厳さえも許されないというタイプだった。
だから、青年は幼いながらも自分が「好き」というとアーネを困らせることがわかっていたので……彼女への気持ちをあきらめたつもりだった。
そう、ロルフと彼女が出会うまでは。そして正式に付き合うと聞くまでは。胸が張り裂けそうに痛んだが、彼女を愛していたから、だからあきらめた。
万が一思いが通じ合おうと、自分では彼女を幸せにできないとわかっていたから。
それなのに、父親は愛の名のもとにあっさりとその垣根を破壊し――――ロルフを盾に無理やり彼女を。
気が付けばいつの間にか、こぶしを壁に叩きつけていた。どうすれば彼女が救われるんだ――連れて逃げるか。いいや、無理だ。
例え他国へ渡ったとしても、あの父親ならば狂気に駆られて地の果てでも追ってくるだろう。青年の手の内などすべて見通されてしまう。
それにしてもまずは、青年の答えを待っている親友に……何と説明していいのだろうか。
どう親友に伝えればアーネの心が少しでも軽くなるのか考えて、青年は打ち沈んだ心地で、約束の場所へと向かうのだった。
終。
幼い頃、両親が流行病で死んでしまった少女は、運よく近所の人の世話で貴族の家の使用人になる仕事を紹介してもらえた。
紹介されたお屋敷は立派で、今まで見たことのない……絵本の中で見るような世界。
その屋敷の旦那様も奥様もお子様もとてもお美しくて、王様と女王様と王子様だと幼心に思うほどだった。
奥様はその美しさを反映するように冷たく厳しかったが、旦那様は目が合えば、使用人だろうと微笑みを交わしてくれ。
珍しいお菓子が手に入っては使用人にもくばってくれる、素敵なお兄さんのようで。
そして、アーネはそんな旦那様に年の近いリスティンさまをよろしく頼むねと、言われてお傍につくようになった。
初めて働くという事に、やはり戸惑いや失敗や、辛いことも多くあったが。
一つ年下のリスティンさまは優しくて姉のように慕ってくれ、使用人のみんなも優しく、メイド長はまるで母親のように少女を厳しくも優しく指導してくれた。
家族を亡くしてしまった幼い少女には、とても居心地がよく。他の家の使用人と話すと、自分が勤めている屋敷の待遇がいかに素晴らしいか彼女は知った。
そんな温かいお屋敷にしている旦那様を、雇主として尊敬していた。
季節は廻り、少女は大人になっていった。リスティンさまは寄宿学校に通うことになり、少しさびしかったが、手紙を書いた。
そんなリスティンさまの何度目の休暇で帰省した時の事だっただろうか。親友だと言って、紹介してもらった青年、ロルフさま。
初めは冷たい印象のする方だと思った。朗らかなリスティンさまの親友とは思えないぐらい寡黙でクールな方だった。
けれど、意外に甘いものが好きでいらっしゃるとか、ちょっとしたことで照れてしまうところとか、真顔でさらりと褒めてくれる所とか。
時折見せてくれる笑顔に――胸がときめいてしまうのを隠しきれなかった。二人でいるときの沈黙でさえも心地よかった。
何よりも、立派な医者になって貴賤の区別なく病気の人を直したいという情熱。それが幼い頃両親を失った少女にはまぶしくて。
季節の折に何かとカードのやり取りをし、それが手紙となって、定期的な文通となり。リスティンさまの帰省に合わせて必ず遊びに来てくれる。
そして一年後。スクールを卒業した彼に、恋人になってくれないかとさらりと言われた。首を縦に振るしかなくて、その時初めて触れるだけのキスをした。
リスティンさまにも「おめでとう、ロルフなら一安心だ」と笑顔で祝福をされて、人生で一番幸せだった。のに。
その数日後。私は旦那様に書斎に呼ばれ……愛していると囁かれながら犯された。
信じられない出来事に、体と心が付いて行かない。嘘だとただの戯れだと思っていたのに、旦那様はその日以来何度も何度も愛してると言って――。
何故自分なのかわからなかった。旦那様は魅力的な美丈夫で、年を重ねても幼い時の印象のままに素敵な方で。
相手が一介のメイドでなくても、戯れ相手は望めばいくらでも手に入るだろうに。尊敬していた旦那様の豹変と裏切りに、心が痛い。
ロルフさまに会いたい――でも会えない、こんな汚れた自分で会いたくない。
そんなジレンマと誰にも言えない秘密を抱えながら、恥ずべき事だとわかっていても、ロルフさまと会うことはやめられなかった。
そして抱きしめてもらうが、身勝手にもキスは拒否した。旦那様に口での行為も強要されていたから、キスなんてできなかった。
会う時は全力で笑顔を作って、そして彼と別れて一人になると自分を抱きしめながら泣いた。
重大な裏切り行為を働いている自分。こんなのは許されない。でも……彼に会う事だけが、支えだった。生きている理由だった。
本当なら、別れなければいけない。でも、その決心がつかなかった。臆病でずるい自分。
しかし、ロルフさまを愛しているからこそ、無理矢理開かれる体と心の均衡が取れなくなる。体は心を裏切って淫らに感じてしまう。
何度目かの旦那様の呼び出し。ベッドの上で組み敷かれながら、舌を噛み切ろうとした。
旦那様は強引に自分の腕で、それを阻む。肉を噛む嫌な感触と血の味が口の中に広がって、はっと我に返る。
自分がとんでもないことをしてしまったと気が付いた。しかし旦那様は腕の痛みを感じていないかのごとく、狂気と熱を孕んだ瞳で囁く。
「君が死んだら、私は何をしてしまうかわからない……」
そう言われると、もう自害は出来なかった。
旦那様ははっきりとは仰らないが、もし自害でもしたらロルフさまを……という事だろうと。愛する人を守りたいという直感で気づく。
――死ぬことも、許されない、の?
段々と、旦那様の要求はエスカレートしていき、そして最終的にロルフさまと別れるように言われた。
しかし、いいきっかけだったのかも知れない、自分は彼にふさわしくないのだから。
ある日とうとうリスティンさまに、この背徳の行為を知られてしまった。
旦那様を尊敬している彼には、本当の事など言えるはずもなく。しかし長い付き合いだからかすぐに見抜かれる。
父上を諌めてくるといって怒って部屋を飛び出した彼だったが――苦悩の表情で帰ってきた。
やはり息子であるリスティンさまが諌めても、旦那様は変わらない。あのおぞましい行為を、やめてくれない。
ロルフさまだけにはおっしゃらないでくださいとすがった。リスティンさまに知られただけでも、今すぐにでも消え去りたいのに。
彼に知られると言う想像だけで、どうにかなってしまいそうだった。
お優しいリスティンさまは泣きそうな顔で「何も出来なくてごめん」と謝り、それに頷いてくれた。
それからはロルフさまの事を考えながら抱かれ続けた。目を瞑り、耳を塞ぎ、この快楽は愛しい彼に与えられているものだと。そう思い込む。
嫌がっていた時は乱暴だった旦那様も最近は、まるで恋人同士のように優しく抱いてくるようになったので、その空想の中に逃げ込むのはたやすかった。
そんな中でも、ロルフさまからの手紙が届く――――愛していると。
破り捨てようとしても、その筆跡だけでも愛しくて、恋しくて、旦那様には見つからないように隠し持つ。
屋敷の人達に、旦那様と関係したと知られてしまうのはすぐだった。
リスティンさまに露見してからは、旦那様はもう恐れるものはないかというごとく。朝も、昼も、庭園や厩舎などの人目のつかない野外でさえも求めてきたからだ。
使用人達は段々とよそよそしくなり冷たくなった。旦那様を誑かす同僚とはどう接していいかわからなかかったからだろう。
母とも言えるかわいがってくれたメイド長は、冷たくはなかったのだけれど。本当のことがいえず旦那様との関係を正そうとはしない私に愛想をつかした。
好色な目で男使用人からは見られ、誘いをかけてくる男たちもいたが……そんな使用人は気が付くと屋敷に居なくなっていた。
その後に使用人達の悪意から守るためだ、メイドの仕事なんてしなくていいと言って、比較的通いやすい領地に、ヴィラを用意すると旦那様は言い出した。
「そんな私ごときにいけません」
拒否すると旦那様はとたんに不機嫌になって、乱暴に私を床に押し倒し、服を破るように脱がせる。
前戯もなくまだ十分に濡れそぼっていない蜜壺を無理矢理貫かれて、旦那様は自身で痛いほど乱暴に貫きながら、耳元でささやく。
「アレが会いに来るのを期待しているのだったら……無駄だよ」
確かにこの屋敷にいればどういう形であれロルフさまとお会いできるかもしれない。けれど、でも、もう会う期待はしていなかった。
「そうではなくぅ……あっ、はっ、そんな、ことっされてはぁっ……!奥様に、申し訳が……」
「そう言って、会いたいのだろうっ……?」
正常位から、繋がったまま足を持ち上げられ旦那様は肩にそれを掛けた。
斜めに旦那様のモノが入って違う角度で内壁を蹂躙し、無理矢理入れられたはずのそこはもう潤ってきている。
痛いのにむずかゆく、そしてもっとついてほしいと、中はねだって、そして自然と身体が旦那様のモノをもっとよく受け入れたいと動き出す。
冷たく硬い床に押し倒されているというのに、その痛みさえも熱を煽っていく。
「ちがっ……!はぁっ!ん、ん!」
「アレは、外国に、援助して留学させたんだ、最近手紙が……こないだろう?」
「あんっ!!」
隠していた秘密を知られていた。その一瞬で彼を思い出し、ギュッと膣が締まり旦那様を締め付ける。
「図星か……」
旦那様は体の反応で、私の心を読み取ると、ロルフさまの事を忘れさせるかというように、さらに一段と激しく中を犯していく。
「愛している……君の全てが、欲しいんだよ、私は……っ」
胸を、心臓をわしづかみたい、心を奪いたいというかのごとく、乱暴につかまれる。度重なる行為の所為か、先もすぐに痛いほど硬くなる。
「旦那さ……まっ!あ、あ、私は旦那様のモノ、で……す」
――――心、以外は。
私は泣いた。でもそれは痛みの所為ではなく、どん底の中でも嬉しさを感じたからだ。
父親の跡を引き継いで、医者になるのが夢だと言っていたロルフさまが語っていた夢は、最先端の医療を学ぶための留学だった。
それがこんな形でかなうなんて、なんて皮肉。それは私が彼のお側にいても、叶えて差し上げることが出来なかった有意義な事。
それから間もなく、私は連れ去られるようにヴィラに連れてこられた。
使用人としての仕事、忙しくしていれば何もかも忘れられる唯一の手段も封じられたが、私はこの檻にとらわれる事を選んだ。
旦那様は、こんなに頻繁に通ってきてもいいのかと疑問視するほどに、私の下に訪れた。
できるだけお仕事をしてくださるように――ご家族を大事に優先してくださるように、使用人としての態度を取ると、また不機嫌になるがそれだけは譲れなかった。
流石にとても大事な夫人同伴の夜会をすっぽかしたことで、奥様がヴィラにやってきて罵られ、鞭で叩かれたが……それでも、私は出てゆくわけにはいかなかった。
もう守るべきものがあったから。
ここに私が居るだけで、旦那様はロルフさまには悪いことをしないとわかったから。
私と彼を引き離すためだろうが、留学という形をとってくださったから。だから、旦那様を裏切るわけにはいかない。
それにどんなに酷いことをされても旦那様を嫌いになれなかった。幼い頃どれだけ優しかったかと胸に刻みこまれている。
二人の息子というのに、時折訪れるリスティンさまはアーネに優しかった。
彼の父、彼の母、彼の親友。そして彼自身。
彼の周りの人の心をかき回すような忌まわしい女なのに。彼の態度は昔と変わらない。
信頼と尊敬をしていた旦那様に脅され、組み敷かれる――空想の中に逃げ込むしかない地獄のような日々の中、彼と話すことだけが安らぎで。
だからつい、心の底にしまって、二度と口にださないと誓った事をつい漏らしてしまう。
「ロルフさまに……会いたい」
――手紙はもう、来なくなっていた。
こんなことを言ってはリスティンさまを困らせてしまう。そうはっと気がついても後の祭り。あわてて嘘ですと言いつくろう。
そんな事がわかれば、旦那様に何をされるかわからない。そして今更、どんな顔をしてロルフさまに会わせる顔があるのだろうか。
もう二人は別れたのだ、しかも一方的に。こんな自分の事など忘れてしまっているに違いない、それでいい筈なのに、胸が苦しくなる。
忘れてほしい、けど……忘れて欲しくない。そんな矛盾した、身勝手な心。
そんな自分に、苦しいからといって現実から逃避していたつけがまわってくる。
私は体調不良で倒れ、自分が懐妊したことを知った。
私のお仕えする侯爵家のお嬢様はとても美しく――そして高慢だった。
普通なら、現実に打ちのめされて自分勝手な我儘は許されないと言う事を学んでいくが、お嬢様は違った。
それだけの無理を通す財力が、侯爵家にはあった。そしてお嬢様自身の美しさと優雅さが周りが甘えを許し拍車を掛けた。
美しいというのはそれだけで、罪だ。私はその我儘さえも愛した。
こちらは有能で……使用人を使い捨てることも厭わない侯爵家の方々にすら頼りにされている上級使用人。
使い捨ての下級使用人とはご家族の態度は一線を画し、それが私の自尊心を保つといえど、身分違いの恋。
私はお傍に居られるだけで幸せだった。滅私で仕えていた。
そんなある日、社交界デビューを果たしたお嬢様が夜会から興奮した体で帰ってきて、私に言った一言。
「素敵な方を見つけたの!私の旦那様は彼しかいないわ!」
貴族年鑑も頭に入れていた私には、そのお相手の名前を聞き、今度の要求はいくらお嬢様でも無理難題のように思えた。
相手の方の家格はこの家と同格かそれ以上。
しかし、旦那様と奥様は何とかお嬢様とその殿方との縁談を取り付けた。
私がその方に会ってみると、なるほどと嫉妬心よりも納得する心のほうが大きいほどの、麗しい貴公子だった。
金糸の髪と吸い込まれるような青の瞳。その顔は美しく整っているが、だからと言って女々しくはなく、男らしさも備えている。
貴族的な優雅な振る舞いと、使用人だからと言って軽んじられることもなく話してみると頭の回転もよく、ユーモアも持ち合わせているようだった。
自分より優れた相手ではないと認められない、だからと言って優れた相手が本当に出てきたとしても、結局は認められないと思っていたが。
――完敗だ。
私は、どうせお嬢様を奪われるなら、より良い最高の相手にと、彼に嫁がせることに積極的になった。
「もちろん、ついてきてくれるのでしょう?」
嫁ぎ先へも、お嬢様は私を連れて行く気だった。そして私も当たり前のようについていく気だった。
この誰もが羨むほどの美男美女の待ち望んだ結婚は……
お嬢様にとっての不幸の始まりだとはこの時誰が予測できただろうか。
結婚生活は、最初の頃は表面上うまくいっているかのように見えた。
しかし派手な外見とは裏腹に温かい家庭を望む旦那様と、艶やかに派手に社交界をいつまでも騒がせたいお嬢様の結婚生活が上手くいくはずもなかった。
沢山子供が欲しいと望む旦那様に、体のラインが崩れるから嫌だと出産した女の体形の崩れる醜さを事あるごとに言っていた。
しかしそこはご夫婦、何度もベッドを共にするうちに……子供ができた。
それでもお嬢様は派手に遊びまわることを辞めず、流産しかけ、それを悪びれもせず自分の享楽を追い求めるお嬢様に旦那様は困惑気味だった。
旦那様は私のように達観してはいない。そのお嬢様の我儘についていけるわけはない。求めるものが違う。
二人の仲は急速に冷めつつあった。それも旦那様の方だけ。
お嬢様はなぜ自分の享楽に付き合ってくれないのか、本当に分からないようだった。
自分の夫なら自分に付き合うべきと、本当に愚かにもそう思っていた。
子供は男の子で無事に生まれたが、お嬢様は育児に関心がなく、貴族にあるべき教育姿勢で雇った乳母任せ。
自分が気が向いたときにだけ構うと言ったありさまだった。
それは社交を大事にする貴族の当たり前の母親像だったが、反対に旦那様は坊ちゃまを慈しむ。
そうこうしているうちに、旦那様はもうお嬢様には期待していないかというかのように浮気をし始めた。
お嬢様は内心は穏やかではなかったが、それを顔に出すことはプライドが許さない。
そして「浮気」だと割り切ってあきらめているようだった。
貴族では当たり前の遊戯。
むしろステイタス。
どうせ「浮気」なのだから、一番は妻である私――旦那様は必ず自分の下に帰ってくると。
それを現すかのごとく、旦那様はどんな愛人を持とうとも、妻であるお嬢様を優先させた。
そして、必ずお嬢様の下に返ってきた。
魅力的な夫を持つ、寛大で物わかりのいい奔放で美しい妻。理想的な夫婦。それがお嬢様お気に入りの風評だった。
お嬢様と旦那様は夫婦だったが、今やお嬢様の片思いだった。
――その気持ちはお嬢様が少し他者を思いやることで手に入れられたのに。
旦那様はお嬢様の本当の気持ちに気づかず、彼女は生まれながらの貴族でそれを期待するのは間違っていると。
坊ちゃまが大きくなるにつれ夫婦の溝は深まっていった。
しかし、表面上は変わらないのでお嬢様は気が付かない。
そのお嬢様上位の生活はある娘の所為で、一変することになる。
ある時から、旦那様が一切の女遊びを辞めた。
その少し前に、旦那様が火遊びを持ちかけた相手が、お嬢様の気に入らない夫人だったのでお嬢様には珍しく愛人の事で詰った。
お嬢様は旦那様が反省しておとなしくなったと思っていたようだが、私はその本当の理由を知っていた。
そんな事いつも旦那様を見ていればわかる。
――旦那様は本当の恋をしていた。
しかも相手は、坊ちゃま付きの親子ほど年下のメイド。
普通に見ればそれなりに可愛い少女であるが、お嬢様と比べてしまえば美しさは足元にも及ばない、野暮ったく、どこにでもいる普通の娘だ。
奥様が温室で磨かれて作られた大輪の薔薇ならば、野菊のような印象を受ける。
しかし、慈しむように微笑む顔や、献身的に仕える姿。そして旦那様を親愛と尊敬のまなざしで見る目。
惜しみなく注がれるそれは、家族に飢えている旦那様にはたまらなく魅力的に見えたに違いない。
今までの浮気相手にはなかった魅力……だからこそ、浮気は浮気で済んでいたのに。
旦那様はその気持ちを悶々と抱えているようだった。
良識が邪魔をして、自分の気持ちを誤魔化そうとしているのが私には手に取るようにわかる。それは他人事だから。
私はそんな旦那様を、ある感情から、お嬢様には内緒で追い詰めていく。
メイドへの気持ちを加速させていく手助けをした。
どうやらあれほどの戯れを重ねながらも、旦那様は人を好きになるということが初めての事らしく、それは愉快なほど簡単だった。
そして、私は旦那様に、お気に入りの娘が坊ちゃまの親友と交際し始めたと囁く。
――このままでは二度と手に入らない、と。
あとは予想通り、旦那様はメイドへの愛に歯止めがきかず暴挙にでた。
心が手に入らないなら、体を奪うなんて単純もいいところだ。
お嬢様にそのことが知れるのはすぐだった。
しかし、いつもの「浮気」だと思っているようだった。
使用人に恋をするなんてお嬢様は考えもしないのだろう。それは彼女にとって人が牛馬に恋をするほどの不可解な事だったからだ。
使用人の事は人扱いしていない、お嬢様は油断している。
自らの価値観がすべてでそれでしか見えない――愚鈍で可愛いお嬢様。旦那様の瞳はあの娘を常に追っているというのに。
正妻という揺るぎない地位で、今まで蔑ろにされたことがない経験で、高を括っていたのだ。
しかし旦那様はメイドに異常なほどのめり込んでいく。浮気ではなく本気なのだから当たり前だ。
寧ろ、旦那様の意識下ではすでに妻であるお嬢様の方が浮気相手であり、立場が逆転している事なんて夢にも思っていないだろう。
お嬢様もそれを無意識に感じ取ってか、比例して日に日に不機嫌になっていく、しかし矜持で堪えていた。
旦那様はメイドに誘いを掛けたという理由だけで、屋敷からその男使用人達を紹介状もなしに追い出した。
彼等は他の屋敷でも使って貰える事はもうないだろう……を見てもまだ危機感を持っていなかった。
次に旦那様はメイドのために不相応な規模のヴィラを用意した、そこに旦那様が入り浸る生活を続けても堪えた。
しかしある日。
旦那様はメイドの体調が少し悪いという理由だけで、お嬢様が重要視していた夜会のエスコートを断った。
生まれて初めて、あからさまに人に蔑ろにされるという経験。しかも大事にしている人に。
お嬢様を支えていたものが折れた瞬間だった。
旦那様の気持ちを手に入れるのには、自分が変わるしかなかったのに。それでも学習しなかった。そのツケがまわる。
そして愚かなお嬢様は、諸悪の根源はメイドの所為だと……自らを省みる事もせず。
旦那様が領地を治める関係で長期で不在にする時期。ヴィラに行きメイドをその美しい顔を歪ませて詰り、自らの手で鞭で打ち据えた。
初めは詰るつもりだけのはずが、鞭で打ち据えるほどの激情に駆られたのは、どれだけメイドが旦那様に愛されているか目の当たりにしたからだ。
ヴィラの内装は旦那様のセンスで、流行を取り入れながらも最上級の家具をそろえられ過ごしやすく改装されていた。
そしてなによりメイドの着ているドレスは、旦那様の親しくしているミルドレイク伯爵夫人のデザインされたドレスだ。
夫人のデザインするドレスは一流の証。王族でさえも半年待ちというほど大人気の夫人の例外が旦那様の頼みごとで。
お嬢様でさえめったに新作は作っていただけないモノだ。それを当たり前のようにメイドは着ていたのだ。価値も知らずに。
久しぶりに会うメイドは、旦那様の手で一流の淑女へと変貌していた。
お屋敷で働いていたころにはなかった頼りなさげな危うげな雰囲気が、男の劣情をそそる。
変われば変わるものだ。女という生き物は本当におそろしい。
しかし、幸せそうには見えないと言うことを、お嬢様は見抜けない。
メイドは自らの立場を弁え抵抗することなく、お嬢様の仕打ちに黙って堪えていた。
この分だと旦那様に告げ口をすることもないだろうが。それが益々奥様の心を苛立たせて行く。
その時のお顔は激しく、醜くもあり同時に美しかった。
長年の付き合いである私が、初めて見るお嬢様の新たな魅力に興奮してしまう。
私個人の感情としては、メイドに全く思うところはなかったが。この時ばかりはメイドに感謝したいぐらいだった。
そして散々打ち据えた後でもメイドは旦那様と別れるとは頑として受け入れなかった。
お嬢様の責めは鞭を振るだけでは飽き足らず……服も破き、髪も鷲掴みメイドを追い詰めるだけ追い詰める。
どんなことをされてもメイドが首を縦に振る事はないと「理由」を知っている私は、止めることにした。
これ以上やって、お嬢様が人殺しになってしまうのは好ましくないし、お嬢様がお怪我をしてもいけない。
何とかお嬢様を宥めて、屋敷に帰ると……お嬢様は苛々と爪を噛んで考え込んでいた。その姿も私には美しい。
その状態が続くこと数日、ある新興の企業家が開いた夜会に行って、さっぱりしたお顔をして帰ってきたお嬢様。
「偶然にも、今日珍しい方にお会いできたの」
話を聞いてみるとどうやら、夜会でフィアゴ伯爵に会ったという。
社交界でもごく一部の情報通な人間しか知らない、悪趣味な性癖を持つと名高いフィゴア伯爵。
彼を見て……彼にメイドを払い下げるという計画を立てたらしい。しかもすでに話はつけているとのことだった。
お嬢様はメイドさえ排除できれば旦那様が元通りになると信じて疑わないでいる。
「あの女さえ居なくなれば……目を覚ますでしょう」
伯爵と関係した女性は一月も絶たないうちに廃人になるとか……まことしやかな噂が流れている。
ただの人買いではなく、メイドの捨て先を伯爵にするなんて、お嬢様の深い恨みがうかがえるような気がした。
そのお嬢様の計画は、あっさりと失敗した――旦那様に露見したのだ。
旦那様は領地の中でも僻地にある屋敷に、お嬢様の生活の拠点を移すことにお決めになった。
何故ならその屋敷には……堅固な塔があり。高貴な者を幽閉するためには格好の場所だったからだ。
そこにお嬢様を対外的には病気のための療養という名目で旦那様は閉じ込める。勿論お嬢様に拒否権はなかった。
塔の中の部屋はそれなりに整っていたが、メイドに与えたヴィラとは過ごしやすさは雲泥の差だ。
それは、愚かなお嬢様にもはっきりと目に見える――愛の差だった。必要最低限の義務という名の。
そんなお嬢様には墓所ともいえる部屋を用意して、旦那様はお嬢様にこれからの事を告げる。
「君は何も心配しないでもいい。君は病気で……かつ懐妊しているので静養中ということにしているよ」
「懐妊?」
「ああ、君も知っているがアーネに子供ができた、その子も君の子ということにして私は正式に育てたい」
「そんな勝手な……嫌よ、絶対に嫌です!」
「君に拒否する権利があるとでも? 君は私の子供を産みたくはないと言っていたじゃないか」
「そ、それは……」
「これからは大丈夫だよ。君には期待しない、これからは彼女が産んでくれるから。
だから君は妻として美しく居続けてくれるだけでいい、ここで」
「あなたっ……」
そう昏く笑う旦那様の顔はどこまでも優しく――そして残酷だった。
お嬢様が幽閉される塔から私と旦那様は出ると、旦那様は心底ほっとしたようにつぶやく。
「よかったよ、君のような冷静な判断を出来る人間が彼女についていてくれて」
「恐れ入ります」
計画を漏らしたのは――勿論、私だった。
お嬢様にはもう真相を知る手立てはないのだから、伯爵側から計画が漏れたと説明している。
「かつては妻と思った人に酷いことはしたくないからね。リスティンも悲しませたくない
……彼女を失うことになったら私は何をしてしまうかわからないから仕方ない」
「寛大な処分に感謝を。私の方もお嬢様が旦那様に捨てられてしまうと大変困ったことになりますから」
恋に狂う旦那様の行動は、簡単に予測と誘導ができた。
メイドの危機を事前に防いだにも関わらず、この処分。
本当に計画が実行されていたら……私はお嬢様を一生失ってしまうだろう。
それだけは避けなければならなかった、お嬢様を裏切ってでもそれだけは譲れない。
「お嬢様の事は、今後すべて私にお任せください」
「ああ、頼んだよ」
旦那様は今までの働きの功績としてお嬢様の全権を私に託された。
手の中に握られた塔のカギ――それは、お嬢様は私のモノになったという事と同義だ。
お可哀そうなお嬢様。
自分がもう旦那様に、必要とされていないと今度こそはっきりと気づかされたのだ。
今頃、塔の中で泣き崩れている事だろう。そして私の事が無能だとでも罵っているのかもしれない。
それでもいい。
私はずっと……この愛が報われなくとも、私だけは最後までお嬢様のお傍におりますから。
だからご安心ください私だけの愛しい人よ。
終。