あの名文をまた読みたい人用のまとめ
スレッド:男主人・女従者の主従エロ小説 第二章より
作者:不明
「あん、あ、あっ……」
ぐちゅぐちゅと隠微な音が響き渡る部屋。
私に覆い被さった方は、私を様々な角度から責めたてて参りました。
思えばそれはほんの三月前、時間にすれば僅かな時間です。
私がこの方、現国王陛下に体を許すようになったのは。
もう少しで雲から水滴が舞い降りてくるだろう、という時に特有の湿気が城を覆っていました。
そんな夜でした。
私、リトレ・サヴァンがラディス国の書記官を務めてから、もうそろそろ五年目になります。
書記官というのはこの国特有の官僚制度で、王城の中で執務を執り行う文官です。
宮廷武官とほぼ対になる立場で存在しているもので、主に貴族の子弟がなるものです。
女の身で書記官という地位に就いている私に、人はあまり良い顔をしません。
私自身、女の身で肩肘を張って仕事をするより、家でのんびりと過ごすほうが性分としては合っているほうです。
まして、女であると言うだけならまだしも、前宰相であった私の父ラディ・サヴァンは謀反を起こした罪で処刑されています。
謀反人の子供、それも女が書記官などという職に就き、王宮で立ち働いているのを見て、悪く言う者がいるのは知っています。
私も、もし逆の立場ならばそう思ったでしょう。
本来は父が亡くなった時点でその一族も連座するのが筋でしたが、その旨をしたためた書簡を送り、陛下にお目通りを願ったところ、
「そのような必要はない、お前が当主となってサヴァン家を盛り立てるが良い」
と言われ、爵位返上のための参上の筈が、サヴァン家当主の就任式となってしまいました。
後で陛下に伺ったところ、
「謀反を起こそうとした当人達は既に処刑している。それも未遂で終わっている事だ。一族郎党の全てを罪に問うつもりはないし、そのようなことをしていては国がつぶれてしまう」
だそうです。
成る程、宰相をしていた父を筆頭に、王宮の重要な役職は大体我が一門が占めております。
もし一族郎党まで罪に問うことになったりしたら、この国の政治は止まってしまうでしょう。
権力争いが起こり、悪くすれば他国の介入もあるかも知れません。
「平時なら良かったんだが、今は西の国境も不穏だし、権力争いに明け暮れるわけにもいかぬ。それならばお前を生かし、罪は当人のみと示した方がよい」
陛下は私に言い聞かせるように仰いました。
思えばその時、国王陛下は若干12歳。
私より5歳も年若だというのに優れた洞察力を持ち、人並み優れた施政の力を持っておりました。
当時、まだ年若い陛下を侮る者は数多く、その筆頭は宰相である私の父でした。
小僧に何が出来るとうそぶき、王以外は触れてはならないはずの王印を自宅に持ち帰ったりもしていたそうです。
しかし、国王陛下はそのような行為をいつまでも黙って見過ごすような方ではありませんでした。
私の兄であるディクレ・サヴァンは、本名よりも「お調子者のディー」というあだ名の方が有名な人間。
陛下はそのお調子者の元に極上の女を忍ばせました。
女は、来る日も来る日も囁きます。
「国王陛下はまだ子供。跡取りのいないうちに殺してしまえば、王の位は宰相である貴方の家に転がり込んでくるでしょう」
勿論兄も、初めは取り合いませんでした。
けれど、根がお調子者だったからでしょう。いくらか薬も使われていたようです。
いつしか女の言うことを真に受けるようになり、女の言うままに国王陛下を暗殺しようとしました。
後はもう、簡単なことでした。
暗殺の準備が整い決行は明日、と言うところで女が役所に走ります。
血判状や、実行計画をしたためた書類が動かぬ証拠として提出されました。
兄と父の首が広場に晒されたのは、それからわずか半刻後のことでした。
暗殺を企てていたとはいえ、ときの権力者であった宰相とその跡取りを処刑し、見せしめのように一人残された当主は女。
以来、陛下のことを年若だと侮るような人間はいなくなりました。
あれからは、怒濤のように日々が過ぎていきました。
なにぶん女の身です。
文官となるような教育は、それまで一切受けておりませんでした。
知っているのは行儀作法と刺繍を少し。
男勝りと言われていても、できるのは僅かに乗馬くらい。
書記官の職務を覚え、こなしていくのであっという間に時が経ち、父が亡くなる少し前は
「お前もそろそろ嫁に行く頃だ」
と言われていたのですが、気が付けばもう、とうに嫁に行くときは過ぎておりました。
その頃にはおぼろげながら私にも
「自分は罪人の子だから、一生結婚することはないだろう」
という諦めにも似た、一種の悟りのような考えが浮かぶようになっていました。
その頃にお付き合いをしていた男性が他の女性と結婚したこともあったかも知れません。
そのような一連の事件を経て、それもようやく落ち着き、職務にも慣れた頃。
陛下に呼ばれたのは、そんなときでした。
私が呼び出されたのは夜も更けた頃、もうそろそろ就寝しようと支度をしていたときです。
陛下は若干17歳と、まだお若いながらも公私をしっかりと分ける方で、意味もなく夜更けに部下を呼びつける方ではありません。
仕事で何か手違いでも生じたかと思いながら手早く支度を済ませ、執務室へと向かいました。
「リトレ・サヴァン、参りました。」
うっすらと月の光の差し込む執務室は、なぜか人払いがされておりました。
一体何事だろうと訝しみながら陛下を見やると、ランプは消され、唯一の灯りである月が陛下のけぶるような金髪を彩っておりました。
こういう時、私はぞくり、と戦慄を覚えます。
年若い娘などは陛下のことをお美しいと素直に褒めそやしますが、私には陛下はなにか、怖ろしい生き物のように感じられるのです。
陛下の目は金の瞳、太陽のようにまばゆいと人は言いますが、ほんの少しでも油断したら襲いかかってくる猛禽類のようにらんらんと光っております。
そのお体は神々しく、アポリオンのように堂々としたお姿だと言いますが、その実、その中には得体の知れない企みや不穏な謀が詰まっております。
その日、雨の降る直前のじっとりした空気は肌に重く、国王陛下の底知れぬ恐ろしさが空気ごしに伝わってくるようでした。
私が、半ば後じさりながら陛下を伺っていると、一語一語をゆっくりと区切りながら
「お前に俺の閨の相手を命じる」
そう、陛下は仰いました。
遠いあの日、私に書記官になれと命じたときと同じ口調でした。
「閨…と申しますと、私に陛下の相手をせよと、そう言うことですか?」
陛下の言葉が発せられてから、随分の時間が経って、私はようやくそう口にしました。実際はそんなに時間が経っているわけではないのかも知れませんが、私には嫌に長い時間だと感じました。
うむ、と陛下が頷くのを見て、私はあっけにとられてしまいました。
一体この人は何を言っているのだろう。
計りがたい人だとは思っていましたが、今回ばかりは計るどころではなく理解不能。
先ほど発したのも人間の言語かと疑ったほどです。
先ほどまでの恐ろしさも忘れてつい、まじまじと陛下を見つめてしまいました。
「あなたは…馬鹿ですか?」
いつもならば決して口にしなかったような言葉がつるりと出てしまったとしても、仕方ありません。
それほど吃驚していたのです。
口に出してしまってからその言葉の不敬に気づき、身が縮こまる思いをしましたが、陛下はむすっとして、押し黙っていました。
よくよくみると頬が赤らんでいます。
ああ、これは照れているのだなと気が付くと、急に陛下を可愛らしいと思う気持ちが湧き上がってきて、くすくすと笑ってしまいました。
私が笑うと、陛下はますます顔を真っ赤にして一言、笑うな、と仰いました。
けれどその言葉に先ほどまでの王者の威厳は欠片もありません。
そこに立っているのは、まだ初心な少年でした。
「陛下、お戯れもいい加減になさいませ。陛下にはもっと年若い、可愛らしい娘でないと。私のようなおばさんに、陛下の相手はつとまりませんわ。」
では失礼。
そう言ってスカートを翻し、退出しようと思いましたが、それを遮ったのは、荒々しい抱擁でした。
「な……」
何を、と言いかけた唇を強く吸われ、胸を無茶苦茶に揉まれました。
その手つきがあまりに乱暴だったので眉をしかめ、抵抗しようと突っ張った腕は瞬く間に捻り上げられてしまいました。
「おやめ下さい、国王陛下!」
体をねじり、必死でキスを逃れながら叫んだ声は、ドレスを破る音でかき消されました。
「いや、やめて…」
必死で抵抗する私のあごを掴むと、陛下は私の唇を執拗に吸い、下着を剥いでいきました。涙のにじむ目で見上げると、陛下の目は赤く血走り、食い殺さんばかりの形相で私を見下ろしていました。
「ひっ………」
あまりの恐ろしさに叫ぼうとしても、引きつったようなうめき声にしかなりません。
まだ濡れてもいないような場所をいじられて、無理矢理貫かれました。
その時に何と叫んだかは覚えておりません。
きっと言葉ですらなかったのでしょう。
陛下が私の中に精を放ったときは、霞がかかったような頭の中で、やっと終わった、とだけ感じました。
事が済んだ後、私は放心したまま横たわっておりました。
私もとうに乙女ではありませんでしたが、それでも男の人に体を開くなどと言うことがそうそうあったわけではありません。
まだほんの年若で、与えられた役目の重圧にあえいでいた頃。
うなだれていた私をかばい、励ましてくれていた方がおりました。
お互いに心を寄せ合い、愛を誓い合った仲でした。
謀反人の娘でも構わないと仰ってくれていたその方が、周りの声に抗いきれずに他家の娘と結婚することが決まったその夜。
私とその方は、お互いの涙に濡れながら抱き合いました。
それ以来、男の方と愛を交わしたことはありませんでした。
自分でも心のどこかで、生涯あの方一人と決めておりました。
その誓いが、こんなに容易く破れようとは思ってもいませんでした。
呆然と見上げる天井は、重く冷ややかでした。
月は、その姿すら見えないほど朧気で、それなのに光ばかりが差し込んで、陛下を残酷に照らしあげます。
うつろになった体でぼんやりとその様を見ていると、ばさりと深緋が翻りました。
「お前は俺の閨役を務めるんだ」
これは決定事項だと、まるで書類を読み上げるような無機質な声で言うと、私の体に深緋のマントをうちかけました。
深緋の色は、高貴な色。ただ一人、国王陛下にのみ許された色です。
そのマントを掛けられると言うことは、所有か、もしくは死を意味しています。
そのマントを掛けられたときに、私も観念しました。
「分かりました…」
喉から出た声は、枯れた、かすれた声でしたが、陛下には届いたようで、満足げに目を細めるのが見えました。
私はそれを見届け、ともすれば消えそうになる声で続けました。
「……貴方に体を許します。その代わり、この事は誰にも言わないで下さい」
もし私が国王陛下の愛人になったとしたら、その話は瞬く間に広がるでしょう。
生涯ただ一人と誓った、あの方の元にまで。
あの方にそのような噂を届かせたくはありませんでした。
たとえあの方に妻がいようと。あの人にとって私がただ一人じゃなくても。
それでも私だけはただ一人、あの方だけを思っていたかった。
「秘密にしてください、お願い……」
もう、この身は汚れてしまった。
けれど、せめて表面だけでも、あの方に身を捧げたままでいたかった。
「秘密にせよと? 都合の良い、そんなこと聞くわけが…」
「聞かねば舌を噛んで、自害します」
あざ笑う陛下の言葉を断ち切る厳しさを込めて言い放つと、陛下がびくりと震えた。
「外聞が悪いでしょうね、謀反人の娘が陛下の部屋で強姦された上に自害だなんて。お望みなら今この場ででも、舌を噛んでみせましょうか?」
そう言って見せつけるように口を開き、突きだした舌をちろちろと揺らしてみせました。
これには流石の陛下も慌てたらしく、すぐさま私に馬乗りになって口をこじ開け、舌を噛むことが出来ないように口の中に指を差し入れました。
その動作があまりにも速かったので、私の方が驚いてしまったほどでした。
「そなたの言いたいことは分かった。そなたとのことは一切口外せぬ、誰にも秘密だ。だからもう、そのような真似をするな、良いな?」
その言葉にこくんと頷き、あごの力を緩めたのを認めると、陛下は慎重に私の口から指を外しました。
「その代わり、そなたは俺の好きなときに体を開くのだ。よいな?」
私はまた、頷きました。頷いた拍子にこぼれた涙に、月の光が映って見えました。
王宮は多忙を極めていました。
あと一月先に開催を控えた大舞踏会は冬越しの祭りと呼ばれ、その日には貴族も平民も、分け隔て無くお城に集い、歌い踊ります。
この日に知り合った男女が結婚することも多いために、若い者を中心に城中の人間が……いえ、国中の人間が浮き足立つ季節です。
そうなると、書記官の私も仕事が増えるわけです。
冬越しの祭りの準備や、それまでに済ませてしまわなければならない仕事を済ませる為に文官総出で書類の山を処理したり、作り出したり。
祭りのために王都へ出てくる地方領主との謁見の為の諸々の調整もやるわけですから、大忙しです。
「リトレ様、国王陛下に提出する書類が纏まりました!」
そう声を掛けてきたのは、私の直属の部下であるディックです。
今年で19になる彼は、若手の俊英と噂される頭脳の持ち主。
書記官の中では駆け出しですが、これからが楽しみな青年です。
受け取った書類を読みながら、その出来に感心しました。
「良く纏まってるわ。流石ね、ディック」
そう言って書類から顔を上げると、緊張して待っていたディックの顔が、ぱっと笑顔になりました。
喜怒哀楽が透けて見えるところが清々しくて軽く笑むと、ディックは真っ赤になって、ありがとうございますとお辞儀を返してくれました。
とん、とん、と書類を揃えて袋に入れる。後はこれを陛下に提出すれば完了です。
「……あの、ディック。私はまだやらなきゃいけない仕事があるの。悪いけど、私の代わりに陛下にこれを持っていってくれる?」
本来は、一位の書記官である自分が国王陛下の元に出向き、提出するべき書類です。けれどもその時はどうしても、気が進みませんでした。
「え? 僕が陛下に、これを?」
「ええ。この書類はあなたが作ったものだし、あなたの方が上手く説明できると思うの、お願いね。」
ディックに経験を積ませたいから、だから彼に頼むのだと心の中で言い訳じみた事も考えます。
駄目押しのようによろしくねと言って、渋るディックを送り出しました。
「やっぱり、いきなりは無理だったかしら……」
書記官室を出て行く時の半泣きだった彼を思うと、少し胸が痛みました。
でも、あの書類を持っていくという事は、国王陛下と相対すると言うことなのです。
私は陛下のあの、冷たく底光りのする金の目を思い出してしまい、両腕で自らの体を守るようにかき抱きました。
あの夜。私と陛下、二人だけの密約が交わされてから、もう三月が経とうとしています。
あの日約束したとおり、陛下は私との関係を誰にも明かさず、表面上はそれまで通り、書記官と国王の間柄を続けております。
私も初めはあまりに普段通りなので、あの夜のことは悪い夢か何かの冗談なのだと思いました。
しかし、ある日いつものように陛下の執務室に行くと、いつかの夜のように人払いがされていました。
「失礼いたします」
衛兵も小間使いもいない執務室は、あの夜を思い起こすには充分でした。
椅子から立ち上がり、近づいてくる陛下に、ドレスは破かないで欲しいと言うと、ちょっと目を丸くし、それから低い声で笑いながら頷きました。
注文の多い人だ、と囁きながら口づけをされました。
それから少し間を置いて、床でするのとソファでするのとどちらがいいかと聞かれました。
床ですると背中がこすれて痛いのですが、ソファは窓際です。
外から見えてしまう危険性もあるので床が良いですと答えると、陛下は私の希望通り、床の上でなさいました。
陛下は目だけはぎらぎらと光って、欲望を露わにしていましたが、所作は年の割に落ち着いたもので、私がどのような反応を返すか観察なさっているかのようでした。
政務に没頭していた国王陛下には浮いた話の欠片もありませんでしたから、女性の身体が珍しかったのかもしれません。
それからは、陛下の元に参上する度に求められるようになりました。
珍しい物でも扱うように私の反応を引き出してゆくことで、陛下自身もまた、上達してゆかれました。
「陛下の望む時に抱かれる」という約束をしてしまった以上、求めに応じないわけには参りません。
陛下の方は「決して誰にも話さない」という約束を守ってくださっているのですから、なおさら私が拒むわけにはいかないのです。
けれど、今回は間が悪すぎました。
冬越しの祭りの準備でただでさえ疲れているというのに、陛下のお相手までしていたら、それこそ身が持たないというものです。
更に、やっぱりこれも冬越しの祭りのせいですが、陛下に決済を求めるべき書類が異常と言っていいほどの数になっているのです。
それまでは多くて三日に一度陛下の元に参上すればいいほどだったのですが、ここ一週間は毎日と言っていいほどに陛下の執務室を訪れています。
そして、執務室を訪れる度に抱かれているのですから、ここ一週間の疲労は尋常ではありません。
一昨日は三回も書類を持っていく事になり、色々な意味で死にそうになりました。
流石に三回目をなさろうとしたときには「駄目です」と拒否して譲らなかったのですが、結局私が陛下に口で奉仕することになってしまいました。
「それは嫌です」とごねると、「嫌なら襲うぞ」と脅されたのです。
おまけに全部飲め、などと言う始末。
私が「こんな事は金輪際しないで下さい」と言うと、では抱かせろ、の一点張り。そんな事を言われても困ると言うと、約束が違う、お前はいつでも俺の望むままになると約束したではないか、と反論なさいます。
結局は、陛下の仰るとおりにするしかありません。
律儀に守られた約束は有り難いのですが、それは私をも拘束するものでした。
「身が持たないわ……」
今も刻々と増えつつある書類の中で、こっそり呟きました。
ディックが真っ青になって帰ってきたのは、彼を送り出してから暫くのことでした。
何でも、私が参上しないことで陛下にねちねちと嫌味を言われ、上手く答えられなかった部分をしつこく追求された挙げ句、
「これでは埒があかぬ、リトレを呼んでこい」
と言われたのだそうです。
可哀想にディックは、唇の先まで蒼くなって「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返すばかりです。
元はと言えば、陛下の元に行くのを避けようとした私に非があります。
申し訳なく思って、恐怖のあまり冷たくなってしまった手を取り、
「謝るのは私の方よ。一人で行かせてしまったりしてごめんなさい。書類はしっかりしてるのだから、これに文句を付ける陛下の方が意地悪なのよ」
そう言って励ますと、ディックはみるみる血色が良くなっていきました。
「私が今から行って、お話してくるから安心して。きっと陛下も分かってくださるわ」
スカートを翻し書記官室を後にすると、むかむかと怒りがこみ上げてきます。
この忙しい時に可愛い部下を潰すだなんて、なんていう王様なのかしら!
ぷりぷりと怒りながら陛下の執務室をノックすると、了承の声も聞かず、陛下の執務室に飛び込みました。
「リトレ、随分と早く来たな」
執務室の机の向こうに座っている陛下は、ディックをさんざん苛めてすっきりしたのでしょう。
やけに上機嫌でした。
「私の部下をいじめて、そんなに楽しいんですか?」
言葉に精一杯のトゲをまとわりつかせながら睨むと、陛下はにやにや笑いながら手招きをなさいました。
私は先ほどディックから手渡された書類を持って、ずんずんと進んでゆきました。
「そっちではない、こっちだ」
と陛下が自分の膝を指さしましたが取り合わず、書類の束を机に叩きつけました。
「一体どう言うつもりですか、この忙しい時に! 事と次第によっては、陛下でも許しませんよ!」
腰に手をやって、本気で怒って抗議しているというのに、陛下はぬけぬけと
「だからそっちではない、そなたが来るのは俺の膝の上だ」
と仰いました。
「何、ふざけたことを言ってるんですか!!」
「お前は部下の不始末を詫びに来たのだろう。それならば俺の言うことを聞いて、俺の怒りを解く為に尽力するのが筋というものではないのか?」
可愛い部下にいちゃもんをつけておいて何を、と思いましたが、ここで下手に機嫌を損ねたら、有望な若者の前途が断たれてしまうかも知れません。
私は怒りを抑えて、大人しく陛下の膝の上に乗ることにしました。
「では、失礼いたします」
スカートの裾を押さえ、貴婦人が乗馬する時のように横座りになって陛下のお膝に乗ると、違う、と言われてしまいました。
こう、足を広げて陛下にまたがれと仰っているようで、私は随分嫌がったのですが結局は強引に押し切られ、恥ずかしい格好で陛下のお膝の上に乗っかることになってしまいました。
「ん……。こうですか…?」
スカートの裾がめくれて、露わになってしまう太腿を隠そうとすると、陛下にその手を制止されました。
「駄目だ。俺の背中に手をまわせ」
大人しくその言葉に従いながらも、スカートをどうにかしたくてもじもじしていると、
「恥ずかしいのか?」
と、聞かれました。私が素直に「はい」と答えると、にんまりと笑って
「ならば、俺がそなたのスカートを直してやろうか?」
と言いながら、太腿をすっと撫でました。
「あっ……」
思わず、溜息よりも甘い声が漏れてしまいます。
はしたない声を漏らしてしまったことに恥じらいを覚えながら、それでも今は陛下に従うしかありません。
「陛下……。お願いします、どうかスカートを直して下さいませ……」
甘くかすれる声を自覚しながら、私は陛下を見上げ、懇願しました。
けれど陛下は金の目を輝かせながら意地悪そうに笑うばかり。
「さて、どうしよう。さっきは随分威勢の良いことを言っていたな」
言いながら陛下の手は、私の太腿をじっくりと味わうかのように動きました。
「陛下、いい加減おやめ下さい……!」
「俺の気が済んだら止めてやるさ」
逃げようとしても、膝の上では逃げ場はありません。
太腿への愛撫はいつしか秘所へも及び、身動きが取れないままに私の身体は解きほぐされてゆきました。
陛下の指に目に舌に、嬲られるがままに身をくねらせ、喘いでいるうちに、剥ぎ取られたドレスがふわりと床に落ちました。
「ああ……陛下、いやぁ…………」
執務室で、しかも陛下の膝の上で嬲られることに羞恥を覚えその身を縮こまらせていると、陛下は嬉しそうに笑って「お仕置きだ」と言い、私の身体を抱えあげると、固くなった陛下ご自身の上へと導いてゆかれました。
もう、何のための、何をした事によるお仕置きなのかもよく分からなくなるほど陛下の「お仕置き」を一身に受け、途中からは、これが「お仕置き」なのだ、と言うことすらも分からなくなっていました。
「よいか。これからそなたの部署の書類は全て、お前が持ってくるのだ。それがお前の仕事だろう?」
さぼりおって、と言いながら陛下は私の腰を揺すります。
密室に、隠微な音が響き渡りました。
そうして正体をなくすほどの「お仕置き」をされた後に、気が付けば私は陛下に「一日一回は必ず陛下の元に参上すること」を誓わされていました。
私が嫌だと言うと「うんと言うまで終わらぬぞ」とまで言われ、泣く泣く条件を飲むことになったのです。
その代わりに、陛下には「理不尽に家臣を怒らない」という条件を飲ませました。
いつものように身なりを正しながら、陛下はもっと沢山の文官と触れあわなくてはなりません、と言うと、ちょっと嫌そうな顔をして、
「そなた以外の文官って……男しかおらんだろう?」
男となど誰が触れあうか、という考えがその顔にありありと書かれていたので、
「ご不満なら女官も付けますが?」
と言うと、「違う違うそうじゃない、そう言う意味ではないのだ!!」
とか何とか、やけに慌てて言った後、軽く咳払いをしながら
「女官は付けずとも良い」
と仰いました。
いつものように居住まいを正し、退出するとき。
「リトレ」
声を掛けられ振り向くと、陛下は私にそっと口づけを落とされて、
「また明日」
そう、おっしゃいました。
「明日……ですか」
思わず引きつった私の顔を面白そうに眺めると、
「明日、だ」
そう言って、にっこりと。
そこだけはやけにあどけない、年相応の顔で笑いました。
年越えの祭りが終わってもまだ春は遠く、寒空の下で細々と鳴く鳥の声は春を恋しがっているかのようです。
「今年の年越えの祭りは盛況だったな」
と陛下が仰ったのは、もはや「いつもの」と言うしかない行為が終わった後でした。
身を起こすと仕草は気怠げで、陛下の汗ばんだ身体には行為の後の濃密な空気が漂っています。
私は白貂の外套にその身を横たえたまま、冷たく澄んだ光で映し出される陛下の姿をぼんやりと見上げておりました。
「みたいですね。私は会場の方には顔を出していないので知りませんが、
お嬢様方が陛下と踊っていただいたって大騒ぎしてましたね」
ことん、と頭を陛下のお体にもたれかけます。
「何だお前、祭りに参加しなかったのか? 道理で姿が見えないと思ったら」
「生憎と、書類の山に埋もれてましたので」
素知らぬふりでそう言うと、ぽんぽんと頭を撫でられました。
「勿体ないことを。今年はこれでもかと言うほど大勢の娘と踊り倒してやったんだ、
リトレとだって一曲くらい踊ってやったかもしれんというのに」
撫でられた部分からひたひたと、私の身体を冷気が浸食してゆきます。
私は身体の熱を奪い去られないように外套に身を潜めました。
「踊りはあまり、好きではありませんから」
「嘘を申すな。踊りが好きで、年越えの祭りを楽しみにしていたとそなたの父が……」
そこまで言って気が付いたのでしょう、陛下は口をつぐみました。
罪人として父が死んだ後、私の周りから急速に人が消えてゆきました。
爵位こそ剥奪されなかったものの一人残された娘を見て、人々は正しく私の立場を理解したのです。
恭順の意を示して領地を差しだし、市井の中に紛れようとした私を、書記官として王城に留まらせたのは陛下ご自身。
それは、思い上がった一族の末路を皆に忘れさせないようにする為でした。
そのような人間が、どうして祭りなどに顔を出せるでしょう。
「約束だよ、リトレ。一緒に年越えの祭りに出よう。僕が貴方を誘うから」
束の間、日だまりの中にいるような安らぎを感じさせてくれる日々もありました。
それはあっけなくかき消えて、果たされないままの約束が私の手元に残りました。
気まずそうに目をさ迷わせている陛下の狼狽えようが可哀想になって、私はそっと、冷気に浸された部屋の空気を撫ぜるように笑いました。
覚え立てのステップを踏み、それを夢見ていたのは、ずっとずっと昔のことです。
沢山のおしゃべりと、刺繍と踊り。ひたすら甘いもので形作られていた時代。
「もう、好きではないのです」
だから、そんな顔なさらないで。
言外にそう伝えると、陛下はますます眉根を寄せられ、難しい顔をして俯きました。
冷えきった室内で身なりを整え、扉に手を掛けたとき。
「すまない」
絞り出された小さな声を、私は聞こえなかった振りをして退出しました。