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「」ウリ

私はガラルに仇なす災禍を打ち払う剣。
ガラル全土を巻き込まんとする巨悪は、斬らねばならぬのです。
それが……それが。
私を制し、私を受け入れ、私に力をくれた……
かけがえのない主人であっても。
あの日は、よく晴れたキャンプ日和でした。


『わっかんねーバーン。俺は蹴り心地が良ければそれが一番バーン』
『いや猟奇的すぎるウホ……』
いつもの下世話な、しかし確かな紐帯のもと交わされる、何気ない会話。
薪を取りに行くエースバーン殿とゴリランダー殿を見送り、彼女に目をやります。
近頃は浮かない表情で考え事をしていることが多い彼女。
彼女を励まそうとしてか、インテレオン殿とヨクバリス殿はいつもより張り切ってカレー作りを手伝っています。
「姐さーん!今日のカレー何がええー?」
少し離れたところに立つ私に、ヨクバリス殿が声をかけてきました。
『私に聞けば甘口としか答えませんよ』
「せやったせやった!忘れとったわ!」
『えー俺は辛口のほうが好きレオン』
『おや、あなたは先日リクエストしたではありませんか』
「なはははは!今日は姐さんの勝ちやな!ほな甘口で!」
――ああ。
素面では、やれそうにありません。

背の剣を強く噛み締め、一息に抜き放ち、姿を変じます。
一差し舞わねば、この胸の迷いを振り払えない。
あなたは私が討ちます。今日。ここで。
「知っとるか嬢ちゃん?甘口言うても甘いだけやと旨ないんやで?
カレーっちゅうもんは辛味と苦味があってこそ……聞いてへんわ」
『ん……?(ザシアンの姉さん、なんでキャンプでつるぎのまいしてるレオン?)』
「姐さんのためやし、しゃーない、とっときのヨブ入れてまうか……」
『ヨブ!?賛成レオン賛成レオン!もっと辛くしていいレオン!』
「トカゲに任せたらいっつもクラボ山盛りにしてまうからなー」
燃え滾る高揚感が胸を満たします。
やれる。絶対に失敗しない。
これもガラルのため。一瞬で終わらせる。
取り返しのつかないことになる前に、せめて痛みなく、安らかに。
渾身の力を込めて地を蹴ったのと、彼女と目が合ったのは、ほとんど同時でした。


カレーの材料を手にする彼女の姿は、いつもと変わらない愛らしい少女そのものだった。私の敬愛する主その人だった。
でも……彼女は変わってしまった。「ムゲンダイナのエネルギーを利用すれば過去へ戻ることも不可能ではない」……とある人間が囁いたその一言で、彼女は決して触れてはならない領域へと手を伸ばそうとしていた。
それは…それだけは。ガラルの守護者として――見逃せるものではないのだから。

牙が砕け散りそうな程に顎の力を込める。痛みは与えない。恐怖を感じる暇もなく一撃に伏す。

それが、私にできるせめてもの情けだ。
さらば、私の愛しき主よ――!

ズシャリと、肉を切り裂く感触が、牙を通して伝わった。




『チャンピオンを突如襲った不幸な事故』
ワイルドエリアでキャンプ中のチャンピオンが謎のポケモンに襲われたとのことです
情報によれば、チャンピオンは無事ですが、手持ちポケモンのうち3匹が重症、一匹が死亡、一匹が行方不明とのことです
一説によれば連戦連勝のチャンピオンを妬んだムゲン団の仕業との噂もありますが、真相は未だ掴めておりません
デイリーガラルがお伝えしました



疾走。
一直線に、彼女の喉元へ。振り抜く。
深い手応え。殺(と)った。しかし――
『見事……』
――ヨクバリス殿が彼女を突き飛ばし、我が必殺の剣の間にその身を割り込ませたのです。
失敗した。仕損じた。剣の王ともあろうものが。己が身命をも厭わぬ覚悟に臆したか。
体を断ち割られてなお、ヨクバリス殿は事切れずに私の目を見据えています。
怖気を覚えた私は、即座に彼の体を踏み躙りました。
『アンタ……アンタ何やってんだ!!!!!!!!!!』
激昂するインテレオン。こうなってしまっては斬るほかありません。
薪組が戻る前に始末しなくては。幸い、彼女はまだ事態が飲み込めていない様子です。
彼が恐慌から立ち直る前に飛びかかり、一閃。
首は取れず。流石に速い。だが両目は潰した。
ああ。容易い。殺れる。殺れてしまう。殺る。
側背より熱気。追撃は諦め回避。


『ゴリラ!正面任せた!』
『承知!』
余裕をもって2つ目の火球を躱すと、ゴリランダーが距離を詰め、組みつこうとしてきます。
側面から火球を撃つつもりでしょうが……それは、私にはあまりに遅すぎました。
近寄るゴリランダーのふところに突撃し、利き腕を斬り捨て、エースバーンに突進します。
『ウサギ……逃げろ……!』
『あぁあぁあぁあぁ!!!!!!』
鼻先に迫る膝を躱し、地に転げたエースバーンの利き脚を、前脚で踏み砕きました。
激甚の絶叫。その痛みも、すぐに終わらせて差し上げます。
確実に胸を貫くために剣を振り上げたとき、私はただならぬ戦慄を覚えました。
『(((やめてくれ)))』
"奴"が、ボールの外に出ているのです。


~~~
おっちゃん?
えっ?なんで?
どうしたの?起きてよ。
おっちゃん、おっちゃん。おっちゃんってば。
私、ぼーっとしてたみたい。
カレー、もう出来てるよ。
なにが起きたの?食べよ?おっちゃん。ねえ。
ねえ……寝てないでさ……ほら……
なんで……離してよみんな!待って……やだ……!
カレー出来てるから……おっちゃんまだ寝て……
そうだげんきのかたまり……大丈夫……まだ……
待って……いや……やだよぉ……やだぁ……!
助けて、助けて、ムゲンダイナあぁ……!
~~~



『(((なんで だ)))』
『……』
口元に病んだ炎を燻らせ、災厄が呻き声を上げます。
『(((ごすも みんなも なにも してないのに)))』
『……』
『(((おれが あいてだ けんのおう)))』
その後の戦いは、よく覚えていません。
仲間であった彼らを斬る過程で、どこか捨て身になっていたのでしょう。
剣戟の末、私の体は夥しい火炎に巻かれ、あっという間に限界を迎えました。
無念です。このままでは、ガラルの民の生きる現在が、彼女の一存で無に帰してしまう。
"あれ"にも浅くない手傷を負わせたとはいえ、それでは何の解決にもなりません。
斬る。次こそ必ず。今は身を隠し、絶好の機を伺い続け、必ず。
ふと、彼が倒れ伏した場所に目をやりました。
辺り一帯、真っ黒焦げで、何も見つかりませんでした。
全てが灰燼と化したキャンプ地に弟の接近を感じたのと同時に、私の意識は途切れました。


ポケットモンスター ソード/シールド2
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