あの名文をまた読みたい人用のまとめ
スレッド:http://img.2chan.net/b/res/493004098.htmより
作者:不明
「……検査の結果ですが、どれもこれといった異常は見つかりませんでした。いつも通り、呆れるほどに健康体だ。……まあ、もとより分かりきった結果ではありましたが」
茶番にも等しい検査を終え、愚痴めいた言葉と共にその結果を告げる。
「そうか」
眼前の相手も予想がついていたのだろう、安堵するでもなく淡々とそれを受け入れていた。
「やれやれ、陛下にも困ったものです。一体いつまでこんなことを続けさせる気なのやら」
「恩情……なんだろう」
「何を言うんです、私への嫌がらせの間違いでしょう?」
ジェイドがぴしゃりと放った否定の言葉に、「彼」は憮然とした表情で押し黙ってしまう。
「……とはいえ、事情を完全には把握していない者からすれば、そう思うのも無理はないでしょうがね」
「……俺も、こうして毎度毎度マルクトまで来るのはできれば遠慮したいところなんだがな」
「私もこんな意味のない検査に時間を割くのは御免被るのですがねえ。第一、専門外ですから」
談笑、と呼ぶには冷えきった言葉の応酬をするのも、もうお決まりのようなものになっていた。
しかし、ジェイドにしろ「彼」にしろ、互いの事情をある程度把握しているもの同士、数少ない気兼ね無く話せる間柄であることもまた確かではあった。
特に、「彼」にとっては己の正体を知る唯一の相手である己にくらいしかこうして演じる必要のない砕けた話し方をできる相手などいないだろうという自覚もジェイドにはあった。
かつて、ローレライ教団の謡将ヴァンが起こした争乱の後、崩壊するエルドラントと共に運命を共にした筈の「彼」の帰還。
英雄の帰還は「彼」を喪ったと嘆いていた者達を歓喜させ、預言を覆した存在に預言を失った不安を募らせる人々への希望とさえなった。
──そう。帰還を果たした者は「彼」なのだ。少なくとも、表向きは。
その影となって一人命を散らした者の存在は、直接言葉を交わした者以外には気に留められることさえなかった。
だが、真実は真逆だ。あの場所で消えた者は英雄とされた「彼」の側で、帰還を果たしたものはその影となったものだ。
しかしその真実を知るのはほんの一握りの者しか居らず、誰しもがそのことに触れようとはしなかった。
いずれは取り繕えなくなる。それを理解しながらも。
「……因果というものは本当に困り者だ。近頃、ますますそう思うようになりました」
吐き捨てるように、ジェイドは呟く。
この意味のない検査を繰り返しているのも、眼前の青年が「彼」だとされていることに起因する。
レプリカであった「彼」はいずれその肉体を構成する音素が乖離し、消滅する。事実、ヴァンとの戦いの中でもその予兆は度々起きていた。
そんなレプリカである「彼」が生還し、今も生き永らえている。本来起こり得ない筈の奇跡であるが故に、その後も継続的な観察は必要である──というのは、ある種当然の流れではあった。
奇跡の生還を果たした英雄が、その後すぐに死んでしまうことなどあってはならないからだ。
そして、その観察役としてレプリカを産み出すフォミクリー技術の開発者にして第一人者であるジェイドが選ばれるのもまた必然であった。
それ故、こんな無意味な茶番を定期的に繰り返す羽目になったのである。
「だが、それだけ平和だということなのかもしれないな」
「ええ、まあ。その点については同意します」
ぽつりと呟かれた青年の言葉を肯定する。
キムラスカ王国の公爵家の嫡子が、マルクト帝国の軍人のもとを伴もほとんど付けずに訪れる。
本来ならば有り得ないはずのこの関係が今に至るまで続いていることは、両国の関係が良好であることの証左でもあった。
「お陰で、私はいつまでも慣れない生者の具合を診ることになってしまった訳ですが」
「いい加減、少しは慣れたんじゃないのか」
「ご冗談を。死霊使いが医者の真似事など、笑い話にもなりませんよ」
「そうか? 前にも一度似たようなことをしたことがあっただろう」
「ああ、ベルケンドの」
言われてみれば、そんな記憶がある。ベルケンドの音機関研究所で薬品を吸ってしまった仲間達に頼まれ、その解毒剤を即興で作ったのだったか。
あの時は確か、「彼」も彼もその場にいて──
「……いや」
連鎖的に「彼」のことを思い出しかけて、ジェイド小さく首を横に振る。
それはもう、思い出しても仕方のないことだ。
「さて、そろそろ──」
「……ああ、そうだ」
「?」
検査も終わったことだし、話すこともそうない。もういいだろう、と退席を促そうとしたその時、不意に青年の雰囲気が僅かに変化する。
「あの時と言えばさ、俺がジェイドの薬を飲んだんだったよな」
「────」
明らかに、先程までとは声音が違っていた。聞き覚えのある、懐かしい声音。その声を、眼前の青年が発していた。
「あれを飲んで意識がぶっ飛んだ、俺、マジで死ぬかと思ったんだぞ? ジェイドのこと、一応あれでも信用して飲んだってのに……」
「貴方、は」
何を、言っている。
否、理屈の上では起こってもおかしくはない。そんなことは百も承知の筈だった。だが、頭の中で何かがその理解を拒絶していて、ジェイドの思考を鈍らせる。
硬直するジェイドを尻目に、青年は「彼」の声音で話し続ける。
「それにさ、その後生き返って文句言ってもお前は全く悪びれてねーし、それどころかあの薬押し付けてくるし……ホント、いい性格してるよな」
「……」
あの薬を飲むことを申し出たのは「彼」だった。今目の前にいる彼ではない。それどころか、薬を分け与えた時になもう、彼は研究所を去っていた。
「彼」だけの、記憶なのだ。
「──ルーク」
知らず、ジェイドはその名を口にしていた。
彼が帰還して以来、一度たりとも呼んだことなどなかったのに。
「王位を簒奪するときに使えとかなんとか言ってたけど、んなもん使える訳ねーっつーの!」
「ルーク」
目の前の相手は「彼」──ルークであって、ルークではない。そんなことは他ならぬ彼自身が知っているだろうに、引き渡された記憶を己の者として語ってしまっている。
「ああでも、結局あの薬も捨てるに捨てられなくて、今でも──」
「ルーク・フォン・ファブレ」
「! なっ、なんだよジェイド……顔、怖えーぞ」
そんな彼の姿が正視できずにその名を呼ぶジェイドの顔を見て、怯えたような反応をする。
2018/04/04 00:41:05 No.495411284
分かっていたはずだ。このようなことが起こり得る可能性も十分にあると。なのに、実際に目にすればこうも狼狽えてしまうとは。
ジェイドは喉の奥に込み上げてくる何かを堪えながら、どうにか言葉を吐き出していた。
「貴方は、「彼」ではないでしょう」
「──」
今度は、彼が硬直する番だった。
「あ、あ……」
動機がするのだろう。目を見開いたまま胸を抑え、浅く早い呼吸を繰り返す。
「お、俺は……」
「落ち着きなさい」
生きも絶え絶えになって椅子から転げ落ちそうになる青年を支えながら、ジェイドは苦虫を噛み潰したような顔を隠そうともしないまま背中をゆっくりと押していく。
「はあっ……はあっ……」
「……」
そうして促されるままに深呼吸を幾度か繰り返したあと、どうにか落ち着いた彼は項垂れるように自らの手を見つめていた。
「……私が馬鹿でした。このようなことが起こるのは十分予測できたはずだ」
「いや……」
「……ネフリーに部屋を用意させます。もう大丈夫でしょうが、今日のところは休んだ方がいい」
「……ああ」
ジェイドの有無を言わせぬ態度に、「ルーク」は力ない返事を返す。
「それでは、貴方の護衛に話をしてきます。もう少しそこで休んでおくといい」
「……すまなかった」
ひとまずは落ち着いただろうと判断して部屋を出る間際、消え入るような謝罪の言葉が聞こえた。
「……、……、……、……、……」
それに気づかない振りをしたジェイドは扉を閉めた後、誰もいない廊下で一人、しばし顔に手を当てていた。
【称号「ドクトルマンボ」取得】